三人は閑静な住宅街の一角にある、どこか陰鬱な感じのする一軒家を見上げた。そして互いに顔を見合わせると、不安そうな視線が交わる。どこか気負いしている二人を見つめた後、誠が一軒家のチャイムを鳴らした。
「はい、あぁ、いらしたんですね」
ドアを開けて顔を出したのは、依頼者であるあの男だった。以前にもまして、更に頬がこけたように見える男を見て、三人は心配そうに見つめている。
「娘さんは?」
誠が少しだけ家の中を覗き込みながら言うと、男は、念のために母に預けていますと暗い声で答えた。どこかどんよりとした雰囲気の家へと入ると、梓が小さくうめき声をあげた。男と誠はどこか平然としているが、霊感の強い梓には黒い靄のようなものが見えており、玉藻には渦巻く悪い気が辺りに充満しているのに気付いている。
「ぬいぐるみはどこにありますか?」
誠の質問に男がテーブルの上を指さした、ふるぼけてはいるもののどこか小奇麗なぬいぐるみを見て、誠は首を傾げた。捨てられていたにはきれいですね、誠が男を振り返りながら問うと、男は、子供の触るものですから、念のため洗ってあります、と笑う。男の答えに誠は頷くと、何の気なしにぬいぐるみを手に取った。
「何か、感じますか?」
男の真剣な声を聴いて、冷や汗が額から落ちる。霊感のない誠が、何かを感じるはずなどない、テキトーに返すのも信頼をさらに損なう、誠はぬいぐるみを手に取ったまま固まると、いえ、とくには、と正直に話した。
「そんな筈ないでしょう! このぬいぐるみが来てから、ずっと家がおかしいんですから!」
そうは言われてもただのぬいぐるみにしか見えない、誠が助けを求めるように二人を振り返ると、梓がその場に崩れ落ちてしまっていた。慌てて駆け寄る誠を、玉藻が手で制した。不安そうに顔を見合わせる二人に対し、玉藻は何か呟きながら梓の背中を撫でている。梓の荒くなっていた息が、徐々に落ち着きだした、梓は三人を見上げこくりと頷いた。
「娘さんをお母さんに預けた、と言っていましたが、その際、何か言われませんでしたか?」
玉藻が真剣な顔で男に訊ねる、男は暫く考え込むと、いえ、特に何も、と首を横に振った。
「はっきり言いますよ、娘さんを本当にお母さんに預けたんですか?」
訳が分からないといった様子の男を見て、梓と玉藻は顔を見合わせた。二人の目にはハッキリと、男の背後に立つ小さな女の子の霊が見えている。不安げに男を見つめていることから、おそらく男の言う娘というのは彼女で間違いないだろう。
「アンタ何が言いたいんだ?」
怒り出した男の周りに、黒い靄が集まっていく。玉藻は梓を自分の背後に回らせると、誠へと視線を移した。誠は不思議そうな顔で、二人を見つめた後ハッとする。玉藻がまたブツブツと何かを呟くと、男がその場に倒れこんだ。唸り声のようなものを上げながら、じたばたと両手をでたらめに動かしている。ポンと何かが爆ぜる音がすると、男の口から黒い靄が一斉に外へ出ていく。暫く辺りをふわふわと漂った後、ゆっくりと晴れていった。
男の唸り声がすすり泣く声へと変わる、男は漸く正気を取り戻すと、またポツリポツリと語り始めた。娘が十になる誕生日、交通事故で娘を失ったこと、妻と娘を失ったあまりのショックに、男は娘がいるようにふるまい続け、娘の好きだったぬいぐるみを拾って帰ったこと、それからはぬいぐるみを娘だと思って接していたこと、をむせび泣きながらけれどしっかりとした声で話している。
三人は顔を見合わせた後、梓と玉藻が誠の背中を小突いた。誠がため息をつくと、玉藻が強く頭をたたく。ギロリと玉藻を睨んでから、誠は男の肩に手を置いた。
「奥さんと娘さんを失って、さぞ辛かったでしょうね。ですが、いつまでも二人を思い続け、現世に縛り付けることは、その大切な二人を苦しめることになります。そろそろ二人を解放させてあげませんか?」
男は誠の言葉を聞いて、更に大きな声で泣き叫んだ。男が泣き止むまで傍を離れようとしない不安げな娘の姿が映っている。やがて泣き止んだ男が力なく頷くと、小さく娘の名前を呼んだ。娘はとびっきりの笑顔といっしょに、男に抱き着くと光の粒になって消えていく。娘が消え去ると、男はハッとした顔をして空を見上げた。
依頼料を受け取った誠は、釈然としないまま二人を振り返った。
「二人にはずっと娘さんが見えてたの?」
誠の問いに二人は首を横に振った、男が依頼に来た時には黒い靄こそ見えたが、娘の姿は一つも見当たらなかった。あくまで娘が見えたのはあの家に来てからだ、男は交通事故で娘を失ったと言っていたが、それだったら事故現場に縛り付けられ、地縛霊になっていてもおかしくない。父を思うあまり、娘がとりついていた、としても違和感がある。
「あの依頼者がいつから可笑しかったのか、なんて分かりませんから」
三人は今一度どこか陰鬱な感じのする一軒家を見上げた。