僕の目を見て、話を聞かせて 7

 あれから一二時間くらいゲームで遊んで、お互いのことを話していたら窓の外はすっかり暗くなってしまう。一人で帰れるから、と言う奈央さんを心配して、家の近くまで送ることにした。

「そんなに心配しなくていいのに」

 そう言われたって、ゲーセンでの事もあるし、夜一人で女の子が出歩くのは危ない。それに、初めて出来た友達のことを心配するのは当然だろう。友達、友達、と心の中で繰り返していると自然と顔がほころぶ。何笑ってるんだ? という心の声が聞こえハッと我に返る。

「話さなくていい、ってのも楽ではあるな」

 察してちゃんとなら、お前上手くいくよ、なんて言って笑っている。もう、からかわないでよ、と笑っていると奈央さんがふと立ち止まった。どうやらお家に着いたみたいだった。

「じゃあ、また明日、学校で」

 僕がそう言うと奈央さんはあぁ、うん、とあいまいに返事をする。僕は奈央さんを見ているけど、奈央さんは僕を見ることなく、マンションの中へと入っていった。

 一人家への帰り道を歩きながら、なんで僕を見てくれなかったんだろう、やっぱり僕のこと嫌いなのかな……、そんな嫌な想像ばかりが頭の中をめぐっていく。暗い気持ちで家に着くと、家の前で母さんが僕を出迎えた。いつもみたいに僕から目を背けるんじゃなく、僕の方を真っ直ぐに見て心配そうな顔をしている。

「どうしたの」

 今まで僕を見ようともしなかった筈なのに、今になって僕を見てくる理由はなんなんだ。僕がよほど怖い顔をしていたんだろう、母さんから謝罪の言葉をかけられ、後悔の念が伝わってくる。今まで育ててもらった恩はあるし、母さんなりに気を遣っていたのも知っている、でも、それでも、家族なのに自分の事を分かってもらえなかった、認めてもらえなかった恨みの方がずっとずっと大きい。謝り続ける母さんを通り過ぎ、家へ入ると足早に自室へと向かう。自室のドアを閉め、鍵をかけるとその場にへたり込んだ。

「なんなんだ、今更」

 一番辛かった時に何もしてくれなかったじゃないか、それどころか僕を見もしなかったじゃないか、今更謝ってきたって遅いんだよ。ずるい、いつだって大人は自分勝手で、ずるい、いつだって大人は子供なんか見てないし、ずるい、子供を自分たちの言う通りに動かそうとする。でも、一番ずるいのは、心の声が聞こえる僕かもしれない。

 母さんと父さんと三人揃って久々に食卓を囲む、今まで僕を見なかったあの二人が、気味の悪い笑みを浮かべ普通の家族みたいに接してくる。僕の様子をうかがう心の声と、後悔の念、それに加えどこか楽観した言葉、何の味も感じられない、機械みたいにひたすら口を動かして、空になった皿をシンクに置くと逃げるように自室へ向かった。

 投げていた鞄から課題を取り出すと、机の上に広げて椅子に座った。課題を一通り片づけると明日の準備をしてベッドにもぐりこんだ。明日からは一人じゃない、だって今日友達が出来たんだから、漸く僕を見てくれる、優しいけど少し怖い友達が。

 暗闇の中をひたすら歩いていく、自分の姿だけがぼうっと光っている。暫く歩いていると、徐々に辺りが明るくなってきた。あまりの眩しさに目を閉じ、恐る恐る開けるとどこか懐かしい場所に立っていた。あそこにいるのは、幼稚園生の僕だ。小さい頃の僕は、女の子と遊んでいてすごく楽しそうに見える。どこかほのぼのとした光景に、思わず顔がほころぶ。場面が移り変わり、女の子のお別れ会が開かれている。どうやらこの子はどこかに引っ越すらしい、一通り会が終わると女の子と僕だけが残った。

「……ちゃん、ぼく、忘れないから!」

 女の子の顔も名前も覚えていない今の僕は、この時の約束を破ってしまっている。女の子は何も言わず、泣きながらただ黙って僕を見ている、やがて家族に連れられ女の子は去っていった。僕はその車を追いかける、暫く走って走って、やがて転んでしまった。

「……ちゃん、ぼくになにが言いたかったんだろう?」

 もしあの時、……ちゃんの心の声が聞こえたら、ぼくになんて言っていたんだろう? そんな言葉が聞こえハッとする。そうか、僕が心の声が聞こえるようになったのは、人目を気にしていたからじゃなくて、あの子の本心が知りたかったからか。

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猫人

はじめまして、猫人と申します。映画鑑賞、小説を書く事、絵を描く事、ゲームするのが好きです。見たり読んだりするのはオカルト関連ですが、執筆するのはSFと言うなんとも不思議な事がよく起こっています。ダークだったり、毒のある作品が大好きです。

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