誠は二人が泊っている部屋の戸の前に立つと、中に入っていいか声をかけた。梓と玉藻の返事を聞いてから部屋の戸を開けると、二人も支度はすでに済んでいるようだった。ふと二人の視線が少年へと向けられる。
「ええっと、その子は?」
玉藻が少年を指さしながら聞いた瞬間、誠のスマホから着信音が鳴り響く。誠はスマホを手に取り通話ボタンを押した。
「はい、もしもし?」
誠が電話に出ると、慌てた様子の伸の声が聞こえてくる。どこかノイズ交じりのその声が言うには、玉藻御前がたった今町で暴れまわっているらしい。見たところ玉藻御前の尾は八つあり、最後の一つを探そうと町に来たのではないか、ということだ。
「それってかなりまずいよね?」
二人を振り向きながら誠がそういうと、より一層ノイズが酷くなり挙句の果てに電話が切れてしまった。誠は今さっき伸に伝えられたことを二人に伝えると、二人は驚いた後早く町に戻ろうと提案してくる。誠はちらっと少年を見てから小さく頷いた。
旅館から出て車を走らせ暫くして町に戻ってきた、至る所から火の手が上がり焦げたにおいが鼻につく。まさに地獄絵図といった様の街から、誠の実家の方へと車を走らせる。実家の近くまで来るとふわふわと何かが空に浮かんでいた。
「どうやらそなたの息子が帰ってきたようじゃぞ?」
ふわふわと空に浮かんでいる玉藻御前が、三人を見下ろしたあと倒れ込んでいる伸に向かってニヤリと笑う。伸が三人を見比べ、口を動かし何かを言おうとしている。
「それにしても、やはりあっけないもんだのぉ」
倒れ込んでいた伸の体がふわりと浮かぶ。玉藻御前の前まで浮かび上がると、ミシミシと嫌な音が伸から聞こえ始める。
「父さん!」
誠が慌てて伸のもとへと駆け寄ろうとすると、玉藻がその腕を掴んで引きとめた。ギロリと玉藻を振り返る誠に、玉藻が落ち着くようにいうと、玉藻御前を指さした。
「お得意の幻術ですよ、町に入った所から全て、彼女の幻です」
信じられないといった様子で玉藻御前を見上げる誠に、玉藻御前は小さく舌打ちをするとふっと辺りの様子が変わっていく。辺り一面がだだっ広い真っ黒な空間に変わると、音もたてず玉藻御前が三人の前に降り立った。
「他の彼奴らよりはやるようじゃが、はたしてわれに勝てるかな?」
じろじろと玉藻を見つめる玉藻御前に、玉藻はさぁ? と肩をすくめて見せる。何十という狐火が玉藻の周りに浮かび上がると、玉藻御前に向かって一斉に放たれた。だが狐火は玉藻御前に当たる直前に、ふっと消えてしまう。
「そなたの術はわれにはきかぬよ、残念じゃったなぁ?」
玉藻御前はけらけらと笑い出し、小さく舌打ちする玉藻に、玉藻御前が何十、いや何百もの狐火を放ってくる。間一髪で狐火をかわしていた玉藻の足に、金色の尾が巻きつくと狐火の一つが玉藻に当たった。それをかわきりに、何十という狐火が玉藻に襲い掛かる。
「どうじゃ? 自分の炎に体を焼かれる気分は」
玉藻がもくもくと煙をあげながら悲鳴を上げる様を見て、玉藻御前はニタニタと意地の悪い笑みを浮かべる。誠と梓が慌てて玉藻に駆け寄ると、玉藻は人形から出て本来の姿で力なく二人を見つめる。体に酷いやけどを負っている玉藻を見て、二人はぼろぼろと涙をこぼす。
「泣かないでくださいよ、まだ、死ぬ、わけじゃない、んですから」
泣き出した二人を見て玉藻は無理に笑みを作る、誠は手の甲で涙をぬぐうとゆっくりと立ち上がった。玉藻と梓の前に立つと、ブツブツと何かを呟き始めた。いつもと雰囲気の違う誠を見て、梓と玉藻は顔を見合わせる。
「なんじゃ? そなた、何をしようとしている?」
玉藻御前の問いに答えることなく、どこか虚ろな目をした誠の周りに、いくつもの白い手があらわれる。玉藻御前が狐火を辺りに浮かばせる直前、一斉に白い手が玉藻御前へと向かっていった。浮かぶ狐火をかいくぐるようにして、玉藻御前へと向かった白い手は、尾の一つ一つを掴み上げた。
「それが力の源、なんだっけ?」
誠がニタニタと玉藻御前に笑いかける、八つの尾を掴まれた玉藻御前は、何十という狐火を白い手に放つが、白い手は煙こそあげれど、かき消える様子はない。
「殺しはしないよ、タマちゃんも死んじゃうしね」
白い手が一斉に八つの尾をひき始める、あまりの痛みに玉藻御前が悲鳴を上げた。
「タマちゃん、大丈夫?」
誠が虚ろな目で玉藻を見つめると、玉藻は困惑した様子で頷いた。そう、ならいいんだ、そう言って誠はニコリと笑うと、白い手が四方八方に八つの尾を引きちぎった。玉藻御前は断末魔を上げ、体から八つの光が辺りに飛び散った。