目が覚めた、ベッドから起き上がり、カーテンを開けようと立ち上がった時、ふと古いアルバムの事を思い出し本棚へと近づいていく。たしか、この辺に……、あった、これだ。幼稚園の頃、仲良かった女の子がいた、小さい頃の写真にも写っている。
「……奈央、さん?」
金髪じゃないしピアスもあいてないが、確かにその写真には小さい頃の奈央さんがうつっている。写真の下には、なおちゃんと、と下手な字で書かれていた。ふと夢の内容を思い出した。いや、正しくは、幼稚園の頃の事を思い出していた。
小さい頃、よく遊んでいた女の子がいた。ある日、その子が引っ越すことになって、お別れ会が開かれた。みんながその子との別れを惜しんでいた。偶然、その子と僕だけが一緒になった時、僕はその子に約束した、君の事を絶対に忘れない、と確かに約束していた。
なんで忘れていたんだろう? こんなに大切なことを忘れていたなんて、自分でも信じられなかった。いや、でも、僕が忘れていたように、彼女も僕を忘れているかもしれない。とりあえず、今日学校で会ったら、一度聞いてみよう。
学校に着き朝の会が始まると、先生が奈央さんが今日、引っ越すんだと言った。周りから安堵の息が聞こえる、黒板の前に立つ奈央さんは、僕の方を見ようとしなかった。呆然と授業を受けているとあっと言う間に放課後になる、教室から出ていくその背中を追った。
「奈央さん!」
僕から逃げるように走り出した奈央さんの腕を掴む。足を止め僕を振り返る奈央さんに昔の事を話すと、目を見開き驚いているようだった。心の声はどれも僕が忘れていた過去の事と、そして僕の知らなかった奈央さんの思い出を語っていく。
「悪い、今まで黙ってて、別に隠してた訳じゃないんだけどな」
そうか、思い出したか、そう言ってどこか悲しげに笑っている。僕はその笑顔を見て、思わず掴んでいた腕を離した。奈央さんは逃げるのをやめて、少し歩こうかと提案してきた。僕が小さく頷くと嬉しそうに笑っている。思い出話をしながらあのマンションへと向かう。
「いつから気付いてたの?」
お前は忘れてたみたいだけど、ウチはずっと覚えてたよ、どこか遠くを見ながらぽつりと呟いている。入学式の時、見知った顔を見つけ、声をかけようとしていたらしい、だが、見た目も変わってしまって気付かれないだろうと、声をかけるのを諦めたとのことだ。
「親が離婚して苗字も変わってたし、この見た目じゃ気付かないだろうとは思ってたけど、忘れられてたとは思わなかったよ」
あれだけ約束したのに、そう言ってまた笑っている。僕が頭を下げようとすると、慌ててそれを止める。でもよかった、引っ越す前に思い出してくれて、そう言って笑う。
「ごめん、もっと早く思い出してれば……」
今までの空白の時間を埋めようと、色々なことを話した。ふと奈央ちゃんの足が止まる、マンションの前まで来ると、引っ越し業者の車が止まっていた。
「本当に引っ越すんだね」
そんな顔すんなよ、そう言って笑う奈央ちゃんの顔も、僕と同じくどこか寂しそうに見える。連絡先、教えてくんない? 聞き忘れてた、そう言ってスマホを取り出すのを見て、僕は慌ててスマホを取り出しSNSアプリを起動する。連絡先を交換して、スマホをしまう。
「じゃ、また、いつかな」
そう言ってマンションに入ろうとする奈央ちゃんを引き留める、不思議そうな顔をする彼女に、あの時、あの別れる前、何を考えてたの? と問いかけた。
「また、いつか、教えるよ」
そう言ってにやりと笑うと、奈央ちゃんはマンションの中へと入っていった。一人残された僕は暫くその場に立ち尽くした後、家に向かって歩き出す。ふと奈央ちゃんと話していた途中から、心の声が聞こえなくなっていたのに気付いた。結局今まで聞こえていたのは、本当に心の声だったんだろうか? ただの幻聴や空耳なんじゃないだろうか? でも今となってはどうでもいい、彼女の事を思い出した、そしてまた友達に戻った。それだけで十分だ。