目を覚ました時にはすっかり辺りが暗くなっていた。ゆっくりと体を起こし大きく伸びをすると、絵の具やらで汚れた床が目につき思わずため息をつく。キッチンの戸棚から雑巾を取り出し、水で濡らした雑巾で床を拭いていく。何かに夢中になるのは結構なことだが、その後こうして後片付けを終えるまでやってほしかった、絵の具の色合い的に殆ど幸が汚してるようなもんだし……、なんて俺のわがままなんだろうか?
「いや、これはわがままじゃない」
好きなことだろうが、嫌いなことだろうが、後片付けはきっちりやらないといけない。自分の部屋ならまだしも、リビングを汚しておいて、片づけないってのは問題しかない。俺いつからこんな神経質になったんだ? というか、いつからこんな父さんみたいな考えを? 日に日に変なところが親に似てきてホント辟易する。血がつながってるんだから仕方ない、とは思うこともあるが、それが嫌なところだったら、似てほしくないと思うのは子供なら当然だ。
「どうしたの? 一人でぶつぶつ言って」
一通り掃除を終えたところで、幸に声をかけられ顔を上げる。暫く黙り込んだ後、なんでもない、気にすんな、とため息交じりに返した。
「前から思ってたけど、君ってもしかして、独り言多くない?」
まぁ、ぼっち歴長いから、と視線をそらす。俺がぼっちになったのは、俺のせいと言えば俺のせいだし、別に独り言の多さなんて些細な問題だ。……まぁでもこうして改めて指摘されると、妙に気恥ずかしいところがある。自分の癖っていうのは、自分じゃ気付かないもんだし、出来れば言ってほしくなかったところもある。
「別に独り言が悪いわけじゃないんだけどね、でも、何か思うことがあるなら私にも話してほしいな」
真剣な顔でそんなことを言われても、別に俺は悩んでるわけじゃない。何か悩んでるわけじゃない、とちゃんと言ってから自室に戻ろうとする。
「あ、ちょっと待って! 絵、飾ったから見に来ない?」
少し慌てたように言ってくる幸を見て、暫く考え込んだ後、あぁ、いいよ、と返すと幸は嬉しそうに笑っている。ちゃんと来てね? と念押しするのを見て、苦笑しながら頷いた。
一度自室でゆっくりしてから幸の部屋へと向かう、俺が自室から出ると待ちきれなかったのか、幸は自分の部屋の前に立ってソワソワしていた。
「何してんだ?」
俺が声をかけるとハッとした顔をした後、嬉しそうに笑いながら俺の手を引く。俺は手を引かれるまま幸の部屋に入ると、壁に飾られた絵の数々を見て思わず感嘆の息をもらした。
「これ、全部描いたのか?」
中心にさっき描いた合作が飾られていて、その周りを囲むようにして色々なスケッチが並んでいる。合作の時も思っていたが、着実に画力は上げてきてる、あと数日もあれば俺の画力なんか軽く超すだろう。もし、もし俺も幸みたいに、真剣に絵に取り組み続けていれば、今よりは上手くなってただろうか? いや、わからない、でも、幸も元が俺なら、少しくらい、駄目だな、諦めたはずなのに、もう描かないと決めたのに、どっか諦めきれてない。
「一番初めに比べれば、上手くなってきたと思うんだ!」
壁を埋め尽くさんばかりの絵が、幸の努力を物語っている。初めの生き生きとした絵の雰囲気はそのままに、少しずつ洗練されてきている。絵自体からにじみ出る、その人の個性が、幸本来の性格が、絵にはこれでもかと表れていた。
「俺は、お前らしくていいと思う、大分うまくなったし、俺のアドバイスなんかいらないな」
応援してたやつが力をつけてくるってのが、これだけ嬉しいことだとは思わなかった。今まで誰かをずっと応援し続けたことなんて、誰かをずっと好きでいたことなんて無かったから、推すって気持ちが分からなかったし、分かろうともしてなかった、でも悪くない。
「そんなこと言わないで? 私ももっと、もっとうまくなりたいの。今はまだ楽しいからいいかもしれないけど、いずれ描きたくない時も来るだろうし、その時はまた君のアドバイス聞かせてよ」
もっともっと上手くなりたいか……、まだ比較対象が俺しかいないのに、ここまで上手く描けるなら大丈夫な気もするが、それでもどこか不安なんだろうな。素直にアドバイスを受け取れるコイツなら、まだまだ伸びしろはあるだろう、下手に絵を描いてきて変なプライドのせいで、誰のアドバイスも聞こうとしなかった、あの時の俺に比べればずっと。
「俺が言えることなんてもうない」
俺がそう言うと、幸は寂しそうに笑っていた。