朝の身支度を終えて幸を待っていると、慌てた様子でやってきた。
「じゃ、出るか」
家から出て近くの公園までやってくると、ベンチに座ってぼうっとする。公園と言っても遊具があるタイプの公園じゃなく、そこそこ広めの散歩とかによさそうな公園だ。夏の暑い日だからか、公園には人がまばらにいる。
「幸はどこか行きたいとことかあるか?」
どこかをじっと見つめている幸に声をかけると、はっとした顔をして振り返った。さっきから何見てるんだ? と聞いてみると、すっと何やら絵を描いている人を指さす。
「あぁ、たまに見るな、あの人」
そんなに珍しいことでもないだろうと気にしたこともなかった、それに昔の俺だったら声をかけたかもしれないが、今の俺からしたらあまり関わりたくないタイプだ。
「絵、もう描かないの?」
そんな俺の内心を知ってか知らずか、幸がおずおずと聞いてきた。ズキズキと胸の奥が痛みだし、それを気取られまいとして、絵下手だから、とヘラヘラと笑った。
「あんなに好きだったのに?」
まだ小さいころ、少し人に褒められたくらいで、絵を描き始めた。描けば描くほどうまくなったし、なによりもまず、絵を描くのが楽しかった。でも今は……、ずぶずぶと思考の沼にはまっていくのが分かる、慌てた幸の声が聞こえ我に返った。
「別に嫌ならいいの、また別の何か、見つけよう?」
幸は俺を励まそうとしているのか、それとも傷つけようとしているのか分からない、一つ分かったことと言えば彼女が俺の何の感情か、ということだけだ。多分、彼女は俺が諦めた夢だろう。謎の自信に満ち溢れ、何でも出来る気がしていたあの頃の、今はもう見る影もないようなそんなものだ。
「別の何かね」
ふんと鼻で笑うと、少しだけ幸と距離を取る。上には上がいる、何事にも、何かを目指そうとしたら、何かになろうとしたら、そんな上にいる奴らとも戦わなきゃいけない。個性がどうだ、その人らしさが大事だ、なんて言えるのはきっと挫折を知らない幸せな奴らだ。
「絵じゃなくたっていいんだよ、この世界にはたっくさんの選択肢があるんだから」
眩しいくらいの笑顔を向ける幸を見ていると、その対比で更に俺の心は暗く黒く染まっていく。自分から一番遠い感情が、ってのも本当だな、今の俺は夢も希望もない、ただ生きていくだけ、嫌なことさえなければいい、嫌な人や物さえ近づかなければいい、平穏無事でいれればそれでいい、それだけでいいのに、ふつふつと怒りがわいてくる。
「昨日今日しか生きてないお前に言われたくないね」
ベンチから立ち上がると、幸を置いて公園から出ていく。慌ただしい足音から逃げるように走り出すと、気付いたらいつも行っているコンビニへと来ていた。