廊下を歩いているとどこからか拍手する音が聞こえた。
僕はあたりを見渡すが人気(ひとけ)がない。
「どこにいるんだ? 返事してくれ」
『よくやったな、タツキ』
振り返るとそこには影斗さんが拍手しながらニヤニヤと笑っていた。
僕はそれと同時に二人の気配が近くまで迫ってくるのを感じた。
「もしかして、もう出してくれるのか?」
『ああ。行方不明になった生徒が見つかってよかったな』
「……」
背後にいるまりあと万里は黙ったままだ。
急に背筋が凍りはじめ、イヤな予感がよぎる。
「まりあ? 万里先輩? いったいどうしたんだ」
すると僕の脳内に電撃が走った……。
おかしい、幽霊の気配はしない……襲ってくる気配すらない。
気が付いた時には、すでに遅かった。
「え、まさか……」
『察しがいいな。俺は怪異でも幽霊でもない。【そこにいる二人も】な』
すると、まりあの服装がいつのまにかロリータ衣装に変わっていた。
万里は身長が二メートルほどまで伸びていた。
僕は冷や汗が止まらなくなり、震えながら影斗さん……いや【彼】に言った。
「もしかして、まりあも……万里も……君も……人間や幽霊ではないんだね?」
すると影斗はニヤリと笑うと黒い光に包まれて、姿が美青年に変わっていた。
『貴様のような勘のいいヤツは苦手だ……』
とうとう足が動かなくなり僕は混乱してしまう。
僕はこの旧校舎の真実を知ってしまったのだ……。
じゃあなぜ、取り壊されるのか。
足が震えてきた、さすがの僕でもここまで予想はしていなかった。
校舎がボロボロで足場も悪い……。
知ってしまった自分が悪いのだ。
それに、この二人から生気を感じることができない。
「え……?」
『ごめんなさい。ワタシ……人形なの』
まりあは宙に浮き、赤い血の涙を流しながら……。
『バレてしまったか……俺はこんな姿でね。怪物そのものなんだよ』
万里の大きな手が近づく……。
『ああ、奴らの血は甘美だった。これでお前も楽になれるだろう』
影斗は口から鋭い犬歯を出すと、僕をじっと睨みつける。
間違いない……僕は、はめられたのだ。
「あああっ……そんなっ」
孤独、歪み、欲望……これこそが旧校舎を取り囲んでいたイヤな予感そのものだ。
「嘘だと言ってくれ……」
ドール、フランケンシュタインの怪物、ヴァンパイア。
視えているのが幽霊でも怪異でもなく、怪物が目の前にいると知って僕は言葉を失う。
あの人魂も幻だったのだ。
僕は何を血迷ったのか、無意識に走っていた。
彼らは無我夢中で追いかける。
振り向いちゃいけない。
すると、旧校舎がミシミシと音を立てていた。
揺れている……いつまでもここにいる訳にはいかない。
すると、どこからか声が聞こえてきた。
[あ り が と う]
女の子のような可愛らしい声がかすかに聞こえたのだ。
(え?)
しかしそれは一瞬にしてかき消され彼らの気配が近くまで迫っていた。
僕は目を閉じ、覚悟を決めた。
「……わかったよ。まりあ、万里、影斗。僕と一緒に帰ろう」
僕は【彼ら】を受け入れた。
恐ろしい姿よりも、寂しい気持ちが勝って僕はそれに負けたのだ。
『これからもずっとイッショだね』
『二度とおれから離れるな』
『これで何からも縛られずに済むな』
僕は前を向いてうなずいた。
「帰ろう、もうここにいるのは沢山だ」
(それにしても……あの声なんだったんだろう?)
ただ一つだけの疑問を残して、僕は【空間から脱出】した。