洞穴から出ると少しずつ日が昇ってきている、辺り一面砂だらけですっかり空気は冷え切っていた。いくら辺りを見回しても砂ばかりだ、もしここが砂漠なら日が昇りきる前に移動したほうがいいかもしれない。もう一度空を見上げてから、歩き出した。
あっという間に日が昇ると、じりじりとした日差しが肌を焼く。イブの息が荒い、水場らしきものも見当たらないし、このままだと長くは歩けないだろう。少しでも先に進みたかったが、これ以上歩いたところでどこに行けばいいというんだろう?
「それにしても、あの機械には驚いたな」
気を紛らわせようとイブに話しかけた、機械? 不思議そうな声を出すイブに、あの私達を襲った機械だよ、と後ろを振り返った。
「機械に襲われた? いつのこと?」
はじめ何かの冗談だと思った、だがイブの目は真剣そのものだ。おかしい、あれだけのことがあったにも関わらず、しかもすぐさっきのことを忘れるとは思えない。どうした? イブ? 冗談だといつもみたいに笑ってほしかった。
「機械、……だめ、思い出せない、何があったの?」
イブの答えを聞いてさぁっと血の気が引いた、もしかするとあまりの暑さに意識が朦朧としているのかもしれない、私はそう勝手に結論付けると一度空を見上げてから、そろそろ休もうかとイブに作り笑いを向けた。
じりじりと日が肌を焼く中、お互い黙り込んだまま、夜になるまで待っている。リュックから干し肉を地面へ置いて数えていく、あれだけあった筈の食料ももう心もとない。私も砂漠地帯に来るのは初めてで、狩りができるかどうかも自信がない、それに今までが幸運だっただけで蠍に刺されることもあるだろう、それになによりもこの暑さだ。汲んできた水も十分とは言えない、私だけなら非常用バッテリーで動けるとしても、生身のイブが水も食料もなしに長期間砂漠の中を歩くのは自殺行為だ。
「暑いね……」
イブがダラダラと汗を流しながら呟いた。暑い寒いという感覚がない私とは真逆で、今まさに命の危機にさらされているイブにとって、ここは決して住みやすい場所なんかじゃない。できるだけ早くオアシスを見つける必要がある。
「ねぇ、その機械ってどれくらい大きかった?」
私が今のことを考え気を紛らわせていると、イブの不安そうな声が考えるべき課題を思い出させた。私達よりずっと大きかったよ、私は苛立っているのか、やはりぶっきらぼうに返してしまう。そんなに大きいなら、ふつう忘れないね、イブは相変わらず不安そうだ。普通の人ならば、自分の記憶が曖昧になっていくことに不安を覚えないはずがない、それもついさっき起こったばかりの大事件を忘れるはずもない。
「彼のことは覚えているか?」
私は恐る恐るイブに尋ねる、彼って……、モニターの? その答えにホッと胸をなでおろすと、彼女の記憶が無くなった理由について考える。もしかすると、あまりの出来事に耐えきれず、記憶をしまい込んだだけなんじゃないか、小さい子供がするように、トラウマを記憶の奥底にしまい込み、忘れようとしただけなんじゃないか?
「なんで思い出せないんだろう、なんで覚えてないんだろう」
涙ぐむイブを見て、私はさっき考えたばかりの仮説を話す。それに忘れるようなことだ、思い出さなくてもいい、なんて気休めを言うと笑いかけた。
「そう、かな、……そうだといいんだけど」
未だに不安そうな顔をするイブの頬を掴む、ぎゅうっと左右に引っ張るとイブは悲鳴を上げた。イブの頬から手を離すと、すごい顔だったよと笑う。ヒリヒリと痛むだろう両頬を押さえながら、励まし方下手すぎない? とイブが漸く笑った。
少しずつ日が落ちると同時に、気温が下がってきたように思う。漸く過ごしやすい気温になってきたところで、もう一度ぐるりと辺りを見回した。薄暗い砂漠が一面に広がっているだけで、いくら見回したところで水場らしきものは見当たらない。
「それにしても、随分歩いてきたな。これからどうする?」
夜空をぼうっと眺めるイブに話しかけると、ブツブツと何かを呟いている。イブ? どこか遠くを見つめるイブの肩を揺すると、ぼんやりとした目で私を見つめた。様子がおかしい、不安に思い少し力をこめ肩をゆする。
「……あれ? どうしたの?」
何回か揺すると漸くイブの目に光が戻った。どうした、ってそれはこっちのセリフだ、不思議そうに首をかしげるイブを見つめると、ごめん、ボーっとしてた、苦笑して頭を下げてくる。
「大丈夫なのか? 何か具合が悪いとか」
ううん、別に何も、どこか心ここにあらずと言った様子に見える。洞窟を出てからずっと様子がおかしい、何か悩みでもあるのか、単に旅の疲れがたまっているのか、どちらにせよ一度ゆっくり休んだほうがいいかもしれない、一度海の近くまで戻ったほうがいいだろうか? とはいえこの砂漠がどれだけ広いかもわからない、闇雲に歩いて迷ってしまったらそれまでだ。地図があるわけでもないし、これから先どうすればいいんだろう……。
「また心配そうな顔してるね」
イブが考え込んでいる私の顔をのぞきこむ、私は作り笑いを浮かべると震えだしたイブの肩を抱いた。ぼんやりと焚火を眺めていると、だんだんと瞼が重くなってくる。交代で起きて焚火をたやさないようにする事を相談してから、まずイブが眠りについた。
ぱちぱち木のはぜる音を聞いていると、居眠りしそうになってくる。イブに少しでも休んでもらいたいが、そろそろ限界かもしれない。イブの肩を揺らすと、瞼を擦りながら私を見つめる、交代の時間だ、イブがあくびをしながら頷いた。