『察しがいいな。俺がいたとしても他の霊がいる可能性だってある』
「となると……あんまり時間がない……。よし、ここに立っていても仕方ない。探そう」
僕が探索を始めようとすると、影斗さんが背後から耳元でささやく。
『お前は本当にお人好しだ。俺は背後で見守っているぞ』
それはつまり……僕にとっては一番嫌なことだ。
まずい、とり憑かれる。
『覚悟を決めろ、タツキ』
僕は冷や汗をかいた。
逃げられなくなってしまった……僕はごくりとつばを飲み込む。
とりあえず、まずはどこを探索しようか考える。
「うーん……なんかピンとこないな」
『まあそんな焦る必要はない。お前の活躍が楽しみだ』
影斗さんが僕の肩に触れた。
氷のようにとても冷たい。
幽霊でも怪異でも興味を持ったら観察するのは人間と同じ。
僕は、昔から狙われやすい体質だからと親の教えで【男装】しているはずなのに。
『タツキが【女】だということはバレバレだからな。お見通しだぜ?』
「……すごいね、否定はできないけれど」
悔しいけど、知られたからには仕方ない。
僕は好きでこんな格好してない。
普通の家庭なのに『親族』が余計なことするから……。
でも今は男装自体は気に入っている。
(ついに……この時が来たみたいだ。いつかはバレるだろうと思っていた)
この旧校舎がいつもと違うのは霊感があるからこそわかる。
不気味なだけではない、寂しさという感情が強く伝わってくる。
「絶対いたずらなんかしないでよ? 見つけたとしても」
『ああ。まあそいつの性格にもよるがな』
僕が保険をかけた瞬間、一気にこの廊下が寒くなりはじめた。
フラグを回収するのはあまりしたくない。
まずは、この教室から入ってみることにした。
見たところ、机や椅子がバラバラになっており足場が不安定だ。
窓から見える黒い光も【空間】そのものだ。
「うーん、特に何かがあるとは思えないな」
あったとしてもゴミや本棚ぐらいしかない。
だが幽霊の気配はまったくない。
「ここには何もなさそうだ……次の場所に移動してみるか」
僕はさっさとこの不気味な教室から抜け出した。
幸い、お化け屋敷のような脅かしもなく安全に終わった。
隣の音楽室を見つけた僕は、ドアを開け中に入る。
すると、バタンと耳障りな音をたてドアが閉まる。
「うえっ、開かない……閉じ込められたか」
『人の気配がしないか?』
さすがの影斗さんもドアの音に驚き、僕と顔を見合わせる。
全てを知っているわけではなさそうだ。
その時。
「ぐすっ……」
ピアノ側の席に座っている少女が泣いているのを僕は見逃さなかった。
茶髪のロングヘア―で制服は僕が通っている高校ではなさそう。
まるでお嬢様学校のような可愛らしいブレザーでスカートが長いのが印象的だ。
だが僕は、彼女のほうにそっと近くまで歩くとジャケットの校章が清水黄昏学院のものだと気がつく(虹とハトが描かれている)。
「君、大丈夫かい?」
「え……? あなたは?」
一目見てロリータ人形のような可愛さの少女。
おそるおそる、少女は僕に質問する。
「もしかして……幽霊!?」
「違うよ、僕は生きてる。夜鎖タツキ、二年生」
「わたしは……白百合(しらゆり)まりあ」
まりあと呼ばれた少女は立ち上がり僕を観察する。
警戒しているのだろう、大人しいのがわかる。
「まりあちゃんは、神隠しにあったのかな?」
「はい……。ずっとここにいて……さびしくて」
「それはつらかっただろう。大丈夫、僕が助けてあげるから」
「……ありがとうございます」
まりあは僕みたいな生きている人が現れて恐怖心が少し消えていたみたい。
だが、背後にいる影斗さんを見て……。
「きゃあっ!? 幽霊……こないで!」
「大丈夫だよ! 彼は優しいんだ。何もしてこないから」
「……本当ですか?」
影斗さんがまりあの目の前に現れて、皮肉をこめながら言った。
『ひどいな。お前まで俺を怖がるのか』
「うっ……それは……っ」
今にも泣きそうな彼女を僕は優しく抱きしめる。
まりあの顔が赤面する。
「大丈夫だよ、僕がいるから」
「……! 信じます、タツキさん」
「え?」
「わたし、一年生ですから……」
僕はすぐに手を放し、顔を赤面させる。
こんな子が僕の後輩……?
「そ、そうなんだ……気がつかなかったよ」
『ほう? タツキ、可愛いところもあるじゃないか』
「言うね……全然嬉しくないけど!」
だって、女の子扱いが苦手だから……。
「うっ……そんなんじゃないさ!」
「ふふっ。あっ、ごめんなさい」
さっきまで怖がっていた彼女は、少しずつ緊張が解けてきたようだ。
僕たちのやり取りを見て笑っている。
「あの!タツキさん、よろしくお願いします。わたしここから出たいです!」
「う、うん! がんばろう」
「はいっ」
白百合まりあが仲間になり、僕は少し安心した。
なにかあったらすぐにでも守らなきゃ。