刑事ゴリラの事件簿 ファイルNo2:『園長のいない動物園~事件編~』

目次

第一章:『大曽動物園』

 日本全国には、80以上もの動物園が存在する。これは、世界第3位の数であるらしい。面積当たり換算すると、日本は世界一の動物園大国であるそうだ。つまり何が言いたいかというと、日本人にとって動物園は、とても身近な存在なのだ。そんな身近な動物園でも、いや、そんな身近な動物園だからこそ、事件も起きるもので……。

 大曽動物園(おおそうどうぶつえん)の朝は早い。副園長である島仏愛子(とうふつあいこ)が、朝4時には出勤しているからだ。しかし、彼女以外に人影はいない。他のスタッフも、園長も、まだ眠りについている。

そう話しかけるのは、全て動物達である。まだ眠っている動物も多いが、早起きの小鳥達彼女を出迎えるように鳴いている。島仏はその音を聞き届けてから、他のスタッフ達出勤するまで、開園準備に勤しむ。この職に就いてから続けている、彼女なりのルーティンである。

島仏「……」

ただ、ここ最近はそれに、ロッカールームで写真を眺めている時間が加わった。写真の島仏の隣には年配の女性が、その周り年配の男性達取り囲んでいる。

島仏「トキさん……」

そう呟いた後に、黙って眼鏡を掛け直す。その顔は、とても寂しそうなものであった。

 朝7時を過ぎると、動物園のスタッフ達が続々と出勤してくる。いずれも、島仏より若い女性スタッフだ。全員がロッカールームで着替えを済ませ、園長室に集まる。だが、朝8時の朝礼の時間だというのに、肝心の園長の姿がまだ見えない。

女性スタッフA「えっと……どうします副園長?」

島仏今日も私がやりましょう

そう言って島仏が朝礼をかけようとした瞬間だった。ドアを蹴って一人の男が入ってきた。

悪七「はいギリギリセーフ!」

園長の悪七光(あくしちひかり)である。髪を染め、趣味の悪い眼鏡をかけ、服装もだらしない野郎だが、れっきとしたここの園長である。

島仏「……」

島仏の冷たい視線が悪七に向かう。

悪七「……ん?おい?園長様のご出勤だぞ?挨拶はどうしたんだよ?」

島仏「失礼致しました。おはようございます園長。ただ、昨日申し上げたように、もう少し余裕を持って出勤していただけると有難いです」

悪七「は?言われた通り8時に来てやったんだが?」

島仏8時ちょうどに来るようには言っていません

悪七ならそう言えよ

島仏「言わないとわからないですか?」

悪七「あ?」

女性スタッフB「あ……あの……朝礼をお願いしたいんですけど……」

大曽動物園の朝は、このように険悪なムードから始まる。悪七が園長に就任してから1年、もはや恒例となっていた。

悪七「ハイハイ、やりゃあいいんでしょ朝礼を……。え〜……あざまーす」

スタッフ一同「「「おはようございます」」」

悪七「えーっと……今日は何曜日だ?」

島仏土曜日です」

悪七「はぁ〜……かったりぃ。土曜なんだから休ませろやクソが……

島仏「しかし、一番の稼ぎ時です」

悪七「んなことはわかってんだよ」

女性スタッフC「あ……あの園長……本日の目標をお願いします」

悪七目標?勝手に決めれば?

女性スタッフC「いや……それはちょっと……」

悪七「そんなに決めらんない?デートの時の下着ぐらい直感で決めりゃあいいんだよ!ギャハハハ!

 結局目標は、島仏が提案した『園内を清潔に』という無難なものに決まり、朝礼は終了した。スタッフ達はどっと疲れた様子で、持ち場に向かっていった。しかし、島仏は未だ園長室の中にいた。

悪七「なんだ?てめぇもとっとと現場に行けよ

島仏園長、お話がございます

悪七「……またアレの話か?」

島仏はい

悪七の声色が低くなる。

悪七「言っておくが、どうあがこうと無駄だぞ

島仏あなたはわかっていません。この動物園の価値を

悪七「馬鹿言え。価値わかってっから売るんだよ」

島仏お義母様のご意志を忘れたのですか?

悪七「……いいか。あれは俺に園長を継ぐようには言ったが、その後どうするかは一切言及してねぇ。煮るなり焼くなり、俺の好きにしていいんだよ」

島仏違います。大曽さんは園長としての責任を果たせと言ったのです。あなたがしようとしていることは、園に対する裏切り行為です」

悪七が胸ポケットからタバコを取り出し、吸い始める。

島仏「禁煙ですよ

悪七ごちゃごちゃうるせぇ。売却はな、決定事項なんだよ。前々から決まっていた、大事な『約束』だ

悪七が煙を吐き出しながら、ニッと笑う。

島仏園長に就任する前からの、ですよね?」

表情こそ変わらないが、島仏の目は氷のように冷たい。

悪七あぁそうだ。だからどうした?不正取引ですと警察に泣きつくか?あいつら動かねぇよ、絶対

悪七がタバコを床に落とし、靴で踏みつける。

悪七「まぁ、事件が起きれば話は別だがな。悔しかったら、騒ぎの一つでも起こしてみろよ。もっとも、クソ真面目な島仏さんには無理でしょうけど……なっ!

島仏「……」

悪七「精々頑張れよ、副園長!」

島仏「失礼致しました」

悪七「ギャハハハ!」

島仏が園長室から退出する。悪七は気づいていないようだが、彼女にはある感情が芽生えていた。

殺意である。

第二章:『ジュウロク』

 朝9時を迎え、開園時間になった。しかし、ハッキリ言って大曽動物園の客足は乏しい。街中にある、比較的小さい動物園ではあるが、土曜日にも関わらず閑古鳥が鳴いている。静かと言えば聞こえは良いが、まるで活気のない様子は、客にとってもスタッフにとっても、居心地の悪いものであった。

そんな中でも、わずかに聞こえる子供の声。ライオンの檻の前で、父親に肩車された女の子が声を挙げている。

母親「ライオンさん、お疲れみたいねぇ」

父親別のところ行こうか」

女の子駄々をこねる。ジュウロクと呼ばれる雄のライオンは、まるで休日のお父さんのように、こちらに背中を向けて寝転がっている。両親は困り顔だ。

島仏女の子優しく話しかけた。ちょうど園内の見回りをしているところであった。

すると、島仏が檻に向かって声をかける。

島仏の声に反応したジュウロクが、すぐさまこちらを向いた。

両親からも感謝され、島仏は手を振りながら見回りに戻っていく。その顔は誇らしげであった。

スタッフからインカム連絡が入る。

島仏了解しました。私が代わります

優しい顔つきから、冷静な顔つきに戻る島仏。

楽しそうな様子の親子と、ジュウロクの姿が目に入る。それは島仏にとって、何よりも守りたい光景であった。

 その後、これといったトラブルもなく、夕方5時になった。閉園時間である。しかし、動物達のコンディション管理など、まだまだ作業は山積みである。

スタッフ達「「「お先失礼します」」」

島仏「お疲れ様でした」

普通であればここで早番のスタッフが上がり、遅番との入れ替わりとなるであろう。

島仏「はい」

だが、大曽動物園は違うようだ。園長である悪七も、平気な顔をしてスタッフルームから去ろうとしている。

島仏「あっ、園長」

島仏が悪七を呼び止め、書類の束を手渡した。

島仏「こちらのデータ、間違っていますよ」

書類には、『大曽動物園報告書』と記載してある。

島仏「見るなとは一言も言われていませんので」

島仏「先月までの園の収益から販売店の売上データ、それとゾウのピノキオの餌代と糞の重量と……」

島仏「そうですか。精々頑張って下さい。私は他の仕事がありますので」

立ち去ろうとする島仏の手を、悪七が掴む。

両者、互いに睨みあう。

島仏「フォルダ」

島仏パソコンのフォルダ修正箇所のリストが入っています。それを参考にすれば、あなた一人で直せます

島仏「それでは、失礼します」

汗を拭いながら、悪七スタッフルームのパソコンと向かい合う。島仏はそれを見届けて、退室する。

そう呟くと、島仏は小鳥の様子を見に行くことにした。早起きな分もう眠りについているものもいる中で、彼女は1羽のハクセキレイを撫でながら、優しく声をかける。

この職に就いてから、島仏はいつも小鳥達の姿を見てから帰宅している。それが彼女なりのルーティンであるからだ。しかし、時刻はまだ夕方の6時。普段の彼女であれば、帰宅するなどありえない時間帯だ。

だが彼女は、必要な荷物をポケットに入れ、ロッカールームへと向かう。5時にあがったスタッフ達は、既に着替えを終えて退勤していた。島仏も一人着替えを始め、退勤の準備を行っている。

そして朝と同じように、写真を眺めている。しかしその表情は、覚悟を決めたような、とても恐ろしいものであった。

少し笑みを浮かべながら、島仏は帰路につく。その様子を、動物園の監視カメラがきっちり捉えている。

第三章:『血まみれの檻』

 時刻は夜の8時を回った。大曽動物園の灯りは、まだ消えていない。悪七パソコンの前で、悪戦苦闘しているからだ。

島仏の用意したリストを見ながら修正にあたる悪七であったが、その作業効率は芳しくなかった。ただでさえ、普段の事務作業を他者に丸投げしている彼にとって、108箇所もの修正は正気の沙汰ではない。最もそんな仕事ぶりだから、ここまで大量のミスをするのに至った訳だが。

そんな時であった。悪七の携帯電話が鳴った。

着信先を見るや否や、すぐに電話に出た。

島仏「どうもお疲れ様です、園長」

島仏「申し訳ありませんが、それどころじゃないです」

島仏「ジュウロクの様子が変なんです。マスターキーを持って、園長も来て下さい」

島仏「しかし園長」

島仏「安心して下さい。終わったら手伝いますので」

電話を切ると、悪七は座っていた椅子を蹴り飛ばした。プライドの高い悪七にとって、これ以上ない屈辱であった。

恨み節を吐きながら、悪七は壁に掛けてあるマスターキーを手に取り、ジュウロクの檻へと向かった。

           *

 一方電話を掛け終えた島仏は、ジュウロクの檻の前ではなく、そこから離れた室外にいた。仕事着でなく、通勤姿のままである。周りには雑草が大量に生えており、まるで彼女の姿を隠しているようだ。

島仏「……時間ね」

そう口にした次の瞬間、島仏は右腕を大きく振り上げ、声高らかに叫んだ。

辺りを静寂が包み、何事もないように見えた。だが30秒程経つと、園の建物に大きな変化が起きた。

『バチンッ』という音と共に突然訪れる暗闇。

           *

悪七は、ジュウロクの檻に向かっている途中であった。右も左もわからない廊下の上で、成す術もない。

携帯電話のライトこそあるが、この状況では島仏の力を借りざるを得ない。仕方なく電話を掛けた。

島仏「もしもし」

島仏「停電でしょうね

島仏「ブレーカーが落ちたんですよ。最近この時間よく落ちると、朝会で報告したはずですが

島仏「聞く気がない、の間違いでは?」

島仏「では電力室の鍵必要ですが、ここからスタッフルームまでは遠いですね」

島仏「そうですか。では、ジュウロクの檻の前で合流しましょう」

島仏「こっち、とはどちらのことでしょうか?」

島仏「申し訳ありませんが、今ジュウロクの前から離れる訳にはいきません。おそらく園長は真っすぐ歩いて来れば、こちらに辿り着けますよ」

イライラ抑えきれぬまま、電話を切る悪七。すぐさまライトを付け早歩き廊下を駆けていく。2分程歩いて、ようやく人影を見つけた。

島仏「お疲れ様です」

島仏「ご自分で行こうとは思わなかったのですか?」

島仏「いえ、失礼致しました。あなた一人では無理な話でしたね」

島仏「それより、私の代わりにジュウロクの様子を見ていて下さいませんか」

島仏「誰もいないよりはマシなので」

島仏「どうぞお好きに。それより、最後くらい園長らしいことをされてはいかがでしょうか」

拳を握りしめる悪七。だが、すぐに力を抜いた。

島仏「そのマスターキーでここの扉を開けて下さい」

鍵穴の中でマスターキーが回され、『ガチャッ』という音が廊下中に響く。

マスターキーが島仏に手渡される。

島仏が廊下を歩いていく。

厚い鉄格子の扉が開かれる。携帯電話のライトが、ジュウロクの姿を映し出す。

事態を飲み込もうと、一瞬固まる。

息を整える島仏。そのまま鍵を閉める。だが当然、扉の奥からは激しい打撃音が響いてくる。

身体全体を扉に叩きつけて、悪七が叫ぶ。

扉を何度も、拳で激しく叩く。しかし、びくともしない。

なおも悪七は大声で叫ぶ。しかしその叫び声は、ジュウロクを刺激するには十分であった。

悲痛な叫びをあげる悪七。しかし、無駄だと悟ったのであろうか。

いや、彼女にとっては、ここからが始まりなのかもしれない。

再び右腕を振り上げて、声高らかに叫ぶ。その言葉にどんな意味があるのか、今は島仏愛子しか知らない。

第四章:『惨殺死体』

 ~ゴリラの憂鬱~

 夜が明けて、日曜日となった。まだ朝9時にも関わらず、大曽動物園には、昨日と比べ物にならない程の人々が集まっている。ただし、その多くは警察と、野次馬であった。

園内のん気なことを言っているのは、城団出署(じょうだんでしょ)の刑事、猿山将大(さるやままさひろ)巡査である。捜査班の一人として、動物園にやって来ていた。

猿山「……ってそれよりゴリさん探さないと……。ゴリさ〜ん!ゴリさ~ん?

猿山が『ゴリさん』と呼ぶのは、彼の上司、五里蘭次郎(ごりらんじろう)警部補のことである。捜査のため、共に動物園に来ていた。

猿山「どこ行ったんだ全く……あっ!

五里警部補だ。猿山……と書くとややこしいが、動物の方の猿山の柵の前に立っている。

猿山「ゴリさん!ここにいたんすか!」

猿山「どうしたんですかゴリさん?やたらテンション低いですけど……」

いつになく元気のない五里警部補。可哀想だから、今から地の文では『ゴリラ』と表記してあげることにしよう。

猿山「だ、大丈夫ですか?」

猿山「おかしいって何が?」

猿山「何が?」

猿山「へ?」

猿山「いやわかってますけど……」

ゴリラ……と書くとややこしいが、ゴリラは動物の方のゴリラが大好きである。

猿山「あの、ゴリさん」

猿山「ゴリさん」

思わず喝を入れる猿山。ゴリラも驚く。

猿山が携帯電話のメモ帳を開く。

両耳を塞いで、ゴリラが震えている。

悲痛な叫びをあげるゴリラ。

いまいち気乗りしないゴリラであったが、仕方なく事件現場に向かうことにした。

            *

 ~事件現場と副園長~

 事件現場、つまりライオンのジュウロクの檻である。遺体とジュウロクは別の場所に移動され、鑑識班達が現場の記録を取っていた。

猿山「えーっと、死体はその上にあったみたいですね」

猿山「動物園で飼われていても、結局は猛獣ですからねぇ」

猿山「園長のズボンのポケットにマスターキーと檻の鍵が入っていましたから、まぁ自分で檻を開けたんでしょうね」

猿山「さぁ?昨晩は園長一人だったそうですから。大方、ライオンの体調でも診ようとしたんじゃないですか?」

ゴリラ・猿山「「……」」

無理やりにでもテンションを上げようとしている二人に、ある女性が声をかけた。

島仏「刑事さん」

島仏お話があると聞いていたのですが

相変わらずの部下呆れるゴリラであったが、ひとまず目の前の女性に挨拶をすることにした。

相変わらずの上司に呆れながら、ちょっとカッコつけて自己紹介をする猿山。

ゴリラ「いやはや、無知な部下ですみません。副園長さん……でよろしかったでしょうか?

『ゴリラさん』と呼ばれたのが、よっぽど嬉しかったのだろうか。ゴリラの声色が上がっている。

苦しい言い訳をするゴリラ。猿山はほくそ笑む。

思わずショックを受ける猿山。

ゴリラ「なんだ急に君は」

いい雰囲気になっているのが、気に食わないようだ。

ゴリラ「なるほど……。それもそうですね。スタッフの皆さんは、先にお帰り頂いて大丈夫ですよ」

ゴリラ「ただ、ここで立ち話もアレですね。どうですか?どこかでお茶でもしながらっていうのは?

ゴリラ「いや、君はお留守番」

ゴリラ「だって猿山君、女性一人に男二人で事情聴取ってのもアレじゃあないか。君はそれよりも、スタッフの皆さんのお見送りとかを頼むよ」

猿山「ま、まぁ、そういうことなら……」

真っ当な理由だったので、食い下がる猿山。

~残された跡~

ゴリラ「いやぁ、私としてはこんな所一秒でも早く出て……ん?

ゴリラ「こりゃあ凄いセンスだなぁ。えっ、もしかして亡くなった園長さんの?

猿山「えぇ、らしいですよ。毎日コレで出勤してたみたいです。スタッフの人が言ってました」

ゴリラ「ん?アレ?ここの園長って結構歳いってなかったっけ?

ゴリラ「ふーん、じゃあ新しい園長だったのか」

ゴリラ「そりゃ急に若いねぇ。ベテランからの反発とかありそうだけどなぁ」

ゴリラ「あっ、そんな長いのあの人

自ら墓穴を掘る猿山。だがゴリラはそんなことよりも、ある考えが頭に浮かんでいた。

ゴリラ「……」

猿山「どうしましたゴリさん?」

ゴリラ「あっ、いや、下らない想像さ」

猿山「想像?」

猿山「余計なお世話ですよゴリさん」

ゴリラ「まぁ、そうだよね。ごめんごめん」

ゴリラ「考えすぎだよね……」

すると鑑識班の一人が、猿山に話しかけてきた。

猿山「あっ、鉄格子の扉を閉めて撮影やるみたいですよ。一旦離れましょう」

ゴリラ「ありゃ、こりゃ失敬」

撮影班の一人がカメラを構え、厚い鉄格子の扉が閉められる。内側からそれを眺めるゴリラと猿山。

突然声を張り上げるゴリラ。思わず周囲も手を止める。

猿山「いきなりどうしたんですかゴリさん?」

閉められた扉を指差す。

猿山「えっ?別に普通の扉ですけど?」

言われた通り近づいてみる猿山。すると複数の凹みや、傷のようなものに気が付いた。

猿山「ん?なんか跡みたいなの付いてますね」

息を整え、ゴリラが口を開ける。

再び悪七の眼鏡と携帯電話に目を向ける。ゴリラの中で、何かが繋がった。

第五章:『フードコートにて』

 ~お昼前のギオンモール~

 時刻は午前10時を過ぎ、ゴリラと島仏は、動物園向かいのショッピングモール『ギオン』に来ていた。島仏の望み通り、2階のフードコートテーブル席に座っている。日曜日ということで人が多いが、お昼前なのが幸いして、さほど待たずに食事にありつけていた。

ゴリラ「……なるほどぉ。昔は園にゴリラがいたんですねぇ。いやぁ、ラッパ君かぁ。会いたかったなぁ

昔話に花が咲いているようだ。ゴリラの前には望み通りの紅ショウガの乗った焼きそば、仕事着から通勤姿に着替えた島仏の前にはハンバーガーコーヒーフライドポテトセットが置かれている。

ゴリラどうも。では早速失礼して、いただきます

熱々の焼きそばを口いっぱいに頬張るゴリラ。飲み込むと頷いた様子で、どうやら好みの味であったようだ。

少し恥ずかしくなって、顔をポリポリとかくゴリラ。

ゴリラ「助かります。では……」

事件のことについて話そうとしたゴリラであったが、島仏の目線が子供達に向いているのに気が付いた。

ゴリラ「気になりますか、お子さん」

ゴリラ癖ですか?」

そう語る島仏の目は、光り輝いていた。だが、心なしか寂しそうにも見えた。

ハンバーガーを口にする島仏。その香りが、ゴリラにも伝わってくる。

ゴリラ「そうなんですか。いやはや失礼しました」

ゴリラ「え?」

島仏が嬉しそうに言う。

ゴリラ「いやそりゃあ、少なくともこの国では人肉とかでない限りは、何を食べようが自由じゃあないですか。私は気にしませんよ

島仏が笑う。間に談笑を挟みながら、食事は和やかに進んでいった。

          ~島仏の証言~

島仏はい」

ゴリラは箸を、島仏はコーヒーカップをテーブルの上に置く。

ゴリラジュウロク、ライオンの名前ですね

ゴリラ「昨晩はお一人であったと聞きましたが」

ゴリラ「遅番の方はいらっしゃらないんですか?」

ゴリラ「そうなんですか……。そうなると、最後に悪七さんと会話されたのは夕方の6時ですか

ゴリラ「内容聞いてもよろしいですか?」

ゴリラ「停電の原因は?」

ゴリラ「そ、そうですか……。あっ、それで今朝のお話でしたね。続けて下さい

ゴリラ「それは、また危険な……

ゴリラ立派な心がけです。それで……扉を開けたんですね?

ゴリラ麻酔か何かを使ったんですか?」

ゴリラ「す、すごいですね……」

ゴリラ「へぇ……いやでも、どうしてジュウロクは悪七さんを襲ったんですかね?お話聞いていると、そんな凶暴な性格には思えませんが……」

ゴリラ「はい?」

ゴリラ「と言いますと?」

ゴリラ「……そ、そうなると別の疑問が浮かびます。悪七さんは、何故よりにもよって停電中に檻を開けたんでしょう?てっきりジュウロクの体調を診ようとしたかのかと思いましたが、それなら先にブレーカーを上げれば良いですよね……?

ゴリラノリですか?

ゴリラ「あぁ、そういえば元々別の職種だったそうですね。へぇ、企画好きかぁ」

ゴリラ「ほぉ、公募じゃなくてですか」

~ゴリラの与太話~

ゴリラ「あっ、もうこんな時間ですか」

フードコートの壁掛け時計が10時50分を指している。

ゴリラ「すみません、お忙しいところを長々と付き合わせてしまって。動物のお世話とかもあるでしょうし

ゴリラ「でも園内を一人で回るのは大変では?」

ゴリラ「そうですか……どうしようかな

ゴリラ「いや、島仏さんが良いならでいいんですけどね。ちょっと与太話に付き合ってもらいたいなと

眼鏡を掛け直し、微笑んで見せる島仏。

ゴリラ「よろしいですか?ではまず、こちらのブツからなんですけど」

そう言ってゴリラは、スーツから鑑識のシールが付いたビニール袋を2つ取り出した。中には派手なカラーの眼鏡と、携帯電話が入っている。

ゴリラ「そうです。どちらもわからないことがあったので、許可を取って持って来ました。ただ携帯の方は、バッテリー切れの謎を知りたかったんですけど、停電の件合点が付きました。懐中電灯代わりにライトを使っていて、それが点けっぱなしで放置されていたから切れたんですね

ゴリラ「そうなんですよ。で、何か気づきません?

島仏がビニール越しに眼鏡を観察する。

ゴリラ伊達眼鏡ですね。なかなかのオシャレさんだったみたいですなぁ。でも、そこじゃないんですよ」

島仏の顔つきが一瞬こわばる。

焦るゴリラ。それを見て、思わず笑う島仏。

突然笑い出した島仏に、ゴリラは困惑するしかない。

目を背けながら、島仏に写真を数枚手渡すゴリラ。

ニヤリと笑うゴリラ。

だがそれも、島仏の携帯電話への着信でかき消された。

ゴリラ「いえいえ、どうぞ」

一礼をして電話に出る島仏。

島仏「……はい。……えぇ。……お話は聞いています。……了解致しました。……では11時半に。……お待ちしております。……失礼します」

電話を切り、一息つく島仏。

ゴリラ「お仕事ですか?」

ゴリラ「それは大変だぁ」

ゴリラ「いやはや、色々とありがとうございました。あっ、どうぞお先に。片づけは私がやりますので」

そう言って去ろうとする島仏。

呼び止められ、立ち止まる島仏。

微笑みながら島仏は答えた。

それを聞くと、島仏は一礼をして去っていった。

第六章:『重大発表』

~猿山の成果~

 時刻は11時半を回っていた。島仏から遅れて15分、ゴリラが大曽動物園に戻ってきた。

猿山が入口で出迎えてくれた。

ゴリラ「いやぁ、ごめんごめん。大方聞きたいことは聞けたんだけど、なかなか心の読めない方でねぇ」

ゴリラ「おぉ、ご苦労様。なんか興味深い話はある?」

ゴリラ「えっ、さっき見たよ?」

猿山「何を?」

その場でうろたえる猿山。よっぽど驚いたようだ。

ゴリラ「情報は確かなの猿山君?」

ゴリラ「じゃあ聞きましょう」

ゴリラ「あぁ、そんな気はしていたけど……例えば?

興奮気味に叫ぶ猿山。まるで動物園から抜け出してきた猿のようだ。

ゴリラ「でもさ、遅番の人や警備員も解雇されたって聞いたよ。いくらハーレム願望があったとしても、そんな一斉に切るのは不自然じゃない……?

ゴリラ「あっ、そういえば島仏さんは誰と話してるのさ?」

呆れ顔のゴリラ。

悲痛な叫びをあげる猿山。

ゴリラ……あぁ悪かったよもう。で、猿山君。監視カメラの映像確認したいんだけど、操作方法聞いてる?」

二人は早速、モニタールームに向かうことにした。

ちなみに猿山はノンキャリアであるため、警視総監になることは出来ない。

            *

 ~会議室にて~

 一方会議室では、島仏と強面の男が同じテーブルの上で、話し合いを始めていた。男の名は、日藤烈(ひとうれつ)。悪七が生前大事な『約束』を結んでいた、国明日動物園(ごくあくひどうぶつえん)の代表である。

島仏「こちらこそ、ご迷惑をおかけしております」

島仏それで日藤さん、お話というのは何でしょうか。先程も申し上げたように、悪七は結局必要な書類を用意出来なかったようですが」

そう言って指を弾くと、島仏の席までボールペンが回ってきた。

強面の見た目に違わず、ドスの効いた声で島仏を威圧してくる。

島仏がボールペンを握った。

慌ててキャッチする日藤だが、動揺を隠せない。

島仏は書類をパラパラと開くと、日藤の席に投げ渡した。

           *

~モニタールームにて~

猿山「何やら白熱してるようですねぇ」

ゴリラ「そうだねぇ」

二人がいるのはモニタールーム。音声こそ聞き取れないが、監視カメラ越しに島仏と日藤の会議室での様子を観察していたようだ。

猿山「まだ長引きそうですねぇ。えーと……あっ、ジュウロクはまだ寝ているみたいですねぇ」

ゴリラ「そうだねぇ」

別の檻に移されたジュウロクであったが、特にストレスを感じている様子もなく、大人しくしていた。

猿山「ゾウもキリンもこの時間は寝てますねぇ」

猿山「はい?」

もう外もすっかり寒いのに、汗だくの猿山。

毎度のことなので、怒る気にもなれないゴリラ。

しかしこのままでは、途方に暮れるだけだ。

ゴリラが『挽回でしょ』と思ったのも束の間、猿山の右手人差し指が赤いボタンを押そうとしていた。

その時、突然後方から男の大声が響いた。

びっくり仰天した猿山が、慌てて後ろにのけぞった。

ゴリラ「落ち着きなさい猿山君。まだ押していないし、そもそも自爆スイッチなんて動物園にある訳ないだろ」

ゴリラ「えーと、失礼ですが、どなたでしょうか?」

男はいつの間にか、杖を片手にモニタールームの後ろに立っていた。顔に大きな傷跡のある、ご老人男性だ。

ゴリラ先代の副園長さん?……あっ、申し訳ありません落ち着きのない部下で

両者頭を下げる。

ゴリラ「それより、どうやってこちらまで?一般の方が入って来れないように、警察官が配備されていたはずですが……?」

ゴリラ「……まぁいいじゃないか猿山君。もしかして、島仏さんに会いに来たんですか?」

モニタールームの機械を指差すゴリラ。

慣れた手つきで、ボタンやダイヤルを動かす福圓。

           *

~日藤の敗北~

 時刻は12時を過ぎた。会議室から、フラフラとした様子で男が出てくる。日藤だ。

ゴリラ「おや?大丈夫ですか?」

島仏を待っていたゴリラだったが、心配になって思わず話しかけてしまった。

ゴリラ「あらあら、まぁそう気を落とさないで下さいよ。島仏さんに何か言われたんですか?」

ゴリラ「まぁそんなところです」

ゴリラ「どういうことです?」

ゴリラ「えっと、売却の話はいつから出てたんですか?」

ゴリラ「え?それって……」

ゴリラ「へぇ……それはそれは……ではあなたの苦労も水の泡ということですか」

ゴリラ「何か抜け穴でもあったんですか?」

           

ゴリラ「それはやられましたなぁ」

そう言ってスーツから差し出したのは、『~国明日動物園〜代表取締役CEO:日藤烈』と書かれた名刺。

そう言ってスーツから取り出したのは、警察手帳。

手帳を二度見する日藤。

そう言うと、一目散に去って行ってしまった。

猿山「ゴリさん、なんですか今の人?」

ゴリラ「あっ、いたの猿山君?」

日藤の名刺を猿山に手渡す。

猿山「聞いたことない動物園っすねぇ」

ゴリラだろ?なんか怪しいニオイがするから、調べておいてくれない?」

そう言うと、一目散に去って行ってしまった。

           *

 ~時代は変わった~

 会議室の中、島仏は一人残って、ノートに文章を書き記していた。

会議室の中に、ゴリラが静かに入ってきた。

ゴリラの後ろから、福圓が姿を現した。

思わず立ち上がる島仏。

ゆっくりと島仏に近づいていく福圓。

福圓が島仏の右肩に手をかける。

一瞬、島仏が顔をしかめる。

そう叫ぶと、強く福圓の手を振り払った。

倒れそうになる福圓を、ゴリラが慌てて支える。

弱々しい声と足取りで、福圓が背を向ける。

その一言を残して、福圓は会議室を後にした。先程の元気な姿とは、打って変わった様子で。

ゴリラ「島仏さん」

『ゴリラ』ではなく『刑事』と呼ぶ彼女の言葉には、単なる言い換え以上に温度差があった。

ゴリラ「いいえ、他人である私から何を言おうが、それはおこがましいことです」

条件反射か、右肩を触ってしまう島仏。

ゴリラ「そうですか。……あっ、そうだ。一つ言い忘れていたことがありました」

眼鏡を掛け直す島仏。

ゆっくりと、言葉を噛み締めるように答える。

眼鏡越しに見えるその眼差しは、温かみなど一切ない。『鉄の女』の異名で呼ばれるだけはある。

ゴリラ「いいえ、そうは言っていませんよ島仏さん」

だがゴリラも、一切ひるまずに答える。

会議室の時計が、12時半を告げる鐘を鳴らす。

ゴリラ「えぇ、捜査もひと段落付きましたし、引き揚げます」

会議室を去ろうとするゴリラであったが、島仏が呼び止めた。

ゴリラ「何でしょう?」

足を止めるゴリラ。

ゴリラ「謝罪会見を、ですか?」

ゴリラ「……わかりました。必ず見届けます」

島仏の言葉に引っかかりを覚えたゴリラであったが、これ以上の追及は無意味と感じ、その場を後にした。

           *

 ゴリラと捜査班が園を去り、島仏一人になった。彼女は慣れた手つきで動物達に餌を与えていく。ゾウのピノキオにも、キリンのニッケにも、小鳥達にも。

ジュウロクの檻の前だ。普段の檻と違うが、いつものように、バケツ一杯の馬肉や鶏肉を与える。

だが今のジュウロクには、食欲にも勝る感情があった。目の前で今にも泣き崩れそうな、島仏への感情だ。

            *

 ~島仏からのメッセージ~

 夕方の4時島仏の宣言通り、大曽動物園にて会見が始まった。既に『動物園の園長がライオンに殺された』という情報世間に届き、動物園側の対応注目されていた。

猿山「あっ、始まりましたよ!」

ゴリラ「うむ……」

ゴリラも約束通り、警察署のテレビで会見を見守っていた。

カメラのフラッシュが焚かれる。マスメディアも、視聴者も、誰もが謝罪会見と思い込んでいた。

だが、様子がおかしい。

深く一礼する島仏であったが、記者達は困惑している。

ついに耐えられなくなった記者達が吠える。

猿山「何考えているんですかね島仏さん?謝罪会見なのに、これじゃ喧嘩売っていますよ」

島仏が眼鏡を掛け直す。

島仏が会見席のテーブルを叩いた。会場が静寂に包まれる。

記者達がざわつき始める。

思いがけない暴露に、記者達もテンションが上がる。

そう叫んだ途端、プロジェクターからパワーポイント資料が会場に映し出された。

ゴリラ「準備万端ということか……」

資料は実にわかりやすく、悪七の悪行がまとめられていた。女性スタッフへのセクハラ行為を捉えた瞬間、禁煙であるはずの園内で平気で喫煙するなどの数々の問題行動、園の売却を裏付ける契約書に至るまで。

会見はもはや島仏の演説会場と化していた。これまで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、力強く、声高らかに、悪七の愚行を晒していく。記者達はそんな彼女の挙動と声明を、余すところなく記録していく。

街ビルの大型ビジョンでも、島仏の姿が映し出されていた。それを見守る人だかりの中に、福圓もいた。

資料も映し終わり、会見も終わるかと思えた。だが島仏が今日一番の声量で、言葉を連ねる。

会場のボルテージが最高潮に達する。

島仏の深い一礼は記者達からの拍手喝采で包まれ、会見は幕を閉じた。

 テレビ画面を消し、頭を抱える猿山。

ゴリラ「そうだねぇ」

嬉しそうな顔で、猿山が駆け出していく。

ゴリラ「さて、私は……」

ゴリラはふと、島仏の言葉を思い出していた。

大曽動物園の先代の園長、大曽時。故人ではあるが、きっと彼女こそが、島仏にまつわる鍵を握っているはず。

刑事ゴリラの事件簿 ファイルNo2:『園長のいない動物園~事件編~』END

『園長のいない動物園~解決編~』につづく

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初めまして、漫画、アニメ、ゲーム、映画他諸々が好きなアラサー男です。自分の好きな分野の漫画イラストやコラム等を投稿していければと思います。ちなみにアイコンのサングラスは、沖縄へ修学旅行に行った際、海で拾った思い出の品です。

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