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目次
第一章:『大曽動物園』
日本全国には、80以上もの動物園が存在する。これは、世界第3位の数であるらしい。面積当たりに換算すると、日本は世界一の動物園大国であるそうだ。つまり何が言いたいかというと、日本人にとって動物園は、とても身近な存在なのだ。そんな身近な動物園でも、いや、そんな身近な動物園だからこそ、事件も起きるもので……。
*
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大曽動物園(おおそうどうぶつえん)の朝は早い。副園長である島仏愛子(とうふつあいこ)が、朝4時には出勤しているからだ。しかし、彼女以外に人影はいない。他のスタッフも、園長も、まだ眠りについている。
島仏「おはよう、みんな」
そう話しかけるのは、全て動物達である。まだ眠っている動物も多いが、早起きの小鳥達が彼女を出迎えるように鳴いている。島仏はその音を聞き届けてから、他のスタッフ達が出勤するまで、開園準備に勤しむ。この職に就いてから続けている、彼女なりのルーティンである。
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島仏「……」
ただ、ここ最近はそれに、ロッカールームで写真を眺めている時間が加わった。写真の島仏の隣には年配の女性が、その周りを年配の男性達が取り囲んでいる。
島仏「トキさん……」
そう呟いた後に、黙って眼鏡を掛け直す。その顔は、とても寂しそうなものであった。
*
朝7時を過ぎると、動物園のスタッフ達が続々と出勤してくる。いずれも、島仏より若い女性スタッフだ。全員がロッカールームで着替えを済ませ、園長室に集まる。だが、朝8時の朝礼の時間だというのに、肝心の園長の姿がまだ見えない。
女性スタッフA「えっと……どうします副園長?」
島仏「今日も私がやりましょう」
そう言って島仏が朝礼をかけようとした瞬間だった。ドアを蹴って一人の男が入ってきた。
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悪七「はいギリギリセーフ!」
園長の悪七光(あくしちひかり)である。髪を染め、趣味の悪い眼鏡をかけ、服装もだらしない野郎だが、れっきとしたここの園長である。
島仏「……」
島仏の冷たい視線が悪七に向かう。
悪七「……ん?おい?園長様のご出勤だぞ?挨拶はどうしたんだよ?」
島仏「失礼致しました。おはようございます園長。ただ、昨日申し上げたように、もう少し余裕を持って出勤していただけると有難いです」
悪七「は?言われた通り8時に来てやったんだが?」
島仏「8時ちょうどに来るようには言っていません」
悪七「ならそう言えよ」
島仏「言わないとわからないですか?」
悪七「あ?」
女性スタッフB「あ……あの……朝礼をお願いしたいんですけど……」
大曽動物園の朝は、このように険悪なムードから始まる。悪七が園長に就任してから1年、もはや恒例となっていた。
悪七「ハイハイ、やりゃあいいんでしょ朝礼を……。え〜……あざまーす」
スタッフ一同「「「おはようございます」」」
悪七「えーっと……今日は何曜日だ?」
島仏「土曜日です」
悪七「はぁ〜……かったりぃ。土曜なんだから休ませろやクソが……」
島仏「しかし、一番の稼ぎ時です」
悪七「んなことはわかってんだよ」
女性スタッフC「あ……あの園長……本日の目標をお願いします」
悪七「目標?勝手に決めれば?」
女性スタッフC「いや……それはちょっと……」
悪七「そんなに決めらんない?デートの時の下着ぐらい直感で決めりゃあいいんだよ!ギャハハハ!」
スタッフ一同「「「……」」」
*
結局目標は、島仏が提案した『園内を清潔に』という無難なものに決まり、朝礼は終了した。スタッフ達はどっと疲れた様子で、持ち場に向かっていった。しかし、島仏は未だ園長室の中にいた。
悪七「なんだ?てめぇもとっとと現場に行けよ」
島仏「園長、お話がございます」
悪七「……またアレの話か?」
島仏「はい」
悪七の声色が低くなる。
悪七「言っておくが、どうあがこうと無駄だぞ」
島仏「あなたはわかっていません。この動物園の価値を」
悪七「馬鹿言え。価値わかってっから売るんだよ」
島仏「お義母様のご意志を忘れたのですか?」
悪七「……いいか。あれは俺に園長を継ぐようには言ったが、その後どうするかは一切言及してねぇ。煮るなり焼くなり、俺の好きにしていいんだよ」
島仏「違います。大曽さんは園長としての責任を果たせと言ったのです。あなたがしようとしていることは、園に対する裏切り行為です」
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悪七が胸ポケットからタバコを取り出し、吸い始める。
島仏「禁煙ですよ」
悪七「ごちゃごちゃうるせぇ。売却はな、決定事項なんだよ。前々から決まっていた、大事な『約束』だ」
悪七が煙を吐き出しながら、ニッと笑う。
島仏「園長に就任する前からの、ですよね?」
表情こそ変わらないが、島仏の目は氷のように冷たい。
悪七「あぁそうだ。だからどうした?不正取引ですと警察に泣きつくか?あいつら動かねぇよ、絶対」
悪七がタバコを床に落とし、靴で踏みつける。
悪七「まぁ、事件が起きれば話は別だがな。悔しかったら、騒ぎの一つでも起こしてみろよ。もっとも、クソ真面目な島仏さんには無理でしょうけど……なっ!」
島仏「……」
悪七「精々頑張れよ、副園長!」
島仏「失礼致しました」
悪七「ギャハハハ!」
島仏が園長室から退出する。悪七は気づいていないようだが、彼女にはある感情が芽生えていた。
殺意である。
第二章:『ジュウロク』
朝9時を迎え、開園時間になった。しかし、ハッキリ言って大曽動物園の客足は乏しい。街中にある、比較的小さい動物園ではあるが、土曜日にも関わらず閑古鳥が鳴いている。静かと言えば聞こえは良いが、まるで活気のない様子は、客にとってもスタッフにとっても、居心地の悪いものであった。
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女の子「ジュウロク~!」
そんな中でも、わずかに聞こえる子供の声。ライオンの檻の前で、父親に肩車された女の子が声を挙げている。
女の子「ジュウロク~こっち向いて~!」
母親「ライオンさん、お疲れみたいねぇ」
父親「別のところ行こうか」
女の子「やだ!ジュウロクの顔見たい!」
女の子が駄々をこねる。ジュウロクと呼ばれる雄のライオンは、まるで休日のお父さんのように、こちらに背中を向けて寝転がっている。両親は困り顔だ。
島仏「ライオン、好きなの?」
島仏が女の子に優しく話しかけた。ちょうど園内の見回りをしているところであった。
女の子「うん、大好き!」
島仏「そっかぁ。じゃあ見たいよねぇ」
すると、島仏が檻に向かって声をかける。
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島仏「ジュウロク!」
ジュウロク「!」
島仏の声に反応したジュウロクが、すぐさまこちらを向いた。
女の子「すごーい‼ねぇなんでなんで⁉」
島仏「ジュウロクとはね、昔からのお友達なの。それじゃあ、ゆっくり楽しんでいってね」
女の子「ありがとうお姉ちゃん‼」
両親からも感謝され、島仏は手を振りながら見回りに戻っていく。その顔は誇らしげであった。
女性スタッフA「と……島仏さん、お客様から質問されたんですけど、わからなくて……」
スタッフからインカムで連絡が入る。
島仏「了解しました。私が代わります」
優しい顔つきから、冷静な顔つきに戻る島仏。
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島仏「……」
楽しそうな様子の親子と、ジュウロクの姿が目に入る。それは島仏にとって、何よりも守りたい光景であった。
たとえ、自らの手を汚すことになっても。
*
その後、これといったトラブルもなく、夕方5時になった。閉園時間である。しかし、動物達のコンディション管理など、まだまだ作業は山積みである。
スタッフ達「「「お先失礼します」」」
島仏「お疲れ様でした」
普通であればここで早番のスタッフが上がり、遅番との入れ替わりとなるであろう。
悪七「んじゃ、今日も残業頼むぜ~」
島仏「はい」
だが、大曽動物園は違うようだ。園長である悪七も、平気な顔をしてスタッフルームから去ろうとしている。
島仏「あっ、園長」
悪七「なんだ?」
島仏が悪七を呼び止め、書類の束を手渡した。
島仏「こちらのデータ、間違っていますよ」
悪七「あん?……あっ、コレは⁉」
書類には、『大曽動物園報告書』と記載してある。
悪七「か……勝手に見やがったのか⁉」
島仏「見るなとは一言も言われていませんので」
悪七「チッ……どこが……どこが間違ってんだ⁉」
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島仏「108箇所」
悪七「⁉」
島仏「先月までの園の収益から販売店の売上データ、それとゾウのピノキオの餌代と糞の重量と……」
悪七「ちょっ……ちょっと待てよ!明日には代表と会う約束してんだぞ⁉これじゃ売却の話が……」
島仏「そうですか。精々頑張って下さい。私は他の仕事がありますので」
立ち去ろうとする島仏の手を、悪七が掴む。
悪七「園長命令だ……どこがどう間違ってんのか、早く教えろ……!」
島仏「……」
両者、互いに睨みあう。
島仏「フォルダ」
悪七「えっ」
島仏「パソコンのフォルダに修正箇所のリストが入っています。それを参考にすれば、あなた一人で直せます」
悪七「な……な〜んだ。島仏ちゃんもいいところあんじゃないの」
島仏「それでは、失礼します」
悪七「ったく……肝が冷えたぜ……」
汗を拭いながら、悪七はスタッフルームのパソコンと向かい合う。島仏はそれを見届けて、退室する。
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島仏「……‼」
壁に掛けてあった、ジュウロクの檻の鍵を握りながら。ドアを閉める音と重なるように掴んだため、悪七は全く気が付いていない。
島仏「……私も肝が冷えましたよ」
そう呟くと、島仏は小鳥の様子を見に行くことにした。早起きな分もう眠りについているものもいる中で、彼女は1羽のハクセキレイを撫でながら、優しく声をかける。
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島仏「大丈夫」
この職に就いてから、島仏はいつも小鳥達の姿を見てから帰宅している。それが彼女なりのルーティンであるからだ。しかし、時刻はまだ夕方の6時。普段の彼女であれば、帰宅するなどありえない時間帯だ。
島仏「絶対に上手くいく」
だが彼女は、必要な荷物をポケットに入れ、ロッカールームへと向かう。5時にあがったスタッフ達は、既に着替えを終えて退勤していた。島仏も一人着替えを始め、退勤の準備を行っている。
島仏「見ていて下さい、トキさん……」
そして朝と同じように、写真を眺めている。しかしその表情は、覚悟を決めたような、とても恐ろしいものであった。
島仏「フフ……」
少し笑みを浮かべながら、島仏は帰路につく。その様子を、動物園の監視カメラがきっちり捉えている。
彼女の計画は、既に始まっていた。
第三章:『血まみれの檻』
時刻は夜の8時を回った。大曽動物園の灯りは、まだ消えていない。悪七がパソコンの前で、悪戦苦闘しているからだ。
悪七「クソッ……まだあんのかよ……!」
島仏の用意したリストを見ながら修正にあたる悪七であったが、その作業効率は芳しくなかった。ただでさえ、普段の事務作業を他者に丸投げしている彼にとって、108箇所もの修正は正気の沙汰ではない。最もそんな仕事ぶりだから、ここまで大量のミスをするのに至った訳だが。
悪七「このままじゃ明日まで終わらねぇ……!」
そんな時であった。悪七の携帯電話が鳴った。
悪七「誰だこんな時に……あっ!」
着信先を見るや否や、すぐに電話に出た。
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悪七「島仏!」
島仏「どうもお疲れ様です、園長」
悪七「ちょうど良かった!もう他の仕事終わったんだろ⁉俺の方手伝……」
島仏「申し訳ありませんが、それどころじゃないです」
悪七「は?」
島仏「ジュウロクの様子が変なんです。マスターキーを持って、園長も来て下さい」
悪七「馬鹿かお前⁉ライオンなんかより今は報告書だろうが‼」
島仏「しかし園長」
悪七「いいから早く……」
島仏「看板動物が死んだら、園の価値も下がりますよ」
悪七「⁉」
島仏「報告書も一から書き直しです」
悪七「えっ……あっ……」
島仏「それが嫌なら、来ることをお勧めしますよ」
悪七「……チッ」
島仏「安心して下さい。終わったら手伝いますので」
悪七「いいから黙って待ってろ……」
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電話を切ると、悪七は座っていた椅子を蹴り飛ばした。プライドの高い悪七にとって、これ以上ない屈辱であった。
悪七「今に地獄に叩き落としてやる……‼」
恨み節を吐きながら、悪七は壁に掛けてあるマスターキーを手に取り、ジュウロクの檻へと向かった。
*
一方電話を掛け終えた島仏は、ジュウロクの檻の前ではなく、そこから離れた室外にいた。仕事着でなく、通勤姿のままである。周りには雑草が大量に生えており、まるで彼女の姿を隠しているようだ。
島仏「……時間ね」
そう口にした次の瞬間、島仏は右腕を大きく振り上げ、声高らかに叫んだ。
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島仏「Dent key of case!!」
辺りを静寂が包み、何事もないように見えた。だが30秒程経つと、園の建物に大きな変化が起きた。
『バチンッ』という音と共に突然訪れる暗闇。
停電だ。
*
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悪七「なっ⁉」
悪七は、ジュウロクの檻に向かっている途中であった。右も左もわからない廊下の上で、成す術もない。
悪七「チッ……!」
携帯電話のライトこそあるが、この状況では島仏の力を借りざるを得ない。仕方なく電話を掛けた。
島仏「もしもし」
悪七「おい、どうなってんだ⁉」
島仏「停電でしょうね」
悪七「んなことはわかってんだよ!なんでいきなり電気が……」
島仏「ブレーカーが落ちたんですよ。最近この時間によく落ちると、朝会で報告したはずですが」
悪七「聞いてねぇぞ⁉」
島仏「聞く気がない、の間違いでは?」
悪七「と……とにかく早く復旧させろ!」
島仏「では電力室の鍵が必要ですが、ここからスタッフルームまでは遠いですね」
悪七「マスターキーなら俺が持ってる!」
島仏「そうですか。では、ジュウロクの檻の前で合流しましょう」
悪七「てめぇがこっちまで来ればいいだろ⁉」
島仏「こっち、とはどちらのことでしょうか?」
悪七「そ……それは……」
島仏「申し訳ありませんが、今ジュウロクの前から離れる訳にはいきません。おそらく園長は真っすぐ歩いて来れば、こちらに辿り着けますよ」
悪七「行けばいいんだろクソッ……!」
イライラを抑えきれぬまま、電話を切る悪七。すぐさまライトを付け、早歩きで廊下を駆けていく。2分程歩いて、ようやく人影を見つけた。
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悪七「島仏!」
島仏「お疲れ様です」
悪七「ほら、マスターキーだ!とっととブレーカー上げてこい!」
島仏「ご自分で行こうとは思わなかったのですか?」
悪七「あ?」
島仏「いえ、失礼致しました。あなた一人では無理な話でしたね」
悪七「てめぇ……」
島仏「それより、私の代わりにジュウロクの様子を見ていて下さいませんか」
悪七「は?俺が診れる訳ねぇだろ」
島仏「誰もいないよりはマシなので」
悪七「てめぇ……ぶん殴られてぇのか……?」
島仏「どうぞお好きに。それより、最後くらい園長らしいことをされてはいかがでしょうか」
悪七「……!」
拳を握りしめる悪七。だが、すぐに力を抜いた。
悪七「……ハハッ、危ねぇ危ねぇ。副園長さんの口車に乗せられるところだった。ここで騒ぎ起こしたら、売却の話もパーだもんなぁ」
島仏「……」
悪七「で、俺はどうしたらいいんだ?副園長さん」
島仏「そのマスターキーでここの扉を開けて下さい」
悪七「へいへい」
鍵穴の中でマスターキーが回され、『ガチャッ』という音が廊下中に響く。
悪七「ほらよ」
マスターキーが島仏に手渡される。
悪七「とっととブレーカー上げに行け」
島仏「ありがとうございます」
島仏が廊下を歩いていく。
悪七「さて……優しい園長さんのお出ましだぁ」
厚い鉄格子の扉が開かれる。携帯電話のライトが、ジュウロクの姿を映し出す。
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悪七「えっ」
ジュウロクは、檻の外に出ていた。
悪七「えっ……なっ……」
事態を飲み込もうと、一瞬固まる。
しかし、それが命取りであった。
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悪七「がっ……⁉」
何者かが、背中にぶつかってきた。いや、そんなことが出来る人間は一人しかいない。
悪七「島仏⁉」
島仏「……‼」
悪魔のような微笑みをした島仏が、悪七を中へと押し出していた。そしてすぐさま、扉を閉めにかかる。
悪七「てめぇ‼」
それを止めようと手を伸ばす悪七であったが、数秒遅かった。扉は固く閉ざされた。
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島仏「はぁ……はぁ……」
息を整える島仏。そのまま鍵を閉める。だが当然、扉の奥からは激しい打撃音が響いてくる。
悪七「開けろ‼開けろぉッ‼開けろぉぉぉッ‼」
身体全体を扉に叩きつけて、悪七が叫ぶ。
悪七「島仏てめぇ‼自分が何してんのかわかってんのか⁉わかってんのかぁ‼」
扉を何度も、拳で激しく叩く。しかし、びくともしない。
悪七「俺は園長だ俺は園長だ俺は園長だ‼この動物園の園長だぞゴラァッ‼」
島仏「お言葉を返すようですが」
悪七「ッ……⁉」
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島仏「私にとっての園長は、トキさんただ一人です」
悪七「あっ……」
島仏「さようなら、悪七光さん」
一切の温かみのない、死刑宣告のような一言であった。
悪七「待て‼待て‼待ってくれぇ‼」
なおも悪七は大声で叫ぶ。しかしその叫び声は、ジュウロクを刺激するには十分であった。
ジュウロク「グルルル……」
悪七「ひぃ……‼」
ジュウロクにとって、普段嗅ぎなれないニオイをまとったこの人間は、『敵』だ。
悪七「出せ……出せ……出してくれぇッ‼」
島仏「……」
悲痛な叫びをあげる悪七。しかし、無駄だと悟ったのであろうか。
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悪七「そんなに……あの女が恋しいかぁ‼」
島仏「……!」
悪七「てめぇにとっちゃ親みてぇなもんだろうがなぁ‼あいつは母親失格なんだよ‼」
島仏「……‼」
悪七「俺が生まれたのもよぉ‼あいつが家庭に愛情注がなかったからなんだよ‼男の代わりに動物なんか愛しちまってさぁ‼哀れな女だぁ‼」
島仏「……ロク……」
悪七「ギャハハハハハハハ‼」
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島仏「ジュウロク‼」
その声を聞き、ジュウロクは悪七に飛び掛かった。暗闇の中で、ジュウロクの咆哮と、悪七の叫び声だけが響く。断末魔とは、まさにこういうことを言うのだろう。
島仏「……」
悪七の声がぷっつり消える。代わりに、ジュウロクが肉を引き裂く音が聞こえてくる。終わったのだ。
島仏「トキさん……」
いや、彼女にとっては、ここからが始まりなのかもしれない。
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島仏「See mountain‼」
再び右腕を振り上げて、声高らかに叫ぶ。その言葉にどんな意味があるのか、今は島仏愛子しか知らない。
第四章:『惨殺死体』
~ゴリラの憂鬱~
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夜が明けて、日曜日となった。まだ朝9時にも関わらず、大曽動物園には、昨日と比べ物にならない程の人々が集まっている。ただし、その多くは警察と、野次馬であった。
猿山「こりゃあ、全国ニュースだなぁ」
園内でのん気なことを言っているのは、城団出署(じょうだんでしょ)の刑事、猿山将大(さるやままさひろ)巡査である。捜査班の一人として、動物園にやって来ていた。
猿山「……ってそれよりゴリさん探さないと……。ゴリさ〜ん!ゴリさ~ん?」
猿山が『ゴリさん』と呼ぶのは、彼の上司、五里蘭次郎(ごりらんじろう)警部補のことである。捜査のため、共に動物園に来ていた。
猿山「どこ行ったんだ全く……あっ!」
五里警部補だ。猿山……と書くとややこしいが、動物の方の猿山の柵の前に立っている。
猿山「ゴリさん!ここにいたんすか!」
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五里「あぁ……猿山君か……」
猿山「どうしたんですかゴリさん?やたらテンション低いですけど……」
五里「猿山君……だから私のことは『ゴリラ』と呼べと……はぁ」
いつになく元気のない五里警部補。可哀想だから、今から地の文では『ゴリラ』と表記してあげることにしよう。
猿山「だ、大丈夫ですか?」
ゴリラ「大丈夫じゃないよ……。絶対おかしいよこの動物園……」
猿山「おかしいって何が?」
ゴリラ「いないんだよ……」
猿山「何が?」
ゴリラ「ゴリラだよ」
猿山「へ?」
ゴリラ「だからゴリラ……あっ、私じゃなくて動物の方ね」
猿山「いやわかってますけど……」
ゴリラ「もう園内3周はしてるのに……ひどいよ……あんまりだよ……」
ゴリラ……と書くとややこしいが、ゴリラは動物の方のゴリラが大好きである。
ゴリラ「ここね、大曽動物園って昔から結構有名でさ、私も一度来てみたかったんだよ。で、いい機会だと思ったらこの仕打ちさ……」
猿山「あの、ゴリさん」
ゴリラ「ゴリラのいない動物園なんて、紅ショウガの乗っていない焼きそばだよ……」
猿山「ゴリさん」
ゴリラ「嗚呼……無情だぁ……」
猿山「ゴリさん!」
思わず喝を入れる猿山。ゴリラも驚く。
ゴリラ「ど……どったの?」
猿山「遊びに来たんじゃないですよ!死体の身元確認できたんで聞いて下さい!」
ゴリラ「あっ……はい。お願いします」
猿山が携帯電話のメモ帳を開く。
猿山「えーっと、被害者は悪七光さん。ここの園長さんですね。で、死因はおそらく、ここで飼育されているライオンに噛まれたことによる、失血死及びショック死です。死亡推定時刻は昨夜の8時10分から30分の間とみられています。第一発見者はここのスタッフの皆さんですが、死体は既に身体中が引き裂かれていて、判別が困難……ってゴリさん?」
ゴリラ「聞こえない聞こえない……」
両耳を塞いで、ゴリラが震えている。
猿山「まだ苦手なんですかこういうの……」
ゴリラ「だって全然違うじゃあないかレベルが!こちとら血を見るだけでも嫌なのに……。惨殺死体とか冗談じゃあないよ‼」
悲痛な叫びをあげるゴリラ。
猿山「あぁ……なるほど。そのせいでテンションガタ落ちなんですね」
ゴリラ「うぅ……せめてゴリラさえいれば」
猿山「まぁ気持ちはわかりますけど……。どうせ事故死ですから、さっさと現場見て帰りましょうよ」
ゴリラ「はぁ……」
いまいち気乗りしないゴリラであったが、仕方なく事件現場に向かうことにした。
*
~事件現場と副園長~
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事件現場、つまりライオンのジュウロクの檻である。遺体とジュウロクは別の場所に移動され、鑑識班達が現場の記録を取っていた。
猿山「お疲れ様でーす」
ゴリラ「うわぁ……」
ゴリラが嘆くのも無理はなく、大量の血痕が生々しく残されていた。
猿山「えーっと、死体はその上にあったみたいですね」
猿山が点線で囲まれた床を指差す。その下には、ちょうど人影のような血痕が、おびただしく広がっていた。
ゴリラ「こりゃあひどい……」
猿山「動物園で飼われていても、結局は猛獣ですからねぇ」
ゴリラ「……で、なんで園長さんは襲われたの?」
猿山「園長のズボンのポケットにマスターキーと檻の鍵が入っていましたから、まぁ自分で檻を開けたんでしょうね」
ゴリラ「え?そりゃまたなんで?」
猿山「さぁ?昨晩は園長一人だったそうですから。大方、ライオンの体調でも診ようとしたんじゃないですか?」
ゴリラ「ふーん、それで襲われたと……」
ゴリラ・猿山「「……」」
ゴリラ「事故死だね」
猿山「事故死ですね」
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ゴリラ「よし、そうと決まれば長居は不要だ!朝食でも食べに行こう猿山君!」
猿山「いいっすね!あっ、バナナシェイクが美味しいお店知ってますよ僕!」
ゴリラ「おぉ!君にしては気が利くねぇ!」
無理やりにでもテンションを上げようとしている二人に、ある女性が声をかけた。
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島仏「刑事さん」
猿山「あっ、副園長さん」
島仏「お話があると聞いていたのですが」
猿山「やべっ……忘れてた……」
ゴリラ「……気が利かないなぁ猿山君」
相変わらずの部下に呆れるゴリラであったが、ひとまず目の前の女性に挨拶をすることにした。
ゴリラ「どうも初めまして。警部補をしております、五里蘭次郎と申します。どうぞ気軽に『ゴリラ』と呼んで下さい」
島仏「ゴリラさん……?」
猿山「あっ、ジョークなんで気にしないで下さい!僕は巡査をやってます、猿山将大です。どうぞ猿まわしのように、こき使って下さい」
相変わらずの上司に呆れながら、ちょっとカッコつけて自己紹介をする猿山。
島仏「お言葉を返すようですが、猿まわしは人と猿が力を合わせて完成させる、伝統的な大道芸です。こき使うという表現は、正しくありませんよ」
猿山「えっ」
怒られてしまった。
ゴリラ「いやはや、無知な部下ですみません。副園長さん……でよろしかったでしょうか?」
島仏「申し遅れましたゴリラさん。大曽動物園の副園長を務めております、島仏愛子と申します。この度は、ご迷惑をおかけしております」
ゴリラ「い……いやいやいや!気にしないで下さい!市民の平穏を守るのが、警察の仕事ですから」
『ゴリラさん』と呼ばれたのが、よっぽど嬉しかったのだろうか。ゴリラの声色が上がっている。
猿山「と……島仏さん!こんなこと言ってますけど、さっきここのこと『紅ショウガの乗っていない焼きそば』とかほざいてましたよこの人‼」
ゴリラ「あっ⁉余計な事言うなよ猿山君‼」
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島仏「紅ショウガの乗っていない焼きそば……?つまりカップ焼きそばのことでしょうか?」
ゴリラ「あっ……いえ違うんですよ!もちろん美味しいカップ焼きそばもあって……」
苦しい言い訳をするゴリラ。猿山はほくそ笑む。
島仏「フフッ」
島仏も笑った。
猿山「えっ、今の話のどこに笑う要素が⁉」
思わずショックを受ける猿山。
島仏「言い得て妙ですね」
ゴリラ「あっ、そうですか。アハハッ」
猿山「そ……そんなことより仕事ですよゴリさん!島仏さんからお話聞かないと!」
ゴリラ「なんだ急に君は」
いい雰囲気になっているのが、気に食わないようだ。
島仏「ゴリラさん。事情聴取であれば、私一人で大丈夫です。スタッフの皆さんはかなりショックを受けているようなので、出来れば早く帰してあげて下さい」
ゴリラ「なるほど……。それもそうですね。スタッフの皆さんは、先にお帰り頂いて大丈夫ですよ」
島仏「ありがとうございます」
ゴリラ「ただ、ここで立ち話もアレですね。どうですか?どこかでお茶でもしながらっていうのは?」
島仏「それなら、向かいのショッピングモールのフードコートはいかがでしょうか?よく行くところなので。あと確か、焼きそばのお店もありますよ」
ゴリラ「おっ、いいですねぇ!そうしましょう!」
猿山「ちょっとゴリさん⁉僕とのバナナシェイクは⁉」
ゴリラ「悪いんだけど猿山君、焼きそばの話してたら焼きそばの気分になっちゃった」
猿山「えぇ……。いやまぁ、僕もお腹空いてるんでいいですけど……」
ゴリラ「いや、君はお留守番」
猿山「そんな⁉」
ゴリラ「だって猿山君、女性一人に男二人で事情聴取ってのもアレじゃあないか。君はそれよりも、スタッフの皆さんのお見送りとかを頼むよ」
猿山「ま、まぁ、そういうことなら……」
真っ当な理由だったので、食い下がる猿山。
島仏「では私は、支度をしてきます」
ゴリラ「あっ、ゆっくりで大丈夫ですよ!」
去っていく島仏に、明るく手を振るゴリラ。猿山はただ単に二人きりになりたかったんじゃないかと、心の中で舌打ちした。
~残された跡~
猿山「ゴリさん、浮かれるのもいいですけど、ちゃんと仕事して下さいよ?いいんですか現場もうちょい見ていかなくても?」
ゴリラ「いやぁ、私としてはこんな所一秒でも早く出て……ん?」
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現場に落ちていた眼鏡と、バッテリー切れの携帯電話に目が留まったようだ。眼鏡はジュウロクの檻の壁際に、携帯は遺体近くに置いてあった。どちらも派手なカラーリングをしているが、眼鏡がキレイな状態に対し、携帯は返り血が付いている。
ゴリラ「こりゃあ凄いセンスだなぁ。えっ、もしかして亡くなった園長さんの?」
猿山「えぇ、らしいですよ。毎日コレで出勤してたみたいです。スタッフの人が言ってました」
ゴリラ「ん?アレ?ここの園長って結構歳いってなかったっけ?」
猿山「あぁ、それは先代の園長ですね。動物園と同じ大曽時(おおそうとき)っていう女性園長さんです。なんでも去年、病気で亡くなられたそうです」
ゴリラ「ふーん、じゃあ新しい園長だったのか」
猿山「先代の義理の息子とか聞きましたよ。元々別の職種で、年齢も確か30代半ばとか」
ゴリラ「そりゃ急に若いねぇ。ベテランからの反発とかありそうだけどなぁ」
猿山「いやでも、ここのスタッフ、みんな若いですよ。ベテランの人は、それこそ島仏さんぐらいじゃないですか?」
ゴリラ「あっ、そんな長いのあの人」
猿山「高卒で15年勤めているベテラン……だとか。これもスタッフの人からさっき聞いて」
ゴリラ「君、やけにスタッフの人と話してるね」
猿山「え⁉いやいやそんな……決して若い女性が多いからとかそういうんじゃなくてですね」
自ら墓穴を掘る猿山。だがゴリラはそんなことよりも、ある考えが頭に浮かんでいた。
ゴリラ「……」
猿山「どうしましたゴリさん?」
ゴリラ「あっ、いや、下らない想像さ」
猿山「想像?」
ゴリラ「悪七さんだっけ。島仏さんみたいなベテランからしたら、言い方は悪いけど、コネで選ばれた園長な訳じゃない。こんな派手な眼鏡もかけて、印象悪そうだなぁって」
猿山「余計なお世話ですよゴリさん」
ゴリラ「まぁ、そうだよね。ごめんごめん」
それも本音ではあったが、真に考えていることではなかった。ゴリラは眼鏡と携帯電話に、ある違和感を覚えていた。だがそれを口にするには、確証が足りない。
ゴリラ「考えすぎだよね……」
すると鑑識班の一人が、猿山に話しかけてきた。
猿山「あっ、鉄格子の扉を閉めて撮影やるみたいですよ。一旦離れましょう」
ゴリラ「ありゃ、こりゃ失敬」
撮影班の一人がカメラを構え、厚い鉄格子の扉が閉められる。内側からそれを眺めるゴリラと猿山。
ゴリラ「あっ‼」
突然声を張り上げるゴリラ。思わず周囲も手を止める。
猿山「いきなりどうしたんですかゴリさん?」
ゴリラ「扉だよ扉‼」
閉められた扉を指差す。
猿山「えっ?別に普通の扉ですけど?」
ゴリラ「違う‼もっと近くで見て‼」
言われた通り近づいてみる猿山。すると複数の凹みや、傷のようなものに気が付いた。
猿山「ん?なんか跡みたいなの付いてますね」
息を整え、ゴリラが口を開ける。
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ゴリラ「これは……人間がぶつかったり、殴ったりした跡だ」
猿山「えっ、それってもしかして……」
ゴリラ「あぁ、被害者の悪七光さんがここから出ようとしたんだ」
猿山「ま、待って下さいよ!ズボンのポケットには鍵が入っていたんですよ⁉なんで自分から入っておいてそんなことを……」
ゴリラ「簡単な話さ」
再び悪七の眼鏡と携帯電話に目を向ける。ゴリラの中で、何かが繋がった。
ゴリラ「入ったんじゃあない、閉じ込められたんだ」
猿山「じゃ……じゃあこれって事故じゃなくて……」
ゴリラ「そう、殺人事件さ」
第五章:『フードコートにて』
~お昼前のギオンモール~
時刻は午前10時を過ぎ、ゴリラと島仏は、動物園向かいのショッピングモール『ギオン』に来ていた。島仏の望み通り、2階のフードコートのテーブル席に座っている。日曜日ということで人が多いが、お昼前なのが幸いして、さほど待たずに食事にありつけていた。
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ゴリラ「……なるほどぉ。昔は園にゴリラがいたんですねぇ。いやぁ、ラッパ君かぁ。会いたかったなぁ」
島仏「私としても、亡くなる前に是非会って欲しかったですね」
昔話に花が咲いているようだ。ゴリラの前には望み通りの紅ショウガの乗った焼きそば、仕事着から通勤姿に着替えた島仏の前にはハンバーガーとコーヒーとフライドポテトのセットが置かれている。
島仏「……あっ、どうぞ冷めない内に召し上がって下さい」
ゴリラ「どうも。では早速失礼して、いただきます」
熱々の焼きそばを口いっぱいに頬張るゴリラ。飲み込むと頷いた様子で、どうやら好みの味であったようだ。
ゴリラ「いいですねぇ。大きめにカットしてある具の食感が実にいい。麺の太さもソースの濃さもベストです。でも一番いい仕事してるのは、やっぱこの紅ショウガだなぁ」
島仏「フフッ」
ゴリラ「ん?どうしました?」
島仏「いえ、刑事さんってもっと堅苦しい方かと思っていたので」
ゴリラ「あっ……なんだかお恥ずかしいところを見せてしまいましたな」
少し恥ずかしくなって、顔をポリポリとかくゴリラ。
島仏「いいえ、気になさらないで下さい。それに気を遣われる方が、私としては嫌なので」
ゴリラ「助かります。では……」
事件のことについて話そうとしたゴリラであったが、島仏の目線が子供達に向いているのに気が付いた。
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ゴリラ「気になりますか、お子さん」
島仏「あっ、ごめんなさい。いつもの癖で」
ゴリラ「癖ですか?」
島仏「子供達の、言葉や動きの観察です。ここなら食事をしながら、その勉強が出来るんです」
ゴリラ「なるほど、それが動物園でも活きてくるんですね。さすが副園長ともなると、違うなぁ」
島仏「いえ、私が考えたんじゃないです。先代の園長の、大曽さんに教わったんです」
ゴリラ「あぁ、大曽さんに。そうですか、素晴らしい園長さんだったんですねぇ」
島仏「はい、私の永遠の憧れです」
そう語る島仏の目は、光り輝いていた。だが、心なしか寂しそうにも見えた。
ゴリラ「あっ、島仏さんも遠慮せず食べて下さい。事情聴取と言っても、本当に簡単なものなので」
島仏「ありがとうございます。では、いただきます」
ハンバーガーを口にする島仏。その香りが、ゴリラにも伝わってくる。
ゴリラ「美味しそうですね。ナニバーガーですか?」
島仏「レアステーキバーガーです」
ゴリラ「えっ」
島仏「ステーキ肉の表面だけを強火で軽く焼いたハンバーガーですね。生に近いです」
ゴリラ「あっ、いえ、それはわかるんですけど……」
その瞬間ゴリラの脳裏に浮かんだのは、血まみれのあの檻……。
島仏「あぁ、なるほど。確かに、あんな死体を見た後に食べるものではありませんね」
ゴリラ「いえいえ、私自身血とか死体とか苦手なので、敏感なだけかもしれませんが……その、平気ですか?」
島仏「私、そういうの気にならないんです。よく人からも、ドライって言われるくらいで」
ゴリラ「そうなんですか。いやはや失礼しました」
島仏「フフッ」
ゴリラ「え?」
島仏「『動物園に勤めているのに肉を食うのか』とは仰らないんですね」
島仏が嬉しそうに言う。
ゴリラ「いやそりゃあ、少なくともこの国では人肉とかでない限りは、何を食べようが自由じゃあないですか。私は気にしませんよ」
島仏「そう言って頂けるとありがたいです。気にし始めたら、薬のカプセルにだって動物の骨や皮が使われていたりしますから。考えたらキリがなくて」
ゴリラ「この焼きそばにだって、こんな立派なお肉が入っていますからねぇ」
島仏が笑う。間に談笑を挟みながら、食事は和やかに進んでいった。
~島仏の証言~
ゴリラ「さて、そろそろ本題と参りますか」
島仏「はい」
ゴリラは箸を、島仏はコーヒーカップをテーブルの上に置く。
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ゴリラ「では、死体発見までの経緯を、順を追って話して頂けますか?」
島仏「わかりました。あれは、今朝の7時頃ですね。ちょうどスタッフ達が出勤してくる時間でした。監視カメラの映像を見たスタッフの一人から、『ジュウロクが檻から出ていて、側に何か赤いものが映っている』と報告を受けたんです」
ゴリラ「ジュウロク、ライオンの名前ですね」
島仏「はい。それでスタッフルームから、マスターキーとジュウロクの檻の鍵がなくなっていることに気が付きました。しかも昨日残業をしていた、悪七さんの姿がまだ見えないことも」
ゴリラ「昨晩はお一人であったと聞きましたが」
島仏「何か書類の作成に追われていたみたいです。スタッフは夕方の5時には退勤して、私も6時にはあがらせて頂きました。監視カメラにも記録されています」
ゴリラ「遅番の方はいらっしゃらないんですか?」
島仏「1年前まではいたのですが、経営難で全員解雇されてしまいました」
ゴリラ「そうなんですか……。そうなると、最後に悪七さんと会話されたのは夕方の6時ですか」
島仏「いえ。その後電話で2回話をしています。8時頃に私が掛けて、8時10分頃に悪七さんから連絡がありました」
ゴリラ「内容聞いてもよろしいですか?」
島仏「はい。私からは作業の進捗を伺ったのですが、あまり芳しくないようでした。それで悪七さんからは、停電になったという連絡を」
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ゴリラ「停電⁉」
島仏「そうでした。重要なことをお伝えしていませんでした。実は昨夜の8時10分から8時30分までの間、園内で停電が起きていたんです」
ゴリラ「えっ⁉その時間帯って、確か悪七さんの……」
島仏「えぇ、なので監視カメラの方も、悪七さんが廊下を歩いているところで映像が一度切れて、復旧後にはもう先程伝えた映像になっていたんです」
ゴリラ「停電の原因は?」
島仏「お恥ずかしいことに、まだ判明していません。ただここ数ヶ月、同じ時間帯での停電が頻発していました。経年劣化かもしれないと悪七さんには伝えていたのですが、対処が遅かったですね」
ゴリラ「それは悔やまれますな……アレ?そういえば警備員の方とかは残っていなかったんですか?」
島仏「今はいません。前に勤めていた方も、遅番の方々と同様に、全員解雇されました」
ゴリラ「えっ⁉いやそれって……危なくないですか?」
島仏「えぇ、危ないですよ。でも悪七さんが経営不振には抗えないと、自ら決断されましたので」
ゴリラ「そ、そうですか……。あっ、それで今朝のお話でしたね。続けて下さい」
島仏「はい。それで、私も含めスタッフ全員でジュウロクの檻に向かうことにしました」
ゴリラ「それは、また危険な……」
島仏「園長不在の時は、副園長の私が責任を取らなくてはいけないので」
ゴリラ「立派な心がけです。それで……扉を開けたんですね?」
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島仏「はい。中には、檻の外に出ているジュウロクと、悪七さんの変わり果てた死体がありました。とにかく血まみれで、服を着た肉の塊という感じでした」
ゴリラ「あぁ……」
情景を想像してしまい、ゴリラの顔色が少し悪くなる。
島仏「周りのスタッフは、みんな悲鳴を上げたり、その場から動けなくなっていました。私も動揺しましたが、先にジュウロクの方を何とかしないといけないと思ったので、その対応にあたりました」
ゴリラ「麻酔か何かを使ったんですか?」
島仏「いえ、檻に誘導したんです。まずゆっくり近づいて、身体を撫でて警戒心を解き、そして檻に入ってもらいました。あとは警察に通報して、今に至りますね」
ゴリラ「す、すごいですね……」
島仏「そんな大したことじゃありません。ジュウロクとは、この仕事に就いてから長い付き合いです。むしろジュウロクの方が、私に合わせてくれる時もあります」
ゴリラ「へぇ……いやでも、どうしてジュウロクは悪七さんを襲ったんですかね?お話聞いていると、そんな凶暴な性格には思えませんが……」
島仏「ゴリラさん」
ゴリラ「はい?」
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島仏「こんなこと言うとおかしいと思われるかもしれませんが、ジュウロクは何も悪くありませんよ」
ゴリラ「と言いますと?」
島仏「動物には、たとえ飼育されていようと縄張り意識があるんです。本能と言うべきでしょうか。普段は優しい動物でも、そこを刺激されたら怒ります。だから悪七さんは、ジュウロクに襲われたんです」
そう語る島仏は、食事の時とはまるで違う、冷たい笑みを浮かべていた。
ゴリラ「……そ、そうなると別の疑問が浮かびます。悪七さんは、何故よりにもよって停電中に檻を開けたんでしょう?てっきりジュウロクの体調を診ようとしたかのかと思いましたが、それなら先にブレーカーを上げれば良いですよね……?」
島仏「申し訳ありませんが、そこは私にもわかりかねます。ただ、あの人ならその場のノリで開けたという可能性もありますね」
ゴリラ「ノリですか?」
島仏「えぇ、企画とか大好きでしたから。広報用の写真を撮ろうとしたのかもしれません。停電中にライオンと近距離の写真を撮影したとなれば、良くも悪くも話題にはなります」
ゴリラ「あぁ、そういえば元々別の職種だったそうですね。へぇ、企画好きかぁ」
島仏「はい。経営不振脱却のために、色々やっていました。例えば、動物の赤ちゃんの名前を有名実業家に考えてもらうとか」
ゴリラ「ほぉ、公募じゃなくてですか」
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島仏「私としては公募の方が良かったですよ。どなたが付けたか忘れましたけど、キリンに『ニッケイヘイキンカブカ』なんて付けましたから」
ゴリラ「ニッケイ……え?なんで?」
島仏「『キリンの長い首のように、日本の株式市場も高く伸びて欲しい』からだそうです」
ゴリラ「株式よりキリンのことを願うべきでは……?」
島仏「面倒だから今じゃみんな『ニッケ』と呼んでいますけどね」
~ゴリラの与太話~
ゴリラ「あっ、もうこんな時間ですか」
フードコートの壁掛け時計が10時50分を指している。
ゴリラ「すみません、お忙しいところを長々と付き合わせてしまって。動物のお世話とかもあるでしょうし」
島仏「そんな、気にしないで下さい。餌なら今朝、昼の分も用意していたので」
ゴリラ「でも園内を一人で回るのは大変では?」
島仏「ウチはそこまで広くないですから。それにもう、慣れたもんですよ」
ゴリラ「そうですか……どうしようかな」
島仏「どうかなさいました?」
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ゴリラ「いや、島仏さんが良いならでいいんですけどね。ちょっと与太話に付き合ってもらいたいなと」
島仏「与太話?」
ゴリラ「いやぁ、ホント職病病みたいなもんなんですが、今回のような明らかに事故死と思われるケースでも『もしかしたら殺人事件かもしれない』と考えちゃうんですよ。それで出来たら島仏さんに、私の考えを反論して頂きたいんですよ」
島仏「へぇ、面白そうですね。いいですよ」
眼鏡を掛け直し、微笑んで見せる島仏。
ゴリラ「よろしいですか?ではまず、こちらのブツからなんですけど」
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そう言ってゴリラは、スーツから鑑識のシールが付いたビニール袋を2つ取り出した。中には派手なカラーの眼鏡と、携帯電話が入っている。
島仏「悪七さんのですか?」
ゴリラ「そうです。どちらもわからないことがあったので、許可を取って持って来ました。ただ携帯の方は、バッテリー切れの謎を知りたかったんですけど、停電の件で合点が付きました。懐中電灯代わりにライトを使っていて、それが点けっぱなしで放置されていたから切れたんですね」
島仏「なるほど。では謎が残っているのは眼鏡の方ですか?」
ゴリラ「そうなんですよ。で、何か気づきません?」
島仏がビニール越しに眼鏡を観察する。
島仏「度が入っていませんね」
ゴリラ「伊達眼鏡ですね。なかなかのオシャレさんだったみたいですなぁ。でも、そこじゃないんですよ」
島仏「何でしょうか?」
ゴリラ「よく見ますとね、血が一滴も付いていないんですよ。遺体はあんなに血だらけで、こっちの携帯は返り血がベターっと付いているのに、変だと思いません?」
島仏「単に外れただけでは?」
ゴリラ「いいえ、この眼鏡は遺体から離れた、ジュウロクの檻の壁際にありました。悪七さんが自ら放り投げたと考えるのが自然です」
島仏「そうだとして、何がおかしいのですか?目の前の状況に取り乱して、そういう行動を取っただけではありませんか?」
ゴリラ「確かに私もそう考えました。しかし、もし他の誰かに嵌められていたとしたら?」
島仏「!」
島仏の顔つきが一瞬こわばる。
ゴリラ「あっ、あくまで仮定の話なので……」
島仏「……失礼しました。続けて下さい」
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ゴリラ「はい。それで思ったんです。このままでは事故死と思われてしまう状況で、何かメッセージを残そうとするんじゃないかと。それが、この眼鏡ではないかと」
島仏「面白い仮説ですけど、それなら血で犯人の名前でも書けば良いのでは?」
ゴリラ「ダイイングメッセージですね。ただ、今回の場合、犯人にかき消されてしまう可能性があります」
島仏「何故ですか?」
ゴリラ「第一発見者が犯人かもしれないからです」
島仏「へぇ、つまり私ですか」
ゴリラ「あっ⁉いえ、そういうことが言いたいのではなくて……」
焦るゴリラ。それを見て、思わず笑う島仏。
ゴリラ「……えぇーっと、とにかく眼鏡は悪七さんなりのメッセージであったという仮説です」
島仏「それで、どういう意味のメッセージなんですか?」
ゴリラ「えっと……」
島仏「どうしました?」
ゴリラ「怒らないで聞いて欲しいんですけど」
島仏「どうぞ」
ゴリラ「『犯人は眼鏡』」
島仏「……フフッ」
ゴリラ「えっ」
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島仏「アッハッハッハ!」
突然笑い出した島仏に、ゴリラは困惑するしかない。
ゴリラ「え?えっ?」
島仏「あぁ、すみません。最近全然笑ってなかったから、なんかツボに入っちゃいました」
ゴリラ「そ、そうですか」
島仏「フフッ……それで、殺人の証拠はまだあるんですか?」
ゴリラ「えぇ、あります。えっと……血とか死体とか大丈夫でしたよね?」
島仏「もしかして遺体の写真ですか?」
ゴリラ「そうなんですよ……。と、とにかくこちら見て頂けますか?」
目を背けながら、島仏に写真を数枚手渡すゴリラ。
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島仏「両腕の写真と、扉の写真ですか?」
ゴリラ「嫌な思いさせたらすみません。気になる点があったので、撮ってもらったんですよ」
島仏「腕の方は、切り傷が凄いですね」
ゴリラ「そうなんですよ恐ろ……いや、そうなんですが、よく見て下さい。肩と拳に跡のようなものが見えません?」
島仏「確かに見えますね。切り傷とは違う感じです」
ゴリラ「そうなんですよ‼……あっ、失礼、そうなんですよ。それで、鉄格子の扉の写真も見て頂けます?そちらにも跡があるんです」
島仏「ありますけど……それって」
ゴリラ「えぇ。この跡は、悪七さんが扉にぶつかったり、拳で殴ったりしたことを表しているんです」
島仏「へぇ、さすが刑事さんですね」
ゴリラ「いやぁ、それほどでも。……ってそれより、変じゃありません?悪七さんのポケットには鍵が入っているのに、これじゃあまるで……」
島仏「閉じ込められているみたい、ですか」
ゴリラ「その通り」
ニヤリと笑うゴリラ。
ゴリラ「どう思いますか島仏さん?よろしければご意見の方、お願いします」
島仏「……」
沈黙する島仏。ほんの一瞬、二人の間に緊張が走る。
島仏「あっ」
だがそれも、島仏の携帯電話への着信でかき消された。
島仏「ごめんなさい」
ゴリラ「いえいえ、どうぞ」
一礼をして電話に出る島仏。
島仏「……はい。……えぇ。……お話は聞いています。……了解致しました。……では11時半に。……お待ちしております。……失礼します」
電話を切り、一息つく島仏。
ゴリラ「お仕事ですか?」
島仏「えぇ、まぁそんな感じです。ちょっと今後のことで、話し合いをしなくてはならなくて」
ゴリラ「それは大変だぁ」
島仏「もう少しお話していたかったのですが、残念ながらここまでですね」
ゴリラ「いやはや、色々とありがとうございました。あっ、どうぞお先に。片づけは私がやりますので」
島仏「ありがとうございます。どうか殺人事件の解決、頑張って下さい」
ゴリラ「あっ……いえ、それはあくまで仮の……」
島仏「嘘が下手ですね」
そう言って去ろうとする島仏。
ゴリラ「あっ、島仏さん!」
呼び止められ、立ち止まる島仏。
島仏「どうかしました?」
ゴリラ「最後に一つだけ聞かせて下さい。大曽動物園とカップ焼きそばに何の繋がりがあるんですか?例えか何かなんですよね?ずっと考えていたんですが、どうしてもわからなくて……」
島仏「あぁ、それは……」
微笑みながら島仏は答えた。
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島仏「偽物だからですよ」
ゴリラ「えっ」
島仏「どんなにお湯で茹でても、鉄板の上で焼いた味には、本物の味には勝てません」
ゴリラ「いやでも……そうとは限りませんよ。人間、時には普通の焼きそばより、カップ焼きそばが食べたい時だってありますよ。だから大曽動物園も……」
島仏「でも、さっきの焼きそばの方が美味しかったんですよね?」
ゴリラ「それは……まぁ」
それを聞くと、島仏は一礼をして去っていった。
多少話しただけにも関わらず、ゴリラは島仏の姿に『危うさ』を感じていた。彼女の心は、大事な何かを失ってしまっている。
証言も証拠も足りない。だが、その一点だけで、疑うには十分であった。
第六章:『重大発表』
~猿山の成果~
時刻は11時半を回っていた。島仏から遅れて15分、ゴリラが大曽動物園に戻ってきた。
猿山「あっ、ゴリさん!」
猿山が入口で出迎えてくれた。

猿山「遅いっすよぉ‼事情聴取忘れて話し込んでたとかじゃないですよねぇ⁉」
ゴリラ「いやぁ、ごめんごめん。大方聞きたいことは聞けたんだけど、なかなか心の読めない方でねぇ」
猿山「僕はちゃんとお見送りも兼ねて、スタッフの人達に聞き込みしてきましたよゴリさん!」
ゴリラ「おぉ、ご苦労様。なんか興味深い話はある?」
猿山「それこそ島仏さんですよ!今は会議室にいるみたいですけど……知ってます⁉『鉄の女』って恐れられてるんですよあの人!なんと誰も爆笑した瞬間を見たことがない‼いやぁ……どおりでさっき僕に冷たいと思ったら……」
ゴリラ「えっ、さっき見たよ?」
猿山「何を?」
ゴリラ「爆笑した瞬間」
猿山「なっ……ちょっ……えぇ⁉」
その場でうろたえる猿山。よっぽど驚いたようだ。
猿山「そんな馬鹿な⁉」
ゴリラ「情報は確かなの猿山君?」
猿山「ま……待って下さい!まだネタはありますから‼」
ゴリラ「じゃあ聞きましょう」
猿山「亡くなった悪七園長なんですが……メチャクチャ評判悪かったみたいなんですよ」
ゴリラ「あぁ、そんな気はしていたけど……例えば?」
猿山「セクハラですよセクハラ!発言といい行動といい、常習犯だったみたいですよ!だから皆さん、死体はショックだったみたいですけど、悪七の死そのものは悔やんでいない‼しかも噂では、そのためにスタッフが若い女性だらけだったんじゃないかと‼キィー‼羨ま……いや汚らわしい‼」
興奮気味に叫ぶ猿山。まるで動物園から抜け出してきた猿のようだ。
ゴリラ「でもさ、遅番の人や警備員も解雇されたって聞いたよ。いくらハーレム願望があったとしても、そんな一斉に切るのは不自然じゃない……?」
猿山「王様気分だったんですよ‼経営なんて二の次‼」
ゴリラ「二の次って君ねぇ……いやでも、自分で自分の首を絞めているのは確かだな……」
猿山「でしょう?」
ゴリラ「あっ、そういえば島仏さんは誰と話してるのさ?」
猿山「さぁ?なんか怖そうな見た目の人でしたけど」
ゴリラ「えっ、もしかして、ヤの付く人……?」
猿山「焼きそば屋さん……?」
ゴリラ「猿山君……」
呆れ顔のゴリラ。
猿山「だって僕も食べたかったんですよぉ‼スタッフの人達も帰っちゃったから、一人寂しく焼きそばパン食べてたんですよぉ‼」
悲痛な叫びをあげる猿山。
ゴリラ「……あぁ悪かったよもう。で、猿山君。監視カメラの映像確認したいんだけど、操作方法聞いてる?」
猿山「もちろん聞いてますよ!僕を誰だと思ってるんですか⁉いずれ警視総監になる男ですよ!」
ゴリラ「よし、その意気だ」
二人は早速、モニタールームに向かうことにした。
ちなみに猿山はノンキャリアであるため、警視総監になることは出来ない。
*
~会議室にて~
一方会議室では、島仏と強面の男が同じテーブルの上で、話し合いを始めていた。男の名は、日藤烈(ひとうれつ)。悪七が生前大事な『約束』を結んでいた、国明日動物園(ごくあくひどうぶつえん)の代表である。
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日藤「ホントにこの度はオーマイガット……お悔やみ申し上げますよ」
島仏「こちらこそ、ご迷惑をおかけしております」
日藤「悪七もフール……バカだよなぁ。あと数日生きていりゃビッグマネー手に入れて、ハッピーライフだったってのによぉ。まさかライオンにキルされるとはなぁ」
島仏「それで日藤さん、お話というのは何でしょうか。先程も申し上げたように、悪七は結局必要な書類を用意出来なかったようですが」
日藤「あーレポート……報告書ねぇ。悪七の奴、俺の顔色を気にしてたかもしれねぇが、ありゃ後でどうとでもなるんだ。結局必要なのは……」
そう言って指を弾くと、島仏の席までボールペンが回ってきた。
日藤「お偉いさんのサインなんだよ」
強面の見た目に違わず、ドスの効いた声で島仏を威圧してくる。
島仏「……」
日藤「なぁに、黙って悪七の代わりに、アンタのフルネームを書き込めばいいんだよ。それでこのズーの……大曽動物園の権利は全て、国明日動物園に譲渡される」
島仏がボールペンを握った。
日藤「イエス!それでいい!」
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が、ペンは日藤に投げ返された。まるでダーツの矢のように。
日藤「ワッツ⁉なんで⁉」
慌ててキャッチする日藤だが、動揺を隠せない。
日藤「どういう教育受けてんだてめぇ‼いやそれ以上に何してんのかわかってんのかアンダースタンド⁉」
島仏「えぇ、もちろん。理解していますよ」
日藤「なら書類もチェックしてんだろ⁉」
島仏「はい」
日藤「じゃあなんでわかんねぇんだよ⁉売却は決定事項なんだよ‼頭クレイジーなのかチクショウ⁉」
島仏「あなたの方こそちゃんとチェックされました?」
日藤「へ?」
島仏は書類をパラパラと開くと、日藤の席に投げ渡した。
*
~モニタールームにて~
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猿山「何やら白熱してるようですねぇ」
ゴリラ「そうだねぇ」
二人がいるのはモニタールーム。音声こそ聞き取れないが、監視カメラ越しに島仏と日藤の会議室での様子を観察していたようだ。
猿山「まだ長引きそうですねぇ。えーと……あっ、ジュウロクはまだ寝ているみたいですねぇ」
ゴリラ「そうだねぇ」
別の檻に移されたジュウロクであったが、特にストレスを感じている様子もなく、大人しくしていた。
猿山「ゾウもキリンもこの時間は寝てますねぇ」
ゴリラ「そうだねぇ……で、猿山君?」
猿山「はい?」
ゴリラ「いつまでリアルタイムの映像見なきゃいけないのかな私達は?過去の映像が見たいんだけど?」
猿山「えーとですね……それは……」
もう外もすっかり寒いのに、汗だくの猿山。
猿山「すいません‼やり方聞き忘れましたぁ‼」
ゴリラ「あはは……やっぱりかぁ」
毎度のことなので、怒る気にもなれないゴリラ。
ゴリラ「はぁ……こんなことなら一人ぐらい残ってもらえば良かったなぁ」
猿山「だ……大丈夫ですよゴリさん!まだ島仏さんがいますから!」
ゴリラ「いや、彼女の前ではダメだ」
猿山「何故です⁉」
ゴリラ「まだ確信はないけど、とにかくダメだ」
猿山「……あっ、なるほど!彼女が犯人なんですね‼」
ゴリラ「……確信ないって言ってるでしょうが」
しかしこのままでは、途方に暮れるだけだ。
猿山「とりあえず適当にボタン押してみましょうか!」
ゴリラ「いやなんでそうなるのさ⁉」
猿山「まぁ大丈夫ですって!ここで名誉返上してみせますから‼」
ゴリラが『挽回でしょ』と思ったのも束の間、猿山の右手人差し指が赤いボタンを押そうとしていた。
???「おいアンタよせ‼」
その時、突然後方から男の大声が響いた。
猿山「へ?」
???「そいつはここの自爆スイッチだぁ‼」
猿山「うわぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
びっくり仰天した猿山が、慌てて後ろにのけぞった。
猿山「ゴゴゴゴゴ……ゴリさん‼早く逃げましょう‼」
ゴリラ「落ち着きなさい猿山君。まだ押していないし、そもそも自爆スイッチなんて動物園にある訳ないだろ」
猿山「え?えっ?」
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???「アッハッハッハ‼」
ゴリラ「えーと、失礼ですが、どなたでしょうか?」
男はいつの間にか、杖を片手にモニタールームの後ろに立っていた。顔に大きな傷跡のある、ご老人男性だ。
猿山「ま……まさかヤの付く人⁉」
福圓「違うわい‼えー、突然すまんな警察の方。ワシの名は福圓長之助(ふくえんちょうのすけ)。ここの先代の副園長をしていた者じゃ」
ゴリラ「先代の副園長さん?……あっ、申し訳ありません落ち着きのない部下で」
猿山「す……すみません」
両者頭を下げる。
福圓「ここの施設は古いからのぉ、適当にボタンを押されちゃ困るんじゃよ。どうか気を付けてくれ」
ゴリラ「はい、肝に銘じます。……あっ、警部補をしております五里蘭次郎です。どうぞ気軽に『ゴリラ』と呼んで下さい」
福圓「ほぉゴリラさんか!よろしくな!」
猿山「受け入れてる⁉……あっ、僕は巡査の猿山将大です。そうですね……気軽に『マー君』と呼んで下さい」
福圓「いきなり何言ってんじゃお前……」
猿山「冷たい⁉」
ゴリラ「それより、どうやってこちらまで?一般の方が入って来れないように、警察官が配備されていたはずですが……?」
福圓「あぁ、そんなの見つからないように入っただけじゃよ」
猿山「いやダメでしょ⁉」
ゴリラ「……まぁいいじゃないか猿山君。もしかして、島仏さんに会いに来たんですか?」
福圓「うむ。ニュースを見て、居ても立っても居られなくてのぉ。ただ、愛ちゃんも忙しいかぁ」
ゴリラ「はい、まだ話し合いの途中みたいです。それで福圓さん、よろしければ捜査のお手伝いをしてもらってもよろしいでしょうか?」
モニタールームの機械を指差すゴリラ。
猿山「ちょっ……ゴリさんいいんですか⁉ただのボケ老人の可能性もありますよ‼」
ゴリラ「いいや、それはないよ。見てごらん」
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慣れた手つきで、ボタンやダイヤルを動かす福圓。
福圓「……で、何を見たいんじゃ?」
ゴリラ「昨日の夜8時10分頃、停電があったそうなんです。その前後の映像を確認させて下さい。悪七さんの、生前最後の姿が映っているはずなので」
福圓「悪七か……。よしわかった」
猿山「クソッ……相棒である僕の立場が……」
福圓「そこの若いのもちゃんと見とけ‼」
*
~日藤の敗北~
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時刻は12時を過ぎた。会議室から、フラフラとした様子で男が出てくる。日藤だ。
日藤「チクショウ……チクショウ……」
ゴリラ「おや?大丈夫ですか?」
島仏を待っていたゴリラだったが、心配になって思わず話しかけてしまった。
日藤「アーユーオーケーじゃねぇよバカヤロー……もう俺のライフはバッドエンドだよぉ……」
ゴリラ「あらあら、まぁそう気を落とさないで下さいよ。島仏さんに何か言われたんですか?」
日藤「ん?アンタ島仏のお知り合い?」
ゴリラ「まぁそんなところです」
日藤「ならよぉ……アンタの口からも言っといてくれよぉ……頭クレイジーすぎるってよぉ……」
ゴリラ「どういうことです?」
日藤「このズーは……動物園は売らないっていうんだよぉ……!」
ゴリラ「売却……⁉いや……売却の話を断ったと?」
日藤「そうなんだよぉ……経営はどう考えてもインセクトブレス……虫の息のはずなのに……『大曽動物園を舐めるな』だってよぉ……!」
ゴリラ「えっと、売却の話はいつから出てたんですか?」
日藤「そんなの悪七がこのズーの園長になる前からに決まってんだろ‼」
ゴリラ「え?それって……」
日藤「あっ⁉バッド‼間違えた‼園長になってからだ‼」
ゴリラ「へぇ……それはそれは……ではあなたの苦労も水の泡ということですか」
日藤「イエス‼そうなんだよぉ‼悪七のヤロー……前からバカだとは思っていたが……まさか契約書であんなミステイクをするなんて……‼」
ゴリラ「何か抜け穴でもあったんですか?」
日藤「イエス‼それがよぉ……」
……島仏は書類をパラパラと開くと、日藤の席に投げ渡した。『売却契約書』の『規約』のページだ。
日藤「ワッツハプン?これがどうしたっていうんだ?」
島仏「上から4行目です」
日藤「えー……ワンツースリー……フォッ⁉」
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そこにはこう記してあった。『契約当事者が契約完了前に死亡した場合、契約は破棄される』
日藤「アンビリバボー⁉なんじゃこりゃあ⁉」
島仏「悪七さんが手を抜いたんですよ。ネットで拾った文章を、適当に当てはめたんです」
日藤「あ……悪七ぃぃぃぃぃぃ‼」
天に向かって吠える日藤……
日藤「……って訳なんだよぉ‼」
ゴリラ「それはやられましたなぁ」
日藤「もう終わりだぁぁぁ‼ジエンドだぁぁぁ‼」
ゴリラ「ま……まぁまぁ……元気を出して下さい。そうだ、よろしければ、これでも食べて下さい」
そう言ってスーツから差し出したのは、ビニールに包まれたバナナ。間食用に持ってきていたものだ。
日藤「オー!アンタ気が利くじゃないか‼バナナは俺のフェイバリット‼好物だぜ‼」
ゴリラ「奇遇ですね、私もですよ!バナナ好きに悪い人はいませ……あっ、でも先日逮捕した人はいるな……」
日藤「おっと!俺としたことがセルフイントロダクション……自己紹介がまだだったな!こういうものだ‼」
そう言ってスーツから差し出したのは、『~国明日動物園〜代表取締役CEO:日藤烈』と書かれた名刺。
ゴリラ「ご丁寧にどうも。私はこういうものです」
そう言ってスーツから取り出したのは、警察手帳。
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日藤「へぇー……え?」
手帳を二度見する日藤。
日藤「ポリスマン……?」
ゴリラ「はい」
その瞬間、日藤の顔が青ざめた。
日藤「あぁ‼大事なスケジュールを思い出したぁぁぁ!! グッバイ‼」
そう言うと、一目散に去って行ってしまった。
ゴリラ「落ち着かない人だなぁ……でもなんか見覚えがあるような……?」
猿山「ゴリさん、なんですか今の人?」
ゴリラ「あっ、いたの猿山君?」
猿山「心配になって来たんですよ、感謝して下さい!」
ゴリラ「あぁ、うん、ありがとう……?……あっ、それで猿山君、さっきの人に名刺貰ったんだけどさぁ」
日藤の名刺を猿山に手渡す。
猿山「聞いたことない動物園っすねぇ」
ゴリラ「だろ?なんか怪しいニオイがするから、調べておいてくれない?」
猿山「えっ⁉それって特別指令ってやつですか⁉」
ゴリラ「ま、まぁそうともいうかな……?」
猿山「ヒャッホー!この猿山将大にお任せ下さい‼」
そう言うと、一目散に去って行ってしまった。
ゴリラ「あぁ……既視感の正体はこれかぁ……」
*
~時代は変わった~
会議室の中、島仏は一人残って、ノートに文章を書き記していた。
島仏「あら?」
ゴリラ「お疲れ様です島仏さん」
会議室の中に、ゴリラが静かに入ってきた。
島仏「そちらこそ、捜査お疲れ様です。何か進展ありましたか?」
ゴリラ「あぁ、違うんですよ。お話があるのは、こちらの方です」
島仏「え?」
ゴリラの後ろから、福圓が姿を現した。
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島仏「⁉」
思わず立ち上がる島仏。
福圓「1年ぶりじゃなぁ、愛ちゃん」
島仏「福圓さん……どうして……」
福圓「心配になって、思わず来ちまったんじゃ」
ゆっくりと島仏に近づいていく福圓。
福圓「ワシの代わりに、副園長なんていう、とんでもない重荷を背負わせちまったなぁ」
島仏「……」
福圓「しかし、もう安心じゃ。悪七のいない今、ワシはもちろん、他の者も愛ちゃんの力に……」
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島仏「どうして来たんですか」
まるで氷のように、冷たい一言であった。
福圓「えっ……?」
島仏「福圓さん、あなたも、他の方も、もう部外者です。この大曽動物園とは、一切関係ありません」
福圓「そんな……」
ゴリラ「と……島仏さん?」
島仏「刑事さん、この方は部外者です。どうかお引き取りをお願いします」
ゴリラ「し、しかし……」
福圓「ま、待ってくれ愛ちゃん!ワシの話を聞いてくれ‼」
福圓が島仏の右肩に手をかける。
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島仏「……ッ‼」
一瞬、島仏が顔をしかめる。
島仏「気安く触らないで下さい‼」
そう叫ぶと、強く福圓の手を振り払った。
福圓「あぁっ……」
ゴリラ「危ない!」
倒れそうになる福圓を、ゴリラが慌てて支える。
ゴリラ「島仏さん……!」
島仏「……申し訳ありません。ただ、許可もなく女性の肩を触るのはどうかと思いますよ」
福圓「愛ちゃん……」
島仏「時代は変わったんです」
福圓「……そうか。すまなかったよ」
弱々しい声と足取りで、福圓が背を向ける。
ゴリラ「福圓さん、いいんですか?」
福圓「あぁ、一人で帰れる」
ゴリラ「いや、それよりも……」
福圓「気にしないでくれ。ワシには出過ぎた真似だったんじゃ……」
その一言を残して、福圓は会議室を後にした。先程の元気な姿とは、打って変わった様子で。
ゴリラ「島仏さん」
島仏「お説教ですか刑事さん」
『ゴリラ』ではなく『刑事』と呼ぶ彼女の言葉には、単なる言い換え以上に温度差があった。
ゴリラ「いいえ、他人である私から何を言おうが、それはおこがましいことです」
島仏「では何でしょう」
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ゴリラ「怪我されたんですか、右肩」
島仏「えっ……⁉」
条件反射か、右肩を触ってしまう島仏。
島仏「……いえ、生傷の絶えない仕事なので」
ゴリラ「そうですか。……あっ、そうだ。一つ言い忘れていたことがありました」
島仏「何でしょう」
ゴリラ「悪七さん、両腕以外にも打撲痕があったんです。背中にね」
島仏「背中……」
ゴリラ「えぇ、まるで人がぶつかってきたような、そんな跡だったそうですよ」
島仏「……」
眼鏡を掛け直す島仏。
島仏「……つまり、こう言いたいんですか」
ゆっくりと、言葉を噛み締めるように答える。
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島仏「私が悪七さんを殺したと」
眼鏡越しに見えるその眼差しは、温かみなど一切ない。『鉄の女』の異名で呼ばれるだけはある。
ゴリラ「いいえ、そうは言っていませんよ島仏さん」
だがゴリラも、一切ひるまずに答える。
ゴリラ「何者かがジュウロクを利用して悪七さんを殺害した……ただそれだけです」
会議室の時計が、12時半を告げる鐘を鳴らす。
島仏「申し訳ありませんが、動物達に餌を与えないといけません。今日のところは、お引き取り願えますか」
ゴリラ「えぇ、捜査もひと段落付きましたし、引き揚げます」
島仏「ありがとうございます、刑事さん」
会議室を去ろうとするゴリラであったが、島仏が呼び止めた。
島仏「刑事さん、私からも最後に一つ」
ゴリラ「何でしょう?」
足を止めるゴリラ。
島仏「夕方の4時から、マスメディアに向けた会見を行います。TVでも放映されるので、是非とも御覧下さい」
ゴリラ「謝罪会見を、ですか?」
島仏「違います。大曽動物園が生まれ変わる瞬間です」
ゴリラ「……わかりました。必ず見届けます」
島仏の言葉に引っかかりを覚えたゴリラであったが、これ以上の追及は無意味と感じ、その場を後にした。
*
ゴリラと捜査班が園を去り、島仏一人になった。彼女は慣れた手つきで動物達に餌を与えていく。ゾウのピノキオにも、キリンのニッケにも、小鳥達にも。
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島仏「……大丈夫」
ジュウロクの檻の前だ。普段の檻と違うが、いつものように、バケツ一杯の馬肉や鶏肉を与える。
ジュウロク「……」
だが今のジュウロクには、食欲にも勝る感情があった。目の前で今にも泣き崩れそうな、島仏への感情だ。
島仏「大丈夫……大丈夫だから……」
ジュウロク「……」
島仏「私がジュウロクも……みんなも……絶対に守るから……」
ライオンであるジュウロクには、悪七を、人間を殺したという自覚はない。だから罪も罰も、知る由もない。
島仏「私が……‼」
全ての責任を負う人間が必要なのだ。
*
~島仏からのメッセージ~
夕方の4時、島仏の宣言通り、大曽動物園にて会見が始まった。既に『動物園の園長がライオンに殺された』という情報は世間に届き、動物園側の対応が注目されていた。
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猿山「あっ、始まりましたよ!」
ゴリラ「うむ……」
ゴリラも約束通り、警察署のテレビで会見を見守っていた。
島仏「この度はお忙しいところお集まり頂きまして、誠にありがとうございます」
カメラのフラッシュが焚かれる。マスメディアも、視聴者も、誰もが謝罪会見と思い込んでいた。
島仏「皆様ご存じのことかと思いますが、我が大曽動物園の園長である悪七光が亡くなりました。現場の様子から、ライオンのジュウロクの檻を開けてしまい、襲われてしまったと把握しています。悪七の危機管理不足が招いた、恥ずべき醜態です」
だが、様子がおかしい。
島仏「当園をご利用頂いている方に不快な思いをさせてしまったことを、この場を持ってお詫び致します」
深く一礼する島仏であったが、記者達は困惑している。
記者A「あの……わかっているんですか⁉もしライオンがそのまま園の外に出ていたらどうなっていたのか、わかっているんですか⁉」
記者B「一般人に犠牲者が出ていたのかもしれないんですよ‼園のセキュリティはどうなっているんですか⁉」
記者C「不快な思いなんかじゃすまないんですよ‼」
ついに耐えられなくなった記者達が吠える。
猿山「何考えているんですかね島仏さん?謝罪会見なのに、これじゃ喧嘩売っていますよ」
ゴリラ「……違う」
島仏が眼鏡を掛け直す。
ゴリラ「彼女の狙いは別にある……」
島仏が会見席のテーブルを叩いた。会場が静寂に包まれる。
島仏「申し訳ございません。今回皆様にお集まり頂いたのには、別の理由がございます」
記者達「「「えっ」」」
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島仏「園長……いえ、悪七光の数々の悪行についてです!1年前に就任したあの男によって、我が動物園は数えきれないセクシャルハラスメント、パワーハラスメントで支配されました‼」
記者達がざわつき始める。
島仏「さらに悪七は、独断で無謀な出費を重ね、経営を悪化させました!しかもそれは園を秘密裏に売却するための、自作自演だったのです‼」
記者達「「「な……なんだってぇぇぇ⁉」」」
思いがけない暴露に、記者達もテンションが上がる。
記者D「ま、待って下さい‼そんなこといきなり言われても……しょ……証拠はあるんですか⁉」
島仏「もちろんです!こちらをご覧ください‼」
そう叫んだ途端、プロジェクターからパワーポイント資料が会場に映し出された。
猿山「な……なんだぁっ⁉」
ゴリラ「準備万端ということか……」
資料は実にわかりやすく、悪七の悪行がまとめられていた。女性スタッフへのセクハラ行為を捉えた瞬間、禁煙であるはずの園内で平気で喫煙するなどの数々の問題行動、園の売却を裏付ける契約書に至るまで。
猿山「こりゃあ大変だ……っていいんですかね会見の席でこんなことやっちゃって?誰か止める人は……」
ゴリラ「猿山君、そんな人誰もいないよ。マスコミは良識よりも特ダネに飢えている野獣だし、何より暴露されている本人がいないんだから」
猿山「し、死人に口なしってやつですか……」
ゴリラ「あぁ、今回の事件は、大曽動物園にとって痛手となる不祥事のはずだった。ところがそれを別の、もっと大きな不祥事で覆い隠したんだ」
会見はもはや島仏の演説会場と化していた。これまで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、力強く、声高らかに、悪七の愚行を晒していく。記者達はそんな彼女の挙動と声明を、余すところなく記録していく。
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福圓「愛ちゃん……何を……」
街ビルの大型ビジョンでも、島仏の姿が映し出されていた。それを見守る人だかりの中に、福圓もいた。
福圓「何をする気なんじゃ……」
資料も映し終わり、会見も終わるかと思えた。だが島仏が今日一番の声量で、言葉を連ねる。
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島仏「私はここに宣言します‼悪七の悪辣非道な行いから解放された大曽動物園を、もう一度立て直すことを‼私、島仏愛子が次の園長となることを‼」
記者達「「「おぉぉぉぉっ‼」」」
会場のボルテージが最高潮に達する。
島仏「一人でも多くのお客様に、そして動物達に愛される動物園を作るために‼どうか今一度、大曽動物園に声援をお願い致します‼」
島仏の深い一礼は記者達からの拍手喝采で包まれ、会見は幕を閉じた。
*
テレビ画面を消し、頭を抱える猿山。
猿山「園長になっちゃいましたよゴリさん……」
ゴリラ「そうだねぇ」
猿山「どうすんですか⁉これじゃ逮捕しようとしている僕らが悪者ですよ⁉」
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ゴリラ「甘いよ猿山君、バナナより甘い」
猿山「えっ?」
ゴリラ「いくら普段は善人であろうと、世間から支持されていようと、罪を犯した人間は逮捕する。それが私達の仕事だよ」
猿山「ご……ゴリさん……‼」
ゴリラ「さぁ、そうと決まれば仕事だ!君は引き続き、日藤という男の調査を頼むよ」
猿山「了解です‼」
嬉しそうな顔で、猿山が駆け出していく。
ゴリラ「さて、私は……」
ゴリラはふと、島仏の言葉を思い出していた。
島仏『大曽さんに教わったんです』
島仏『私の永遠の憧れです』
ゴリラ「……調べてみるか」
大曽動物園の先代の園長、大曽時。故人ではあるが、きっと彼女こそが、島仏にまつわる鍵を握っているはず。
ゴリラ「待っていて下さいよ、島仏さん」
周りに止められる人間がいないのであれば、警察である自分が止めるしかない。今一度、刑事としての誇りに燃える、ゴリラであった。
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