「それより最近立ってトイレに行くのが辛くなってきてさ、足の筋力が大分落ちてるみたい。
運動は基本禁止だけど、毎日10分位の散歩位なら大丈夫じゃないのかなって最近思い始めて、今度医師に相談してみようと思うんだ。」
「夏樹ちゃんはトイレに行くのはまだ大丈夫そう?」
「実は私も同じ症状。」
「これから先トイレに行けなくなってしまうのが怖い。」
「今度散歩の許可もらえないか主治医に聞いてみない?」
「うん。そうだね。」
それから春斗と夏樹は主治医にちょっとした歩行運動の許可をもらえないか相談した。
その結果許可は貰えた。
それから春斗と夏樹は二人揃って毎日10分間の歩行運動をするようになった。
季節はちょうど春。
病院の庭には桜並木があり、とても綺麗だ。
風で花びらが顔をくすぐる。
夏樹はこう言った。
「春斗君と二人で歩けるの楽しいよ。」
「10分間だけだけど。」
「僕も夏樹ちゃんと二人で歩けて楽しい。」
すると、夏樹は少し顔を赤らめ下を向いた。
「ねぇ。私達って本当に逝っちゃうのかな?」
「まだ逝く事に対して実感がない。」
「病室でゆっくりしている意外逝くことに対して感じるものがない。」
と、夏樹は言った。
「僕は最近調子が悪い。病魔に身体が蝕まれていく感覚が少し出てきた気がする。」
それを聞いて夏樹はびっくりした。
「え?本当?大丈夫?」
「うん。まだ大丈夫。夏樹ちゃんよりは早く逝かない。」
「ねぇ。約束して。私より先に逝かないって。」
「私春斗君に先に逝かれたら悲しすぎて泣いちゃう」
と、夏樹は軽く涙ぐみながらうつむく。
すると、春斗が夏樹の背中を優しく撫でる。
それから数年が経った。
夏樹は歩行するだけの体力がまだ残っていたが、春斗はカテーテルを通してほぼ寝たきりになってしまった。
「ごめんね。夏樹ちゃん。約束は守れそうにない。」
「何も言わないで春斗君。」
と、夏樹は大粒の涙を痩せこけた顔から流し始めた。
「僕はもう駄目そうだけど、新しい薬が開発されるかもしれない。」
「それまで辛抱強く生きるんだ。そして結婚して子供を産むんだ。」
「僕みたいな病弱な男ではなく、たくましい男を選ぶんだよ。」
夏樹は悲しすぎて最近涙を流しすぎてるせいか目の下辺りが少し赤くなっている。
春斗はこう言った。
「最後の最後まで生きるんだよ。」
夏樹は無性に春斗に触れたくなって、春斗のベッドまでいきそっと手を握る。
「お願い逝かないで。」
それから数日後春斗は逝った。
それから数年後、夏樹に合う薬が開発され、その薬の影響からか、みるみる病状が良くなり退院することになった。
「一体私は何年間入院していたのだろうか。」
「せめて春斗君に好きという気持ちを伝えたかった。」
今は春。初めて春斗君に触れられたあの季節。
私は春斗君のためにも生きないといけない。
「はると!わたし!いきのびる!」
と桜並木で叫びながら、涙ぐんだ目を手で拭い、これからの人生を前向きに生きようと決めたのだった。
完