小さい頃から人の目を気にして生きてきた。別に何を言われるでも、何かされるわけでもないけど、僕を見るその人が何を感じ、何を思うかが気になって仕方なかった。もっと小さい頃はもっと自由に生きていたし、人の目なんか気にならなかった、誰が何を思おうが、何を感じようが、僕の知るところじゃなかった。それが一番だった筈なのに。
「じゃあ、佐竹、この問題解いてみろ」
先生に指名され内心冷や汗をかく、今が苦手な数学の授業だからじゃない、一瞬でも人の視線が僕に向くのが嫌だからだ。
「あ、えぇっと、分かりません」
じゃあ、菅井、おい菅井聞いてるか? 先生が別の生徒を指名したことで、みんなの僕への興味はなくなったみたいだった。
「あ? 分かるわけないだろ」
だいいちアンタの授業つまんなくて聞いてねぇし、辺りから小さな笑い声が聞こえると、先生は笑い出した生徒を一喝する。しん、と静まり返った教室の中で、菅井さんのあくびだけが聞こえる。
「佐竹といい、お前といい、やる気あるのか?」
特に佐竹、と言われ先生から視線を逸らす。きっと僕が他の授業でも、分からないと言って、逃げ続けてるのを先生は知ってるんだろう。辺りの冷ややかな視線から逃げるように、自分の机へと視線を落とした。
「こんなんならさぼりゃ良かった」
はぁ、と溜息が聞こえ、席を立つ音が聞こえる。
「おい! 菅井、どこ行く気だ?!」
別に、ウチの自由でしょ、そう言い残し菅井さんは教室から出ていったみたいだ。
「……佐竹、後で職員室に来い」
菅井さんに集まっていた視線が、また僕へと向けられる。
「すみません、少し体調が悪いので……」
僕を呼び止める先生の言葉から逃げるように、僕は教室を飛び出した。
僕が保健室のドアを開けると、目の前に菅井さんが立っていた。
「あれ? アンタサボるタイプだっけ?」
クラスでも要注意人物扱いされている菅井さんに話しかけられ、息が詰まり数回咳込んでいるとまた、いつものが聞こえてくる。耳をふさごうが、頭の中に聞こえてくる声には意味がない。
「ちょっと、大丈夫?」
『そんなにウチって怖いのか……』
僕は目元に浮かんだ涙をぬぐいながら、別に怖いとかそういうわけじゃ、と思わず返していた。
「怖いって、何の話だよ?」
『わけ分かんない、こっちは心配してやったのに』
まぁでも怖がってないならよかった、どこか安堵の表情を浮かべている菅井さんを見て、やっぱりこの声が彼女の心の声なんだと、いやでも実感してしまう。僕が人の目が気になる理由がこれだ。その人が僕を見ている間、僕はその人の心の声が聞こえる。
「具合悪いなら、さっさと寝なよ、せんせーには後で言っとくから」
『にしても、顔色わりぃな、なんかあったんかな』
菅井さんが僕を見ること自体珍しいから、今まで彼女の声が聞こえてくることはなかった。でももしかしたら、いやもしかしなくても、彼女はみんなが思っているような怖い人じゃないんだろう。見た目こそ金髪にピアスと不良そのものだけど、根はやさしい、かもしれない。
「なに黙ってんの? シカト?」
『こいつも結局そうなんだな』
ご、ごめん、少し考え事、あとよろしくね、僕はそう言うと慌てて保健室のベッドに寝転がる。
『変な奴……』
てかウチクラスの奴と話したのいつぶり? なんて心の声と、お大事に、と言う声が聞こえたのを最後に何の声も聞こえなくなった。ホッと息をつくと布団を頭まですっぽりと被る。……僕だって、クラスメイトと話したのは久しぶりだよ。