ー俺様は、魔界の第三王子として生まれた。上には無論兄が2人いる。
長男の兄は幼少期から帝王学を叩き込まれ、めちゃくちゃカタブツで冗談が通じない厳格で仏頂面。次男は飄々としているが、長男の「いずれは魔界の王」の地位を狙っている野心家。あと外面だけはいいから人気が高い。
そんな2人の後に生まれた俺様は、誰からも期待されない。せいぜい王家の外堀になる貴族の令嬢と結婚し、力を保持するくらいだ。婚約が決まるまではもうやりたい放題やっている。だが、2人の兄の婚約者にと候補に選ばれていた令嬢が、家の財産をほぼ全部持って失踪するという事件が起こった。
ぶっちゃけ、チャンスだと思った。俺様は他の世界でも売れそうな宝石を持って、城から…そして魔界から飛び出した。追手は…来ない。こうして俺様は、あの窮屈な世界から脱出して、色んな世界を転々とした。
だが、宝石を売ってできた金も底をつきそうになり、やむを得ずどこかで働いて金を稼ごうとした。そこで目についたのが「速達屋」。世界を渡れる存在は貴重な人材らしく、俺様はそこで働く事になる。俺様の【格下には自分の正体が認識されない能力】のおかげで、魔界の第三王子であると気づかれる様子も無かった。
…そんな、ある時。俺様は「速達屋」と同種の仕事の「運び屋」に荷物を取りに行くように言われて向かい、出会ってしまった。・・・イミアに。
「速達屋だ。荷物を取りに来た。」
「すまないな、ちょっと待っててくれ。まだ荷物が届いていないんだ。」
「…遅い従業員だな。」
「新人なんだ。…と言っても届ける力はしっかりあるぞ。」
「ごめんなさい!遅くなりました!」
扉を勢いよく開いて現れた短いサイドテールの少女は、息を切らしながら荷物をテーブルに置いた。
「イミア!あれ程時間には遅れるなと言っただろうが!」
「ごめんなさい!!依頼人のお母さんに手紙の配達も頼まれて…。」
何度も頭を下げる少女の言い分に、俺様は心底呆れる。
「何で仕事外の依頼を受けてんだ…馬鹿か?」
「だって!あんなに思いのこもった手紙じゃ…絶対に届けたかったんだもの!」
「やめろ、イミア!…悪いな、速達屋。早く届けに行ってくれ。コイツにはしっかり言いつけておくから。」
「おう…じゃないか、はいよ。」
それから荷物を受け取り外に出ても、少女…イミアの謝る声は中からずっと聞こえていた。
「あれじゃあ…保たなさそうだな、女だし。」
それがイミアとの初対面。そしてその時の俺様はイミアを他の女と同じだと思っていた。
3カ月後…俺様は依頼が終わって帰る途中で、同じく帰る途中らしいイミアに出くわす。
「お前、運び屋の…。まだ辞めてなかったのか。」
「あっ、速達屋さんの…えーと…あたしはイミア!」
「知ってる、めちゃくちゃ怒鳴られていたからな。俺様はノーヴだ。」
「ノーヴっていうんだ!よろしくね、ノーヴ!」
イミアはニッコリと笑顔を向けてきた。
「…で、まだ辞めてなかったんだな。あんなに怒鳴られて。」
「え?…だって、あたしが悪かったから怒られるのは当たり前じゃないの?だからいっぱい謝ったよ。」
「仕事だからな。」
「仕事じゃなくても、謝るのは普通でしょ?…ノーヴはいいなあ、仕事もしっかりできて、魔力もあって。」
「ふふん、当然だ。俺様だからな!」
「ねえ、またここで話さない?あたし、同期?っていうか…仕事友達がいないから…。」
「全く、寛大な俺様に感謝しろよ?」
「するするっ!ありがとう、ノーヴ!」
その時はそれでイミアとは別れたが…俺様は、生まれて初めてあんな笑顔を向けられて、しかも「ありがとう」と言われたのだ。 「ありがとう」は魔界でも仕事でも言われているが、皆その言葉の奥深くに黒い思惑が渦巻いている。だから「ありがとう」に何も感じていなかった。
それなのに…イミアの「ありがとう」は、何だかほわほわする、機嫌が良くなる感じがした。
それから徐々に、速達屋と運び屋の両方を使っている依頼人からイミアの評判を聞くようになる。
「今日は速達屋さんだったね。あの運び屋さんにもよろしく言ってね。」
「そうだ、今回は運び屋さんじゃなかったんだった。あの子にはとっても助けられてね、優しくていい子だね。」
「あれ?今日は運び屋のおねーさんじゃないのか。あの人すっごく優しいんだ!」
イミアに運んでもらった依頼人の笑顔は、前からの常連でも違う風に変わっていった。
みんなイミアと同じ笑顔になるのだ。 それをイミアに伝えると、イミアももっと笑顔になった。
「わーい!あの人、そんなに喜んでいたんだ!ふふ…嬉しいな…頑張って運んだ甲斐があったよ。」
「運んだだけで嬉しいか?」
「だって相手が喜んでくれたなら、嬉しいよ!」
「そうか…嬉しいのか…。」
「あ、ノーヴに教えてあげようと思ったんだけど、依頼の人のお店で、ノーヴが気に入りそうな服とか小物とか売っているところがあってね!」
それから数時間、イミアは俺様の話し相手になってくれて、休みの日にその店にも行ってみる。
「あ、運び屋さんが言ってた人?ならサービスするよ!」
店員にもイミアの名前を言ったら、少し安く品物を売ってくれて、もちろんそれをイミアにも言い、買った物も見せた。
「じゃーん!どうだ、イミア!このTシャツ、イケてるだろ?」
「いや、何その文字…やばいよ!」
「だからイイんだろ!」
「でも……そっか…そうだね、それもノーヴの個性だよね。うん、イイと思う!」
「へへっ、とーぜんだな!イミアが教えて、俺様が選んだんだから!」
「そうやって行ってみてくれて、喜んでくれて、あたしも嬉しいよ。ありがとう、ノーヴ。」
また、イミアは俺様に笑顔で「ありがとう」と言ってくれて、その度に…。
俺様は、嬉しくて、胸がすごくドキドキした。
…ある時、速達の届け物をした常連の依頼人の女性に、こう言われた。
「…そういえば、運び屋さんの女の子とはどういう関係?」
「関係?…別に…話し相手…っす。」
「あらあら…クスクス…初恋かしら?若いわね。」
「はつ…こい?」
「クスクス…恋もわからないなんて、かわいいこと。…その子がもし、貴方が知らない他の男の子と話していたら…どう思うかしら?」
「は?…知らん他の男とか…ムカつく。」
「その気持ちよ。貴方だけが話し相手が良いのでしょう?」
「…ん…多分。」
「じゃあちゃんと「この子は俺様のもの」って、印をつけないと。はい、あげるわ。」
その女性から手渡されたのは、赤いダイヤ形のブローチ。
「魔避けのブローチよ。どうするかは貴方に任せるわ…クスクス…でも、頑張ってね。」
女性はそう言って建物の扉を閉めた。 俺様はブローチを見ながらトボトボと歩きつつ、悩む。
恋も、好きも、優しいも、ありがとうも、ただの言葉で、そこには黒い思惑しか無いと思って育ったから。 イミアの笑顔は、真っさらだったから。
それを他の知らない誰か…もしくは兄貴達だったら…絶対に渡したくなかった。
そう思って、俺様はイミアにブローチを渡したんだ。
「これ、付けて持ってろ。」
「え?…綺麗なブローチ…いいの?」
「魔避けになるからな!わかったか!?」
「わかった、わかったって。ありがとう、ノーヴ。」
イミアは笑って受け取って、ちゃんとブローチを付けてくれた。
これでイミアは…あの笑顔は俺様のもの、俺様だけのもの。 そう思っていたのに・・・
ーーー
「これが…ノーヴの…。」
「みたい…だね…。」
「そんな…あたしは…あたしは…!!」
【イミア様、ここはノーヴ様の心の中…何もつくろわず、偽りない言葉を伝えてあげてください。】
「でも!あたしのせいでまたノーヴが悲しんだら…。」
ノーヴの過去と苦悩を知ったイミアは涙目になって俯いているが、エーナはそれでもやるべき事をイミアに説く。だがイミアはノーヴをまた傷つけるかもという恐怖で言葉が出ない。
「イミア、イミアはみんなの「想い」を届けてきた。その中に、悲しい気持ちもあったでしょう?」
「…うん…。」
「私はイミアじゃないから、イミアがどう思っているのかわからない。それはノーヴも同じ。でも傷つけるつもりじゃないって、ちゃんと嘘の無い言葉で優しく伝えれば、ノーヴもわかってくれると思うよ。今までイミアはノーヴにそうしてきたんでしょう?」
みるの言葉に頷いたイミアは、手袋で目の涙を拭って、その場全体に聞こえるように言った。
「ノーヴ!あたし…あたしもわからない!!好きとか恋愛とか、いっぱい話を聞いてきたけど、わからない!!でも、ノーヴとこれっきりなんてイヤ!あたしも、もっと知りたい!その気持ちも…ノーヴのことも…もっとノーヴに笑ってほしい!恋とか愛とかかどうかは、わからないけど、あたしは、笑っているノーヴが好き!!」
その瞬間、雷が止み、渦巻いていた暗い雲が消え始める。
【あそこです!】
エーナが示した方角の、雲の切れ目から、ゆっくりと落下するノーヴの姿があった。
「ノーヴ!!」
「ちょっ…イミア!手を離したら!」
みるの静止も聞かずに、イミアはみるの手を離してしまった。
終わる。or 関連本の追求。
※挿絵の意味深なお姉さんは、今後終わりまで登場しません。また展示作品にも登場しませんので、あしからず。どこかで紹介はします。Byメルン