アナタの忘れ物は夢ですか? 8

 まず母さんが家に帰ってきた、疲れた様子の母さんは、俺と幸を見て驚いたように目を見開きやがて笑う。そうか、直樹もそんな年か、と感慨深げにしている。誕生日ケーキ買ってくるから待ってて、と家に帰ってきて早々に出かけてしまった。

「そうか、今日が誕生日になるのか」

 キョトンとしている幸を振り向きながら、俺が納得したように呟くとはっとした顔をして、小さくガッツポーズしている。流石女子、こんな遅い時間なのに、ケーキを食べる気があるのか。今の時間にやってるケーキ屋なんてないから、多分コンビニだろう。まさかホールケーキなんて買ってこないよな? 大丈夫、だよな?

「ホールは諦めた方がいいから」

 念のため幸にくぎを刺すと、そこまで図々しくないよ! とムッとしている。まぁ、だよな、と更に念を押すと、実は、ほんのちょっと、期待してる、と頭を掻いた。

 母さんが出かけて暫くして、父さんが帰ってきた。ほぼ母さんと同じような反応をした後、母さんはケーキでも買ってくるのか? と聞いてくる。俺が苦笑しながら頷けば、じゃあ今日は俺が夕飯作るよ、とネクタイを外しながらキッチンへと向かった。

 どこから買ってきたのか、まさかのホールケーキと、父さんが作った和食が並べられたアンバランスな食卓が出来上がる。部屋を暗くして、ケーキに蠟燭まで立てて、久々の家族そろっての誕生日会が始まった。主役である幸は、俺たちの顔を見比べた後、蝋燭にともった火を吹き消す。電気がつくと同時に、クラッカーの音がリビングに鳴り響いた。

「随分と俺の時とは違うね」

 少し皮肉めいた言い方をすると、二人は顔を見合わせて苦笑している。まぁ生まれて初めての誕生日だからか仕方ないか、なんかこうして自分と、その感情と、両親がそろって食卓を囲むってことに妙な違和感がある。でも、これからはこれが普通になるんだよな。

「それにしても、まさか和食とはねぇ」

 母さんが父さんを横目で見た、父さんは少しむっとすると、同意を求めるように俺を見てきた。暫く考え込んだ後、和食はないよね、と母さんに味方してみる。父さんは俺に裏切られて、今度は出会ったばかりの幸に同意を求めた。

「あの、喧嘩しないで下さい」

 困ったように笑う幸を見て、二人はハッとしたあと、敬語なんていいから、とくすくすと笑いだす。包丁を取りに母さんがキッチンに向かうと、ふと父さんが幸の服の袖口に絵の具がついているのに気付いたみたいだった。

「えぇっと、幸、も絵を描くのか?」

 まだ呼び慣れないのか、もごもごしながら父さんが聞いてくる。小さく頷く幸を見て、感心したようにうんうんと頷いている。で? 自分の娘ができた感想は? とあからさまに話題を変える。父さんは暫くポカンとしたあと、ハッとした顔をしてから、やっぱり可愛いもんだよ、とニコニコと幸に向かって笑みを作った。

「なになに? 私も混ぜなさいよ」

 包丁片手に母さんが帰ってきた、もしかしたら、なんてことはないだろうが、剥き身で持って来られるとヒヤリとしてしまう。手際よくケーキを切り分けながら、俺たちの前に置いた皿へとのせていく。THE日本の夕食、と言った夕飯をもそもそと食べていると、二人は俺と幸とを交互に見ながらニコニコとしている。

「なに? なんか言いたいの?」

 ずっとニコニコ笑われても、こっちからしたら薄気味悪い。二人は顔を見合わせた後、いやぁ、何も? とまたクスクスと笑いだす。なんか気まずくなってきた、早々に飯を食べ終えてケーキののった皿を片手に、椅子から立ち上がった。

「ちょっと、どこ行くの?」

 母さんの問いに、自分の部屋で食べる、とだけ返すとさっさとリビングから出ていく。階段を上り始めたところで、ふと後ろを振り返ったが、どうやら幸はついてきてないみたいだった。はぁ、とため息がこぼれる。娘ができて嬉しいのか、何処か二人は浮かれ気味だった。嫌な考えが頭の隅をかすめていく、それを振り払うように頭を振った後、自室へ向かって歩き出した。

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猫人

はじめまして、猫人と申します。映画鑑賞、小説を書く事、絵を描く事、ゲームするのが好きです。見たり読んだりするのはオカルト関連ですが、執筆するのはSFと言うなんとも不思議な事がよく起こっています。ダークだったり、毒のある作品が大好きです。

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