零感霊能探偵は妖狐と共に

 弥永探偵事務所と書かれたビルの一室で、局長である弥永誠は椅子に深く腰掛け、ぼうっと天井を見つめていた。ひどく退屈そうに、たまに欠伸をしては、椅子をクルクルと回している。

「誰も来ないねぇ」

 誠がぽつりと呟くと、直ぐそばを掃除していた玉藻が、そうですね、と誠を見ることすらせず返した。

「そもそも、マッコっちゃんが、ちゃんと依頼取ってこないからじゃん」

 依頼者用の椅子に腰掛けた古賀梓が頬を膨らませた。じゃあ梓ちゃん、依頼取ってきて、ニヤリと笑いながら誠が意地悪く返した。

「それはヤダ、だいいち私、局員じゃないし」

 そういやぁそうだったね、相変わらず椅子をクルクルと回しながら誠がため息をついた。ゆるみ切った空気の中、玉藻が掃除を終えるとツカツカと誠に詰め寄った。

「それでもこの、大妖怪である、私、九尾の狐を封印した陰陽師の末裔ですか? 今までずっと貴方の家系を見てきて、ここまで酷いのは初めてですよ」

 玉藻は元々あの九尾の狐である玉藻御前だったが、力の源である九つの尾を引き裂かれ、九人の陰陽師がとある場所にそれぞれ封印していた。そしてその一尾を管理しているのが、弥永家、そしてその末裔が誠その人だった。

「とはいっても、俺、霊感ないしなぁ」

 玉藻と梓はほぼ同時にため息をついた、何故二人がため息をついたかは、霊感がある者なら一目瞭然だった。それもそうだ、彼には様々な霊や人ならざる者が周りを取り囲んでいるからだ。誠自体に霊能力は無いにも関わらず、こうも見えざる者が彼に寄っていくのは何故なのか、二人には皆目見当もつかなかった。

「何? なんか顔についてる?」

 誠は二人が自分を凝視しているのに気付くと、不思議そうな顔をして二人を見つめ返した。暫く気まずい沈黙が続いた後、事務所のドアを遠慮がちに誰かがノックした。三人は顔を見合わせる、どうぞ、誠がどこか間延びした声をかける。

「失礼します……」

 ドアを開けて入ってきたのは、どこか疲れた様子のサラリーマン風の男だった。梓が依頼者用の椅子から立ち上がると、男は小さく頭を下げてから椅子に座る。お茶を淹れに玉藻が姿を消すと、男は二人を見比べどこか気落ちしたようにため息をついた。

「実は、私の娘が、……いや、私の娘のぬいぐるみが最近おかしいんです」

 男はぽつりぽつりと話始める、息をのむ梓と対照的に、誠はどこかのんびりとした様子で、ただ黙って男の話に耳を傾けていた。

 男には今年十になる娘がいる、まだ娘が小さい頃に妻を亡くし、男手一つで育てた大事な一人娘だ。ある日娘が古ぼけたぬいぐるみを持ち帰ってから、徐々に男の家では怪奇現象が起こり始めた。夜、誰もいない部屋から、誰かの話し声が聞こえたり、電源を入れてないのに家電がついたり、怪談話で聞くような事ばかりが家の中で起きている。ぬいぐるみは古ぼけてはいるものの、どこにでもあるようなクマのぬいぐるみで、何かがおかしいとは思えない。だが、怪奇現象が始まったのと、ぬいぐるみを娘が拾ってきたのが同時だから、きっとあのぬいぐるみが何か悪さをしているに違いない、とのことだ。

 一通り男は話し終えると、玉藻が出したばかりのお茶をすする。誠は、それは大変だったでしょう、とのんびりと笑いかけた。男は疲れ切った様子で、えぇ、まぁ、とだけ返すと三人を見比べた後、また小さなため息をついている。

「何か他に困りごとでも?」

 ニコニコと営業スマイルを浮かべる誠に、男は他にここで働いている方は? と辺りを見回しながら問いかける。いえ、他には、と誠が首を横に振ると、男はきょう何度目かのため息をついた。誠はここに来る依頼者の殆どが、自分と二人を見ると男のような態度を取る事に慣れていた。切羽詰まった状態の依頼者にとって、自分は頼りなく見えるんだろう、しかも依頼者の殆どがネットでここを知る、今の段階では信頼はゼロと言っていい。

「ご安心を、腕は確かですから」

 ニコリと玉藻が笑ってみせると、男ははぁ、そうですか、と苦笑いを浮かべている。依頼料は後払いだという事を告げると、男はどこかホッとした顔をすると、家の住所をメモした紙を差し出し、小さく頭を下げると帰っていった。

「どうだった? 梓ちゃん」

 誠がどっと疲れた様子の梓に話しかける、梓はちょっとやばいかもね、と額の汗を拭いつつ二人を見つめた。タマちゃんは? 誠が玉藻に視線をやると、まぁ違和感はありましたけど、と誠の目を見つめ返しながら答えた。

「違和感?」

 誠が玉藻の言葉を繰り返すと、えぇ、違和感、閉められたドアを見つめ、玉藻がもう一度その言葉を口にした。

「私が見る限り、ぬいぐるみ、と言うより、あの依頼者本人に問題があるようでした」

 玉藻の言葉に梓も頷いた、誠は二人を見比べた後、そうなんだね、と二人からドアへと視線を移した。誠自身は特に違和感など覚えなかったが、霊感のある二人が言うんだから間違いないだろう、そう結論付け、じゃあ、どうしようか、とまた二人を振り返った。

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猫人

はじめまして、猫人と申します。映画鑑賞、小説を書く事、絵を描く事、ゲームするのが好きです。見たり読んだりするのはオカルト関連ですが、執筆するのはSFと言うなんとも不思議な事がよく起こっています。ダークだったり、毒のある作品が大好きです。

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