誠は今日何度目かのため息をついた、前の依頼先で壊した玉藻の依り代を、受け取りに実家に帰る羽目になってしまっていた。すっと目線を上げれば、大きな日本家屋が見える。そう、ここが誠の実家だ。先代である、誠の父、伸とその妻、薫が住んでいる。
「ただいま」
普段事務所の三階で過ごしている誠にとって、実家に帰るのはかなり久々のことだった。なんせ実家にいれば、霊感が全くないことを散々言われるから、自然と足が遠くなっていたりする。とはいえ、背に腹は代えられない、玉藻が見えないとなれば、色々と支障をきたすのは確かだ。そして、気のせいでなければ、どこからか負のオーラも感じる。
「あら、久々、元気だった?」
戸を開けたのは薫だった. 優しげな笑顔を誠に向けると、さ、中に入って、と誠を招き入れる。相変わらずニコニコと笑う薫と一言二言話しながら、長い廊下を歩いていく。相変わらず手入れの行き届いた庭園をぼうっと見つめていると、薫が嬉しそうに今月は何が綺麗に咲いた、だの、次の月には何が咲く、だのと、話しかけてきた。
「ところで、母さん、父さんは?」
薫の話を誠が途中で切ると、あの人はいつもの部屋にいるわ、と少し気落ちした様子で答える。そっか、ありがと、と言い残し足早に伸のところへと向かう誠を見て、どこか寂しそうに薫は笑っていた。
誠は伸の仕事部屋の前で、その足を止めるとうろつき始める。昔から厳しかった伸に、人形が壊れたことを言えば、大目玉を食らうに違いない、大人になった今でも誠はどこか伸を苦手としていた。暫くうろうろと辺りを歩いていると、すっと戸が開いて伸が顔を出した。
「どうした」
ぶっきらぼうに聞いてくる伸に、実は人形が壊れちゃって、と持ってきていた人形の頭を見せる。精巧に作られたそれは、よくよく見なければ、それが作り物だとわからないレベルだ。そうか、またやったのか、どこか冷たい伸の様子に、誠は肝を冷やした。
「適当に見繕っておく、今日は泊っていけ」
そう言い残すとさっさと仕事部屋へと戻ってしまう、一人残された誠は大きなため息をつくと、来た道を戻っていく。叱ることはなかったが、相変わらずぶっきらぼうな伸を見て、相変わらずだと思った反面、どこか 嬉しくも思っていた。元気がないよりは、元気そうなほうがずっといい、恐らくそれは両親にとっても同じだろう。
「でもまさか、泊まるはめになるなんてね」
普段玉藻に話すように呟いたが、当然それに答える声はなかった。誠はどこか寂しそうに笑うと、思い出に浸りながら廊下を歩いていく。誠に霊感も霊力もまるでない、と告げられた両親は、どこか先々代に負い目を感じながら、誠を育てていた。一人息子である誠は、本来なら跡継ぎになるはずだったが、先代の伸で稼業は終わることになる。伸の背中を見て育った誠にとって、自分に何の力もないことに、かなりショックを受けたし、親戚から冷たい目で見られることに疑問を抱いたこともある。十八の頃、半ば逃げ出すようにして実家から出ると、ある日大きな荷物をしょって玉藻がやってきた。
「そっか、あれから十年経つんだ」
最初の依頼者である梓に出会ったり、ここ十年でいろいろあった気がする。子供の頃の自分と今の自分では、変わったところもあれば、変わらないところもある、だが確かに成長できている実感はあった。小さな頃の自分と、今の自分を自然と重ね合わせる。
「よくやってる、頑張ってるよ、これでも」
自分に言い聞かせるように、誠は力強くつぶやいた。