「うわああああっ⁉ ごめんささいっ、そんなつもりは……」
『まあいい。その御札は俺の力を制御するもの。よく分かったな』
青年はただ、あたしを抱きしめたまま。
力が強く身動きがとれなくて、段々と苦しくなってきた。
「ねぇ……お願いっ、離して!」
『ちっ、わかったよ。仕方がない』
あたしはすぐそいつから離れた。
青年はさっきの御札を胸元の右側に張り直した。
「ねえ、あなたは誰?」
『俺は李九龍(リ・クーロン)。キョンシーだ。お前は?』
「ええっ⁉ ……あたしは朝宮蘭」
九龍と呼ばれたキョンシーの青年はゆっくりとあたしの目の前に来る。
どうしよう、今起きている状況を整理したいがそんな余裕はなかった。
だって目の前にいるのが……。
「これは、夢なの?」
『現実だ』
あたしは勢いよく頬をつねってみる。
「痛いっ!」
『ほら見ろよ。ここでお前が今叫んだとしても逃がしはしないぞ』
(まさか……あたしを仲間にしようと……)
『お前の思っていることはしない』
「ぎくっ……じゃあ、何よ?」
知りたいようで知りたくない、けど気になる。
『俺はただ、生きている奴と話がしてみたかった。その願いがようやく叶った』
「えっ、それだけ?」
『ああ。だから蘭を襲う真似はしない。さっきは力が抑えられず本能が動いたのさ』
(ええっと……たしか、キョンシーは生き血を求める妖(あやかし)だよね?)
あの御札はそれを抑えるためのリミッター。
あたしは本で読んだことしかなかったから本物を見るのは初めてだ。
「……ねえ、悪い人じゃないなら。あたしのこと助けてくれない?」
『喜んで手伝おう、蘭の思う通りに動くぜ』
九龍がぎこちなく笑う。
なぜだろう、少し怖い感じはしなくなった。
でもまた不安になった。
「本当にそれだけ?」
『当たり前だろ、他に何があるんだ』
それを聞いてあたしは少し安心した。
でも九龍がどうして先生の家にいるのかも気になる。
「あのさ、九龍はどうしてここで眠っていたの?」
『気がついたらここにいてな、何も覚えていない』
「えーっと、ここから出る方法とか知らないかなあ……?」
『知らねえ、諦めろ』
(なんだ、ガッカリ……)
期待した自分が馬鹿だった。
でもこうしちゃいられない。
「脱出のヒントも探しつつ令菜先生にも会いたい。さっき、だまされたから」
『俺の他にも、蘭に興味を持つ奴が現れるのも時間の問題だな』
「ちょっと、怖い事言わないでよね」
九龍はこんなこと言っているけれど、油断していると絶対に足元をすくわれる。
もはや、お化け屋敷にいっているような感覚になりつつあった。
緊張して冷や汗もかいてきた。
(冗談に聞こえないし……まだ彼が優しいフリをしているだけかもしれない)
でもここに一人でいるよりはマシだ、相手は妖だが。
(本当に信用していいのかな)
結局、遊戯室にこれといった手がかりはなくここから出ることにした。
ただキョンシーに出会っただけ、それも生意気なやつ。
『面白そうだからついていこう。もしも、逃げたりしたら……分かっているよな?』
「ううっ、やっぱり不安なんですけど……!」