石油が築いた現代文明とその発見から利用まで
はじめに – 石油の歴史を知る –
私たちの現代社会は、石油という「黒い黄金」なしには成り立たないと言っても過言ではない。エネルギー源として、また様々な工業製品の原料として、石油は文明の隅々にまで浸透し、その活動を支えている。今回は、この石油という巨大なテーマについて、その発見の歴史から、どのようにして私たちの手元に届き、利用されているのかという技術的な側面までを深掘りしていく。
前編となる本記事では、古代における石油との出会いから近代石油産業の黎明、そして石油メジャーの台頭、さらには地下から石油を採掘し、精製して多様な製品を生み出すプロセスについて解説する。
石油は、現代社会の隅々にまで浸透し、その活動を支える不可欠なエネルギー源であり、工業原料である。自動車や飛行機を動かし、工場を稼働させ、暖房や電力供給を担うだけでなく、プラスチックや合成繊維、医薬品に至るまで、我々の生活を構成する無数の製品の源となっている。まさに現代文明の「血液」とも言える存在だ。しかし、その恩恵の大きさとは裏腹に、石油の歴史的経緯、採掘・精製技術の複雑さといった側面は、必ずしも十分に理解されているとは言い難い。先ずは身近な存在でありながらなかなか知ることのなかった石油の歴史について深く掘り下げていくことにしよう。
第1章 石油との出会い – 古代から近代産業の黎明期へ –
1.1 古代における石油の利用
人類と石油の関わりは、近代産業が興るよりはるか昔、古代にまで遡る。メソポタミア文明では、紀元前3000年頃から天然アスファルト(瀝青 -れきせい-)を建材の接着剤や船の防水材として利用していた記録が残っている。古代エジプトではミイラ作りの防腐剤として、また古代中国では製塩のための燃料や灯火として石油が用いられていた。日本においても、『日本書紀』に「燃える土」「燃える水」として越の国(現在の福井県から新潟県付近)から天智天皇に献上されたという記述があり、古くからその存在は知られていたのである。これらは主に地表に自然に湧出した原油やアスファルトを利用したものであった。
1.2 近代石油産業の兆し
19世紀に入ると、照明用の燃料として鯨油(げいゆ)の需要が高まったが、乱獲により鯨油価格が高騰。より安価で安定的な代替燃料が求められるようになった。そのような中、石炭から得られるガスや、石油を蒸留して得られる灯油(ケロシン)が新たな照明用燃料として注目され始めた。1846年にはカナダのエイブラハム・ゲスナーが石炭から灯油を蒸留する技術を開発し、その後、原油からも同様に灯油が得られることが分かり、小規模ながら原油の採掘と精製が行われるようになった。しかし、当時の採掘方法は手作業に頼る非効率なものであった。
1.3 エドウィン・ドレークの成功と「オイルラッシュ」
近代石油産業の幕開けを告げる画期的な出来事は、1859年8月27日、アメリカ合衆国ペンシルベニア州タイタスビルで起きた。元鉄道車掌であったエドウィン・L・ドレークが、蒸気機関を用いた機械掘削によって、地下約21メートルの深さから石油を掘り当てることに成功したのである。これは、それまでの手掘りや自然湧出に頼っていた石油採掘を、工業的な規模へと引き上げる最初の大きな一歩であった。
この成功は瞬く間に広まり、一攫千金を夢見る人々がペンシルベニアに殺到。「オイルラッシュ」と呼ばれる熱狂的な石油生産ブームが巻き起こった。無数の油井(ゆせい)が掘られ、新たな町が次々と誕生したが、無計画な開発は価格の暴落や環境汚染も引き起こした。当初の主な用途は灯油であり、ガソリンなどの軽質油は不要な副産物として廃棄されることさえあった。
1.4 ロックフェラーとスタンダード石油の台頭
初期の石油産業は混乱と無秩序の中にあったが、これを巧みに組織化し、巨大な産業帝国を築き上げたのがジョン・D・ロックフェラーである。1863年に石油精製業に参入したロックフェラーは、1870年にスタンダード石油会社を設立。徹底したコスト削減、鉄道会社との有利な輸送契約、競合他社の買収や協定締結といった手段を駆使し、急速に市場シェアを拡大していった。
彼は、原油生産から精製、輸送、販売に至るまでの垂直統合を進め、1880年代初頭にはアメリカの石油精製能力の90%以上を支配するに至った。スタンダード石油はトラスト(企業合同)形態をとり、その強大な市場支配力は社会的な批判も浴びたが、石油産業の効率化と安定化に大きく貢献したことも事実である。このスタンダード石油の成功が、後の国際石油資本(メジャー)の原型となった。
第2章:石油メジャーの君臨と世界のエネルギー地図
2.1 スタンダード石油の分割とその影響
スタンダード石油の強大すぎる力は、やがて独占禁止法(シャーマン法)の対象となり、1911年、アメリカ連邦最高裁判所の判決によって34社に分割されることとなった。この分割によって誕生した企業群の中には、エクソン(後のエクソンモービルの一部)、モービル(同)、シェブロン、アモコ(後のBPの一部)など、後に「セブン・シスターズ」の一角を占めることになる企業が含まれていた。
皮肉なことに、この分割は結果的に各社の競争力を高め、それぞれが国内外で積極的に事業を展開する契機となった。特に海外での石油探鉱・開発が加速し、世界のエネルギー地図を塗り替えていくことになる。
2.2 「セブン・シスターズ」の時代
20世紀初頭から中盤にかけて、世界の石油市場は「セブン・シスターズ」と呼ばれる7つの国際石油資本によってほぼ完全に支配されていた。これらは、スタンダード石油分割後のアメリカ系企業(エクソン、モービル、ソーカル(シェブロン)、ガルフオイル、テキサコ)と、イギリス系のブリティッシュ・ペトロリアム(BP、元アングロ・ペルシャ石油)、そしてイギリス・オランダ系のロイヤル・ダッチ・シェルである。
これらは中東、ラテンアメリカ、アフリカ、アジアなど、世界各地で大規模な油田の探鉱・開発利権を獲得し、原油の生産から輸送、精製、販売に至るまでの一貫体制を構築した。莫大な利益を上げるとともに、産油国の政治・経済にも大きな影響力を行使することとなる。特に中東地域では、オスマン帝国の崩壊後、英仏の委任統治領となった国々で次々と巨大油田が発見され、セブン・シスターズはこれらの利権を独占的に掌握していった。産油国政府は、当初、メジャーに対して弱い立場にあり、石油収入の配分も不平等なものであった。
2.3 日本の石油産業の歩み
日本における近代的な石油産業は、明治時代初期に始まる。1873年(明治6年)には長野県で日本初の石油会社が設立され、新潟県の尼瀬油田や秋田県の八橋油田などで国内原油の開発が進められた。しかし、日本の油田は規模が小さく、産出量も限られていたため、国内需要の増大に伴い、次第に海外からの輸入原油に依存するようになっていく。
特に、自動車の普及や産業の近代化が進むにつれて石油の重要性は増し、第二次世界大戦前夜には、石油資源の確保が国家の重要課題となった。南方資源地帯への進出も、石油確保が一つの大きな目的であったと言える。
戦後、日本の石油産業は、輸入原油を国内で精製し、製品を供給する体制へと完全に移行していった。高度経済成長期にはエネルギー需要が急増し、石油は石炭に代わる主要エネルギー源としての地位を確立した。京浜、中京、阪神、瀬戸内などの臨海工業地帯には、大規模な製油所や石油化学コンビナートが建設され、日本の経済発展を力強く支えた。しかし、そのエネルギー源のほとんどを海外、特に中東地域に依存する構造は、後のオイルショックで大きな脆弱性を露呈することになる。
第3章:地下からの宝物 – 石油の探鉱・採掘・精製技術
3.1 石油はどこに、どのように存在するのか
石油は、太古の昔(数千万年~数億年前)の海や湖に生息していたプランクトンなどの生物の死骸が、海底や湖底に堆積し、地圧と地熱の影響を受けて長い時間をかけて変化したもの(有機成因説が有力)と考えられている。この石油の元となる有機物を多く含んだ岩石は「根源岩(こんげんがん)」、英語ではソースロックと呼ばれている。
根源岩中で生成された石油や天然ガスは、周囲の圧力によって移動し、多孔質で浸透性の高い砂岩や石灰岩などの「貯留岩」に集積する。さらに、石油が地表に散逸しないように、上部を泥岩のような不透水性の「帽岩」で覆われ、特定の地質構造(背斜構造、断層トラップなど)によって封じ込められている場所が「油田」や「ガス田」となる。これらは主に、過去に大きな海のあった「堆積盆地」と呼ばれる地形で発見されることが多い。
3.2 石油探査技術の進歩
油田を発見するための探査技術は、時代とともに大きく進歩してきた。初期には、地表に石油が染み出している場所(油徴地)を探したり、地質構造を直接観察する地表地質調査が主であった。
その後、より科学的な物理探査技術が導入される。重力探査は地下の岩石密度の違いから、磁気探査は岩石の磁性の違いから、それぞれ地下構造を推定する。最も強力な探査手法は「地震探査」である。これは、人工的に地表で振動(地震波)を発生させ、それが地下の地層境界で反射して戻ってくる波を多数の受信機で捉え、コンピュータで解析することで、地下の精密な三次元的な地質構造図を作成する技術である。近年では、時間経過による貯留層の変化を捉える四次元地震探査も実用化されている。
これらの探査によって有望な地点が特定されると、最終的には「試掘井(しくつせい)」を掘削して、実際に石油や天然ガスが存在するか、その量や性状はどうかを確認する。
3.3 石油採掘の方法
試掘によって商業生産に値する油層が確認されると、生産井が掘削される。例えば、地下の圧力だけで石油が自噴することがある自噴井や、圧力が低下するとポンプを使って機械的に汲み上げるポンプ採油がある。これらは「一次回収」と呼ばれている。
一次回収で採れる石油は、油田全体の埋蔵量の一部に過ぎない。そのため、回収率を高めるために「二次回収」が行われる。代表的なものに「水攻法(ウォーターフラッディング)」があり、油層に水を注入して石油を押し出す。また、「ガス圧入法」では天然ガスや二酸化炭素などを圧入する。
さらに回収率を高めるために「三次回収(EOR:Enhanced Oil Recovery、原油増進回収)」技術も用いられる。これには、油層に熱を加えるスチーム攻法、界面活性剤などを注入するケミカル攻法、微生物を利用する微生物攻法など、様々な方法がある。
採掘は陸上油田だけでなく、海洋油田でも大規模に行われている。浅い海では海底に固定したプラットフォームから、深い海では浮体式の生産・貯蔵・積出設備(FPSO:Floating Production, Storage and Offloading system)などを用いて掘削・生産が行われる。近年では、水深数千メートルに及ぶ大深度の海洋油田開発も進められている。

3.4 原油から製品へ:石油精製プロセス
油田から採掘された原油は、そのままでは利用価値が低いため、製油所に運ばれて精製され、様々な石油製品に生まれ変わる。
精製の基本は「蒸留」である。原油を加熱炉で約350℃以上に加熱して蒸気化し「常圧蒸留装置(トッパー)」と呼ばれる巨大な蒸留塔に送り込む。蒸留塔の内部は多数の棚段で仕切られており、上部ほど温度が低くなっている。沸点の低い成分は塔の上部へ、沸点の高い成分は塔の下部へと移動し、それぞれの沸点に応じて分離・凝縮されて取り出される。これにより、LPガス、ナフサ、ガソリン、灯油、軽油、重油、アスファルトなどが大まかに分けられる。
常圧蒸留で塔の底に残った重質の残渣油(常圧残油)は、さらに「減圧蒸留装置」で処理される。これは、装置内を減圧することで沸点を下げ、高温にしなくても重質油を蒸留できるようにするもので、潤滑油留分や減圧軽油、減圧残油(アスファルト原料)などが得られる。
さらに、市場の需要に合わせて製品の品質を高めたり、より価値の高い軽質油の収率を上げるために、様々な「二次装置」が用いられる。例えば、「接触改質装置」はナフサからオクタン価の高いガソリン基材を製造し、「接触分解装置(FCC)」は重質油を分解してガソリンや軽油などの軽質油を増産する。「水素化分解装置」は重質油に水素を反応させて分解し、高品質な中間製品を得る。また、環境規制に対応するため、硫黄分を除去する「水素化脱硫装置」も極めて重要な役割を担っている。
これらの複雑な装置群が有機的に結合した大規模な工場が「製油所」であり、その周辺にはナフサなどを原料として石油化学製品を製造する工場が集積し、「石油化学コンビナート」を形成することが多い。
3.5 非在来型石油資源とその採掘
従来の油田(在来型石油)以外にも、石油資源は存在する。これらは「非在来型石油」と呼ばれ、代表的なものにオイルサンドやシェールオイルがある。
「オイルサンド」は、砂や粘土に極めて粘度の高い重質油(ビチューメン)が染み込んだもので、カナダのアルバータ州などに大規模な埋蔵がある。採掘は露天掘りや、地下で蒸気などを注入してビチューメンを流動化させて回収する方法(SAGD法など)が用いられる。
「シェールオイル」は、頁岩(シェール)層中の微細な孔隙(こうげき)に閉じ込められた原油である。アメリカ合衆国を中心に開発が進んでおり、水平掘削技術と水圧破砕法(フラッキング)を組み合わせることで商業生産が可能となった。水圧破砕法は、高圧の水を砂や化学物質と共にシェール層に注入し、亀裂を人為的に作って石油を回収する方法である。
これらの非在来型石油の開発は、世界のエネルギー供給に大きな影響を与えているが、一方で、採掘に伴う環境負荷(大量の水消費、水質汚染、誘発地震、CO2排出量の多さなど)も指摘されており、持続可能性の観点から議論の対象となっている。
第4章:暮らしを彩る石油製品とその多様性
原油は精製プロセスを経て、私たちの生活や産業活動に不可欠な多種多様な製品へと姿を変える。その用途はエネルギー源としてだけでなく、様々な工業製品の原料としても極めて重要である。いくつか例を挙げていくが、身近なものも多いのでわかりやすいと思う。
4.1 エネルギーとしての石油製品
製品名 | 主な用途 | 特徴・補足 |
ガソリン | 自動車(内燃機関)の燃料 | レギュラー/ハイオクに分類。オクタン価が高いほどノッキング抑制に有利。 |
軽油 | トラック・バス・建設機械のディーゼル燃料 | 産業物流や公共交通で不可欠。ガソリンに次ぐ主要輸送燃料。 |
灯油 | 家庭用暖房(ストーブ・ファンヒーター)、給湯 | 一部はジェット燃料原料にも。常温で液体、精製度を上げると航空用に適合。 |
ジェット燃料 | 航空機のジェットエンジン燃料 | 灯油留分をベースに低温流動性や燃焼効率を強化。冷温環境でも粘度低下しにくい。 |
重油 | 大型船舶、ボイラー、火力発電所 | 粘度・硫黄分でA〜C重油に分類。大規模熱源に適するが、SOx対策が課題。 |
LPガス | 調理・給湯、タクシー燃料、工業用バーナー | プロパン・ブタン。液化して輸送/貯蔵。エアゾールや農薬噴霧剤にも利用。 |
4.2 原料としての石油製品:ナフサの変身
石油製品の中で、燃料としてではなく、化学工業の基礎原料として極めて重要な役割を担うのが「ナフサ」である。ナフサは、製油所の常圧蒸留装置でガソリンと灯油の中間の留分として得られる。
ナフサは石油化学コンビナートに送られ「ナフサクラッカー(エチレンプラント)」と呼ばれる装置で熱分解される。これにより、エチレン、プロピレン、ブタジエン、ベンゼン、トルエン、キシレン(BTX)といった基礎化学品が生産される。これらの基礎化学品は、さらに様々な化学反応を経て、私たちの身の回りにある無数の製品へと生まれ変わる。
製品分類 | 主な製品例 | 用途例 |
プラスチック | ポリエチレン、ポリプロピレン、PVC、ポリスチレン、PET | 容器、包装材、建材、自動車部品、家電など |
合成繊維 | ナイロン、ポリエステル、アクリル | 衣料品、カーペット、産業資材 |
合成ゴム | スタイレンブタジエンゴム(SBR)、ブタジエンゴム | タイヤ、工業用ベルト、パッキン |
塗料・接着剤 | アクリル樹脂系塗料、エポキシ系接着剤 | 建築、車輌、船舶の塗装・接合 |
洗剤・界面活性剤 | アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルエーテル硫酸塩 | 家庭用・工業用の洗浄剤 |
医薬品・農薬 | 合成中間体、アクティブ成分 | 医薬品有効成分、殺虫剤・除草剤など |
このように、ナフサを起点とする石油化学製品は、現代社会の物質的な豊かさを支える根幹となっている。
4.3 その他の重要な石油製品
製品名 | 主な用途 | 特徴・補足 |
アスファルト | 道路舗装、防水材、防食材 | 原油蒸留残渣由来の粘着性物質。インフラ維持に不可欠。 |
潤滑油 | エンジンオイル、ギアオイル等 | 摩擦低減・冷却・密封。機械の寿命延長を支える。 |
パラフィン | ろうそく、食品包装、化粧品、クレヨン | 固体ワックス。化粧品や食品用途でも安心な高純度品も。 |
4.4 国際的な原油指標
世界の原油取引においては、品質や産出地域によっていくつかの代表的な指標銘柄が存在する。これらは原油価格の基準として国際的に広く参照される。
指標名 | 産出地域 | 特徴 |
WTI | 米国テキサス州・ニューメキシコ州 | 軽質スイート(低硫黄)。NYMEX取引の代表指標。 |
ブレント原油 | 英領北海油田群 | 軽質スイート。ICE取引で欧州・アフリカ指標。 |
ドバイ原油 | UAEドバイ | 中質サワー(高硫黄)。アジア市場向け指標。 |
これらの指標原油の価格は、世界の需給バランス、地政学的リスク、投機資金の動向、為替レートなど、様々な要因によって複雑に変動し、世界経済に大きな影響を与えることとなった。
大分長くなってしまったけど、前編はここまでとする。後編では、石油を巡る国際政治や経済の動き、環境問題、そして石油の未来についてフォーカスしていくので、前編よりは親しみやすい内容になると思う。後編もお楽しみに。