*病室で男女が同じ部屋に入院していますが、この物語の中だけの話です。
「いつかの時も思い出して」
と、言った。
ただただ呆然と佇み、目の前にある運命を受け入れる事しかできなかった。
「最後の最後まで生きるんだよ」
と言った。
溢れだしそうになる涙をぐっと堪えながら、言われた言葉を受けいれた。
その7年前。
僕は元気に働いていたが、突如不治の病に罹り入院することになった。
脳の疾患との事だが、病状が悪くなると脳の毛細血管が異常を起こし、くも膜下出血に至る病である。
運動も勿論できず、定期的に行う専門的処置を施して病気の進行を遅らせる具合だ。
元々病弱だった訳ではなかったので正直びっくりした。
病気を根本から治す特効薬はまだ開発されておらず、経過観察して無理をしないということ。
当然仕事もできない状態だった。
入院当日に通された部屋に偶然にも同じ病で入院している女の子がいた。
とても色白で華奢で黒髪がとても似合う素敵な子だった。
僕は軽く挨拶をし、これからの入院生活で何をしようかと思った。
正直自分の人生がこんなに短いものとは思ってもみなかったが、今逝っても不満ではない。両親より早く逝くのが寧ろ後ろめたさを感じる位だ。
僕は大量にあった読みかけの本を読もうと本を読んでいた。
すると真向いの彼女はこちらの様子を見て僕と目が合った。
「初めまして」
と、僕は挨拶をした。すると彼女も、
「は、初めまして」
と、返した。
すると彼女がこう聞いてきた。
「何の本を読んでいるんですか?」
「村上春樹のネジマキ鳥クロニクルを読んでいます。」
「なるほど。ハルキニスト何ですか?」
「そこまでではないのですが、村上春樹の作品は大体は読みましたよ」
「そうなんですね。村上春樹は文章表現が分厚いのと、暴力シーンがリアルなのと性描写が苦手でその本も中国兵が日本兵の顔の皮を剥ぐシーン辺りから読むのをやめました」
「確かに村上春樹の語彙力と表現力で暴力シーンはかなりグロテスクになりますよね」
「申し遅れました。私夏樹と申します。貴方のお名前は何て仰るのですか?」
「僕は春斗と申します」
「お互い季節をイメージさせる単語が入っているのですね」
と、夏樹は言いながらクスッと笑った。
「私夏に生まれました。立派な樹木みたいに大きく良い人生を生きて欲しいと願って夏樹と命名されたみたいです」
「春斗さんももしかして春生まれ?」
「僕も春生まれで大体似たような意味です」
と、ちょっとニコっとして言った。
「この部屋に通されたという事は多分私たち同じ病ですよね」
「余命5年から10年らしいです。この病」
「春斗さんはこの世界からいなくなってしまうのを受け入れる事ができますか?」
「私は正直まだ受け入れられずにいます。」
と、夏樹はうつむき加減で下を向いた。
すると春斗はこう言った。
「人は人が成すべく事を達成して逝くのが理想だと思いますが、大半は途中で幕切れになるんだと思います。だから後は自分がどう納得するか否かではないでしょうか。」
「なるほど。それでは春斗さんは自分の人生を顧みて何か目標を達成していますか?」
「自分の理想程は達成していませんが、大方満足していますよ」
「私は病院に入院してから1年は経ちますが、最初の頃は語学でも学ぼうかなと試みたり、古典を読もうとしたり色々行動していましたが、最近少し疲れ気味です。」
「だから、春斗さんが入院してくれて正直かなり心が救われています。」
「話し相手がいるのといないのとでは全然違いますから。」
と、夏樹は言った。
すると春斗はこう言った。
「僕も夏樹さんと一緒の部屋で良かったです。」
と、少し照れくさい口調で言った。
その2へ続く。