青年が宙に浮いていたのだ。
血まみれの青年が怪しげな笑みをうかべ、彼女たちに話しかける。
『呼んだってことは……もういいよな?』
「きゃああああああ」
三人は音楽室を後にして一目散に逃げだした。
青年は少し寂しそうな眼をしながらつぶやく。
『逃がしたか……せっかく話ができると思ったのに』
「ってことがあったの!」
「怖っ…! マジじゃん」
「あの怪談は本当だったんだ」
放課後、掃除の時間に話している生徒がいた。
僕、夜鎖(よぐさり)タツキは黙って聞いていた。
でも少し退屈になってきたかも。
「あのさ、そろそろ旧校舎の掃除始めない?」
僕がたずねるとクラスの皆は我にかえる。
だって、掃除している他の生徒の視線がつらいから。
「う……ごめん。夜鎖さんの言う通りだね」
「さすが生徒会書記。俺らも行くか」
「そうだね、いこいこ」
よかった、と心の中で一安心すると僕は彼らと一緒に教室から出ていく。
掃除しながらその話をしようよ……。
私立清水黄昏(しみずたそがれ)学院高校は旧校舎もある。
なんでも建設してから六十年の年期が入っているためなのか、春から取り壊しを予定している。
僕らの班はその最後の大掃除という大切な役目を任された。
「これが終われば冬休みか……、やっとだな」
「ねー。今年最後の掃除が旧校舎なんて、なんか嫌だなあ」
今日は金曜日で修了式が終わった後だ。
それぞれ生徒たちは担当する場所の大掃除を終わらせたら帰宅できる。
「でも地味じゃねえか? 取り壊しになるなら掃除なんかしなくてもいいのによ」
「それな。いいなあ、他の子たちは別の場所でさ」
「うん、でも生徒会から言われたんじゃ仕方ないよ。ね、夜鎖さん」
彼女に言われて僕は驚いた。
まずい、話を聞いていなかった。
「どうしたの? ぼーっとして」
「ごめん、なんでもない。はじめようか」
僕が急いで掃除用具を開けている間、彼らは耳打ちをした。
何事もなければいいけどね。
予鈴(よれい)が鳴った。
僕たちはなんとか掃除を終わらせることができた。
完璧とまでにはいかないが、ここまではかどれば問題ない。
しかし僕以外のみんなは少し不機嫌そうだった。
「ねえ、夜鎖さん。わたしたち先に先生たちに報告してくるからさ。悪いけど後片付けをお願いできる?」
「別にいいけど」
「助かるよ。生徒会は話が早いな、ほら行こうぜ」
「そうだね。じゃあ、悪いけど後はよろしく」
そう言い残すと三人は旧校舎をあとにした。
僕は少し疑問を持ったがすぐに切り替えて後片付けをはじめた。
一方、三人は外に出ると上手くいったと冷やかに笑う。
「さすがの夜鎖さんも【あれ】は知らないでしょ。【影斗さん】の怪談」
「だよな、ちょっと危なかったぜ。話しかけられて呪われたくないからな」
「まあ、あいつなら大丈夫でしょ。少しからかっただけだし」
自分は悪くないと思いながら三人は大笑いして旧校舎から出ていった。
そう、この学院に伝わる、怪談。
【影斗さん】は旧校舎に現れる幽霊。
声をかけられても無視していれば助かるが、逆に素直に応えると呪われてしまう。
様々な噂があるが一番有名なのが、『一人でいると現れやすいこと』。
まあ、先ほどの怪談話と少し似ているが。
しかし、一人残されたタツキは知らなかった。
そう、何も知らぬまま……。