アナタの忘れ物は夢ですか? 25

 なんとも言えない気分で目が覚めた。いい夢を見た時よりも、嫌な夢を見た時の方がやけに記憶がはっきりとしているのはなんでなんだろうか。額にかいた汗を手の甲で拭い、重い体を引きずるようにして立ち上がり、窓際によってカーテンを開けた。夜から朝に移り変わっていく空をぼうっと眺めた後、少しでも気分を変えようと顔を洗いに行った。

 夢は夢だ、現実じゃない、そう頭の中で何度も言い聞かせても、心がそれを受け付けてくれない。夢の記憶が薄まるまでただソファーに体を埋め、ぼうっと天井を眺め続けた。母さんが起きてきて、慌ただしく家から出ていく、父さんが起きてきて、同じように家から出ていった。まだ、俺は動けないでいる。

「大丈夫?」

 幸の声がして顔を上げると、不安そうな顔をしている。ふと時計に視線を移すと、短針が既に十二を指していた。大丈夫、じゃなかったけど、今は大丈夫、と苦笑する。

「なんか食べに行くか?」

 今思えば朝から何も食べていない、流石に腹も減ってきた、気がする。それにしても明け方から昼までぼうっとしてるって、ちょっと病的じゃないだろうか? 自分で自分が心配になってきた。……まぁそれだけ衝撃的だったんだな。

「無理しなくてもいいよ、今日は家でゆっくりする?」

 思わぬ幸の提案に驚いていると、なんでびっくりしてるの? と不思議そうな顔をした。いや、出かけるのが好きなんだと思ってたから、と率直な意見を言うと、それはそうなんだけど、と言った後何か口ごもっている。

「どうした?」

 お財布の中身がちょっとね、と俺から目をそらして苦笑する。確かに今まで行った所、殆どで金を使ってたが、流石に幸の財布も軽くなってたわけか。妙に納得して頷いていると、と言っても私、絵を描く以外にすることないかも、なんてしょんぼりとしていた。

「一日一枚まだ描いてるのか?」

 俺の問いに頷く幸を見て、はぁと深く重いため息をついた。どうしたの? と不思議そうな顔で聞いてくる幸に、いや絵の取り組み方は人それぞれだから、と言葉を濁す。

「教えてよ! ね、お願い!」

 両手を合わせ頭を下げてくるのを見て、一日一枚描くよりも、一つの絵を長い時間かけて、キチンと描いた方が上達すると思う、なんて上から目線でアドバイスする。そうなの? と驚く幸に、反面教師は俺だけどな、と乾いた笑いが口からもれた。

「絵の上達法なんてネットで探せばいくらでも出てくるから、一通り試してみたらどうだ?」

 ぜ、全部? と少し引き気味に聞いてくる幸を見て、まぁ出来るだけ色んな種類をだな、とにやりと笑う。う、うん、頑張る、としょんぼりとしだしたのを見て、おう、頑張れ、とニヤニヤする。

「君は」

 描かない、聞かれる前に答えると、更にしょんぼりとしている。はぁ、とため息をついて、少なくとも今は、と付け加えた。ヤバい、と思った時には何もかも遅い、描くんだね?! 描いてくれるんでしょ?! とキラキラとした目で俺を見つめてくる。

「分かった、分かったから。期待はするなよ」

 俺の絵なんて上手くもなけりゃ、心にも響かないと思うが、仕方ない、そんな目されたら描かざるをえないな。一度部屋から画材を取ってきて、リビングで描こうなんて話になった。各々好きな画材と紙を選んで、またリビングへとやってくる。

「ねぇ、合作する?!」

 そんなに俺が絵を描くのが嬉しいのか、幸のテンションがやたらと高い。したいならするよ、と呆れ気味に返すと小さくガッツポーズしている。早速何か描き始めようとする幸を止め、スケッチブックから一枚切り離し手渡した。

「どこに何描くか、とか、どういう絵にするのか、とか一回書き出してみたらどうだ?」

 渡された紙を受け取りながら、それもそうだね、とシャーペンで何か描き始めた。描き終わるまで待っていると、数分後数枚のスケッチを見せてきた。どうやら昨夜の花火を主体に描きたいみたいだ、いいんじゃない? なんてテキトーに返すとそれを見破られる。

「もっとこう、なんかないの?!」

 ない、ときっぱりと言い放ったあと、小さな声で合作なんかやったことないし、と付け足した。まぁ、そうだよねぇ、なんてニヤニヤしている幸を見て、ほらさっさと描き始めるぞ、と少しキレ気味に返すと、慌てた様子で頷いた。

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猫人

はじめまして、猫人と申します。映画鑑賞、小説を書く事、絵を描く事、ゲームするのが好きです。見たり読んだりするのはオカルト関連ですが、執筆するのはSFと言うなんとも不思議な事がよく起こっています。ダークだったり、毒のある作品が大好きです。

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