図書館での攻防の中、みるとイミアと対峙していたノーヴの前に現れた、むつぎとゼルル。
そこでゼルルが魔界の公爵家の令嬢だったことが、ノーヴの口から明らかにされたが…それはそれとして。
「いくぞ、ゼルル。」
「はい、お兄様。」
二人は頷きあい、むつぎの左手に収まるゼルル。そしてむつぎは魔法陣を展開させた。
『我が命に応えよ、グリモワール!』
むつぎが唱えた瞬間、ゼルルの面影が一切無くなり、代わりにゼルルの身体だった魔導書・グリモワールに、むつぎの魔法陣が浮かび上がる。そして…
彼の背から合計4枚の悪魔の翼が現れた。それは紛れもなく、ベルフェリオ・バアルの姿。だが以前とは異なり凶悪な気配は感じない。しっかりと、むつぎの意思のままだ。
「まさか、むつぎ…大悪魔の力を制御できるようになったの!?」
「ゼルルとの修業の成果だ。」
「あっ…そのゼルルは?」
【うふふ…ワタクシも当然いますわよ?】
みるとイミアがゼルルの声に顔をきょろきょろしていると、ノーヴの背後に黒いモヤのようなものが集まっている。
『顕現(けんげん)せよ、シスター・バアル!』
黒いモヤから魔法陣が浮かび上がり、そこから少女とも女性とも見える人物が現れた。
むつぎの髪より紫の混ざった青色の、ちょっとハネがある長髪。そこに纏う黒いローブは、まるで修道女(シスター)のようだが禍々しい。ドレスはまさに悪魔の貴婦人のようで、むつぎよりやや小さめの悪魔の翼が同じく4枚生えており、むつぎと同じ赤い瞳を持つ。そして何より見覚えがある、印象的な悪魔のしっぽと、ちょこんと付いたピンクのリボン。
「ゼルル…!?」
「その通りですわ!これこそお兄様との修業で獲得した新たな魔術・人形師(パペッター)で作り上げたワタクシの新たな身体ですわ!!」
むつぎが魔導書グリモワールを使って大悪魔(バアル)モードになり、ゼルルはほぼ人間の質感に近い人形(パペット)を用いて新しい身体(一時的なもの)を得る。二人がしていたのはそういうことだった。
「あっ、一応言っておきますが、これはワタクシの理想像であって、本来のワタクシの姿ではありませんので、あしからず。」
「ふーん!ただ大悪魔が二人出たところで、何にも変わらないぞ!」
「果たして本当にそうかな?」
ニヤッと、むつぎが悪い笑みを浮かべたのを見たノーヴは頭に血が上り、槍を構えて、むつぎに突進する。
だが、その突進を上手く飛んでかわす、むつぎ。その後しばらくノーヴは突進攻撃を繰り返したが、全てむつぎにかわされる。
「ハァ…ハァ…な、何でだ…何で当たらないんだ!女神っ娘よりも速さも突きの威力も上げているのに!!」
更に頭に血が上ってそうなノーヴの様子に、イミアは疑問を持っていた。
「…ノーヴ、なんかさっきよりも単調になってない?さっきは、みるの攻撃を捌いたり、あたしに攻撃する隙すら与えなかったのに…。」
「多分それは…」
「もちろん!それが大悪魔…お兄様の力ですわっ!」
みるの声をドヤ顔で、魔法を組みながら遮るゼルル。
「大悪魔の7つの称号は、なにも本人の性質だけではありませんわ。制御すれば、相手をその性質にしてしまうことすら可能ですのよ!」
つまり、むつぎ(ベルフェリオ)は「怠惰、傲慢、嫉妬、憤怒、色欲」
ゼルルは「暴食、強欲」
を相手に与えて増幅する事ができるのだ。
「…だから今のノーヴはさっきより上手く考えられていないのね。性質は憤怒かな。」
なるほどー、と関心しているイミアの横で、みるはチラッとレフィールを見た。気付いたレフィールは頷く。それで、みるは納得した。
(それでレフィ達は私がベルフェに近寄るのを過剰に嫌がってたのか。)
いくら女神の力がある、みるでも、万が一性質を与えて増幅させられたら(特に色欲)…。レフィールがベルフェリオを封印までしたのも納得がいく。
「ふふふ…流石ですわ、お兄様。さて、ワタクシも…!」
ゼルルが組み上げた魔法を解き放つと、大量のコウモリの人形が次々現れる。そして、むつぎしか見えていないノーヴに襲い掛かった。
「さぁ!ワタクシのかわいい人形眷属達!そのへっぽこ王子の魔力を食べてしまいまし!」
コウモリ人形達は、ノーヴに取り付くとガブガブと嚙みついてノーヴの魔力を食べて減らしていく。満腹になったコウモリは消え、また現れたコウモリが襲い掛かる。
「無限ループって怖くね?…でもその方法なら消費魔力も少なくてすむ!…問題は…」
みるが賞賛と怪訝な感じをしていると、ノーヴはコウモリ達を魔力の風圧で吹き飛ばし、さらに槍で薙ぎ払った。
「いい加減に…離れろぉぉ!!」
「きゃっ!」
コウモリ達を操る魔法をも魔力の風圧で消し飛ばされたゼルルは、思わずよろめく。
「まずはテメェだ!ソヴァンヌの令嬢っっ!!」
余裕が完全に無くなってキレたノーヴが、目を見開いて槍をゼルルに向ける。
・・・が。しかし。
『グランドクロス・グラビティフォール』
むつぎが放った「無詠唱」の巨大な黒い魔力の十字架に押しつぶされ、ノーヴは壁にめり込む程叩き付けられた。
啞然とするイミア、冷や汗を流す、みるとレフィール。
明らかに今のは「詠唱が必要な大魔法」と言える技。それをゼルルの時間稼ぎと魔導書グリモワールの補助があったとは言え、簡単に放って威力も下がっていないのは尋常ではない。
「っ…」
巨大な黒い十字架に押しつぶされながらも、ノーヴは「それ」に手を伸ばして、呼ぶ。
「イミ…ア…」
「…ノーヴ…」
イミアも恐る恐る手を伸ばすが、それが触れることは無かった。
ーブシャアア!!
突然、赤い噴水のようなものが吹き出し、倒れたのだ。
胸を巨大なかぎ爪に引き裂かれた、みるが。
「あっはっは!!ありがと!悪魔達!おかげで…ついにできちゃったよ!!」
狂ったように笑う、スー。相手をしていたサラミも、むつぎがノーヴを圧倒したことでほんの少しだけ気が緩んでしまっていた。
「あとは魔力を奪って…ふふふ…そう、ボクが女神になるんだ。無力な人間のみる、じゃなく、精霊のボクが。」
スーは有無を言わさず、倒れている、みるから魔力を奪い始める。
「それでいいんだよね?・・・・・【レイン】。」
「ーええ、その通りですよ。スー。」
空中からモヤが現れ、そこから姿を現した、レイン。彼はニヤリと笑って言った。
「言ったはずです、レフィール。「星を落とすのは星」…みるを落とすのは、同じ波長の存在。そして…みるは人間の身体で女神になどなる必要はありません。彼女は人間。なら、大人しく無力な人間の小娘でいればいいのですよ。」
空中に浮かぶレインの眼鏡が、怪しくキラリと光っていた。
終わる。or 関連本の追求。