日の光で目を覚ます、あれから数回交代で眠った後、漸く日が昇ったようだ。枯れ枝もマッチも残り少ない、先に進むか戻るかなるべく早く決めないといけない。しばらく考え込んでから、一旦あの洞窟に戻ることにした。なるべく早足で前を歩く私に、イブが必死になってついてくる。半ば地下に潜るように出来たあの洞穴まで来ると、キョロキョロと辺りを見回すイブの手を取って、ランタンに火をつけて中へと入っていく。
「こんな場所あったんだ、外に比べて涼しいね」
数回深呼吸するイブを見て頷き返す。擬似人体の転がる場所まで来ると、イブが小さな悲鳴を上げた。確かにこれを見るのは二度目だが、何度見ても薄気味悪い。昨日の記憶がないイブにとってはこれが一度目だろうし、暗い中これだけの数の人形を見れば誰だって悲鳴の一つや二つあげたくもなるだろう。
「これ、なに?」
私の仲間だよ、擬似人体を見下ろす。これが、仲間? 驚いたように目を見開くイブに、だったもの、かな、と苦笑いした。すっとあの機械を見上げると、それにつられるようにイブも機械を見上げた。機械の頭部にあるモニターを見上げると、モニターに刺さった矢を見てイブが首をかしげている。
「あのモニター、いつも使ってる矢が刺さってる」
機械のことを忘れていたんだ、ここで何が起こったかも覚えていないだろう。あれは彼を倒した名残だよ、私の答えにイブが驚きの声を上げる。あのモニターが? あの彼? イブがしげしげとモニターを見つめる。待ってくれ、彼の姿すら忘れてるのか? 彼と会ったこと自体は大した事じゃない筈だ。トラウマになるようなことでもない、それなのにもう既に忘れ始めている? あの時、頭を打ったのが悪かったのか?
「なんか、私、おかしいね」
一日経つたびに記憶が曖昧になるの、思い出せないの、不安そうな声を出すイブに私は何も返せない。このまま全ての記憶を失ったらイブはどうなるんだ? 私はいったいどうすればいいんだ? わからない、なにもわからない、考えたくもない。
「もし、もしこのまま、全部忘れたらどうしよう」
私と同じことを考えていたのか、イブがぽつりと呟いた。なんの理由でイブが記憶を失っていっているのか分からない限り、私にはどうしようもない。食料などをイブに預けて暫く私一人で旅を続けるしかないのか、もしまた会った時イブが私のことを忘れていたら? 私はどうなる、どうすればいい?
「少し周りを見てくる」
不安げなイブから逃げるようにして洞穴から出る、ぐるりと辺りを見回しても砂ばかりでなにも見当たらない。夜を迎えるたびに記憶を失うのなら、あまり時間は残されてない、もう長い間一緒にいたような気がしていたが、明日全て忘れる可能性だってある。このまま記憶を失っていくイブと一緒にいることが怖い、かといってイブから離れ全てを忘れたイブとまた会うのも怖い、どちらにせよこのままではいられないんだ。いくら考え込んでも答えは出ない、こればっかりは私にはどうしようもない。
自分の無力さに打ちひしがれていると、イブに声を掛けられ我に返る。
「ねぇ、ずっと私と一緒にいてくれる?」
イブが今にも泣きだしそうな顔で私を見る、私はその問に暫く答えられなかった。
「もし、私が全部忘れても、また前みたいに笑ってくれる?」
イブがぽろぽろと涙を零した、乾いた砂の大地にぽつりぽつりと雫が落ちる。私は、ゆっくりとだけど力強く頷いた。イブが私に駆け寄り抱きしめてくる、相変わらず子供みたいに泣くね、イブの頭をなでながら私は笑い返した。