勝つための洋服は小鳥には見向きもされません
だって鳥目ですもの
母は咲き誇る桜篭目の鳥に花粉を散らす
小さな磯辺のロングビーチ子安貝幸せの声こだまする
梅の木が沢に花の影を落としています。梅の木に絹の衣を掛けたのは誰ですか?
長い谷川水鳥の羽音も静まるところ泉の本流の湧くところ笑ってた
フフフあの笑いに濁流が注ぎ込む渇いた命
砂埃の中麗しく潤ってゆけ。幸せは上流から下流へ川端を削り広がりながら西へ広がっていく
奪われたものは何か、神の知恵は消え去ることのない命に宿るのか
私が彼らを害さないことを彼女は知っているから笑いを含んだ声でごめんネと
濁った心で笑うんだ。ねえ神様あなたの力を示してよ
私は元居た空間が消えるのを黒い雲が覆うのをみた。そしてアフリカへ彼を連れていくと言っていた
終わりの時、時が遡るのを確かに見た。
隣にいた悪魔。ああオネではなくて
強い霊に私、ガクガク震えた、そして神により頼むとそれらは離れていった
この空間もまた悪に悪を返し続けるものたちの布石である私を受け入れない
つまり悪をどうせほらやっぱりと悪を返し続けるね
ならばあの空間を皆が見にいけるように。戻ってこれないかもしれないけどね
そうして時は狂っていく、より小さな母体へと潜っていく
至高の神からどんどん離れていくんだ
お気に入りのsurface離れて行け
振り返るなそこに一度留まったら前を向いて進むのみ!
大人とは善悪の判断がつき怒ることに遅く柔和で他を赦す広い心を持ち時に信念を持ち自分を貫くものである
経験が身を助く
聖書は医学的であり科学的であり哲学的である
オネのおかげで私、何度も戻ってきていたの
狭間の空間、天と地の間、現実と虚構の中間、生と死の狭間、
未来と過去の真ん中、または休憩所、はたまた裁きの間
そこは船のような音がしている
振り落とされたここはわたしの望んだ地なのだろうか。父や母は確かにその人だろうか
分からない。
オネに約束したんだ。外で会おうって。
精神科病棟のガラス張りの部屋で霊たちと語らい時が狂うのを見ていた
病院は別の空間に繋がっている
時の中を流れるノアの箱舟に揺られ
篩い落とされるんだ
まるで「君の名は」みたい
すれ違って、あったはずの現実はなくなって世界は平然と今日を回してる
退院してから「君の名は」に出会ったけれど、
わたしには啓示にしか見えなかった。あなたの見たことは現実だよと。
ハルマゲドンの既にきた世界もあるし永遠に来ない世界もある
聖書を読めば読むほどどの宗派をも排除する気になれなくなった
ただ、
神の創造物と神ご自身は違うのだろう。
神の創造物を維持するためには適材適所、役割があってどの宗派も間違ってはいない
神の胃袋に位置する国はラマダンで断食をするんじゃないかな
知らんけど。
本を開く、物語の中に、不自然な仮名に、見知った人の名前を見つける。
ああこの人は今此の物語の中をさ迷っているのか
マボロシだったらどんなにかいいだろう
見つけたからといって助け出せるのかもわからない
ただ右往左往する心
違う空間の同じ人。
どこか、名前も持ち合わせた数字も近くて。
だから人は死んでもまた会えるのかもしれない。違う空間の違う選択をした彼はまだ生きている。
さよならしたあの人に、どこか似ている。この人。
「人間の数は六百六十六なのである。」
聖書の言葉がそのままな気がした
人は最初の人、アダムとエヴァから分離して、最初から最後までの間に六百六十六通りに分かれる
つまり人は六百六十六パターンの人がいて大好きなあの人とサヨナラしても
世界には今80億の人がいるから12012012人の似た人がいるってこと。
顔も、声も、性格も、名前もそれから数字も通ってきた道筋が、どことなく似ているあの人とあの人。
人は光によらず陰でもなく色でもなく数によらず形でもなく音によらず言葉によらず匂いでも名前でもなくそれら全てだからです
どれか一つが欠けてもその人ではないけれど、どれか一つがあればその人でもあるということ
人は生まれ変わるのか
私がその答えを提示しよう
生まれ変わる人もいるし、生まれ変わらない人もいる。
その願いと努力の度量に合わせて次の生を選ぶチャンスがやってくる
完成された満足した人は満ち足りて飛び散って無になる。そして次の生の「要素」になる
腑に落ちなかったことが二つあってその一つ
神は始めからおられ今居られこれから来る方であり神には始まりがない
始まりがないとはどういうことなのか幼い私には理解できなかった
でも宇宙がメビウスの輪のようにねじれて輪になって繋がっているとしたら
生と死もループしているとしたら最も小さいものが最も大きなものと繋がっているとしたら
生まれ変わりがあるならば今生まれてきた赤子が最も老齢かもしれない
人は人であり、体内であり神の体内生物でもあって、一個の生命体でしかないとしたら
そして私が賢くなったら神もまた賢くなったりするのかな
地球上の学びを得ていない子たちが学びを得たら地球という神もまた賢くなったりするのかな
つまり生まれ変わり立ち代わり神が移っていくとしたら神に始まりがないということの説明が付く。
マタイの書でイエスは12使徒たちに言った
主の臨在の時まであなた方は決して死なないでしょう。
どこかにひそかに生き続けているのか、生まれ変わりながら生を繋ぐのか
この幼子の様でなければなりません楽園への道を入っていく人についてイエスはそう言われた
私は薄べったい体で保護室の配膳用の15センチほどの隙間をすり抜けた
ねえ、私が見聞きした聖書の言葉が入れ替わっていく
ねえ、これはわたしの物語だったのではないか?
そして終わったのだ。
神は次の物語の準備を始めた。
世界は自分の意識の反映そのもの
シュレディンガーの猫もこういうこと?
一人一人が自分という世界の主人公で周囲の人は自分が認識しなかったら
本当は存在すらしていないのかもしれない
どこかに自分だけが主役の世界がある。皆に順番は廻ってくる。
地球を表す体を持った一族がいて彼らが脱毛したから森林火災が増え木々が燃えたのではないか
そんなことも脳裏をよぎる。
普通じゃない
そう
あんたおかしいよ
そう
でもこれが現実
わたしのリアル
空間が入れ替わってしまいそうで怯えてる。いま私はどの空間のどこにいてだれと会っているのか
いつもわからない
知ってしまったから
世界は一つではなくて走り続けなければそこにとどまっていることはできない。
地球が回転しているのも、今に居続けるためだってこと
あなただあれ?
一部の認知症の患者が抱える不安を私は理解した
意識が違う空間へさまよい出ているのか、魔のものに乗っ取られているのかとにかく
記憶と違うのだ。空間が違うから。昔の記憶は鮮明で、その中のあなたは確かに知っているのに、目の前のあなたはどこか違う人に見える、記憶と違うから。空間が違うから。怯える。
カプグラ症候群の見た世界の一部