ギブミーチート 3話 脇道の果てで見上げた先

「・・・見た目も味も、日本茶みたいだな。」

九十九は、メルンダが持ってきたノニクワ茶を一目見て、そして一口飲んだ後にこのような感想を述べた。

「ニホンチャ?あんだそりゃ?」

当然だが、異世界の住人であるメルンダには何のことか分からず、自分の分のノニクワ茶を飲みながら九十九に質問する。

「いえ、こっちの話です。気にしないでください。」

「あ、ほうかよ・・・ゴクゴク。」

これまた当然だが、九十九には日本茶が何なのかを説明することは至難の業なため、適当に誤魔化した。そしてどうでも良いが、メルンダのノニクワ茶を飲むペースが速くなっている。

「それで、何の話でしたっけ・・・?」

「ゴクゴクゴク・・・プハァ!だから、4種族いる「人」の説明と、1000年ほど全世界で国同士の戦争がほとんど起きてない理由と、魔族差別がいつから起きているのか、そして何故起こったのか、ていう話をこれからするんだろうが!」

メルンダはノニクワ茶を飲み干し、空になった湯飲みのようなものをテーブルに置いてから、これから話す内容を簡潔に纏めた。

「あぁ、そうでしたね・・・あの、何から話せば良いでしょうか?」

「そうだな・・・まず、人間についての説明が途中だったから、そこから話して貰おうか。ただし、なるべく脇道には逸れるなよ。」

「善処しまーす。」

「全く、しょうがねぇクソガキだ・・・」

これはまた、どこかで話が脇道に逸れるな、という感じでメルンダは諦めの境地に至った。

「前にネット、ていうかマネコンで調べたんですけど、人間という字に「間」が使われている理由は、人間とは他者との間に関係性を持つ生き物だから、ていう感じのことを言っている記事を見かけたんです。」

「へぇ、関係性か・・・」

「ちなみに聞いておきますけど、記事って何のことか分かりますか?」

「えーっと・・・確か、アレだろ?なんか、プログラミング・・・みたいなのを行って、フォーマット、的なアレを作って・・・そんでもってそのフォーマットに、伝えたい内容を文章にして入力を行って、そしてそれを大勢の人が見られるように公開・・・みたいな感じにしたのを記事って言うんだろ?確か・・・」

「なんかギルシーバさん、機械の話になるとしどろもどろになりますね・・・」

「う、うるせぇな!どうせアタシは機械苦手だよ!!ここにある地図機を操作するのも最初はチンプンカンプンだったし、研修のときに担当が言っていた、他の機械の説明も意味分かんなかったし・・・って、んなこたぁどうでも良いんだよ!!さっさと続きを話せ!!」

バツが悪くなったメルンダは、テーブルを軽く叩いて、話の軌道修正を図った。

「えーっとですね・・・さっき言った関係性がどうのこうのって言うのが、人間という単語に「間」という文字が使われている理由だと今まで思っていたんですが・・・」

「今は違うと。」

「はい、それは何故かと言いますと・・・」

補足すると、先ほど九十九が言った他者との間がどうのこうのというのは、この世界のマネコンで調べたのではなく、地球にいた頃にパソコンで調べた記事の内容である。そして九十九はこの異世界では、マネコンを使ったこともなければ見たこともないため、結果的に九十九は真実と嘘を織り交ぜていることになる。

「関係性を結ぶのは、何も人間だけではないですよね?エルフや獣人や魔族も、人間と同じように他者との間に関係を持っていますよね?」

「まぁ、ほとんどの奴は誰かしらと関係を持っているな。」

「そう考えると、何故人間だけ「間」という字が使われているんだろう、という気持ちになったんですよね・・・今までの話から推察すると、「人間」という字と「人」という字は全く同じ、ではないんですよね?区別されてますよね?」

「・・・そうだな。「人間」というのは「人」の一種だ。そして他の3種族も「人」の一種だ。そうなると当然、人間以外の3種族は「人」ではあるが「人間」ではない、ということになる。」

「そうなりますよね・・・本当にどうして「人間」にだけ、「間」って言う字が使われているんだろう・・・?」

地球での「人」と「人間」の違いは、個人か複数かによって決まることが多い。だがこの世界では、どうやら地球とは使い分けの方法が違うらしい。九十九は、その方法を推測しようとしたが、「人」という言葉はともかく、この世界での「人間」という言葉の意味はイマイチ分からないようである。

「・・・駄目だ、やっぱり分からない。ギルシーバさん、教えてください・・・」

「あぁ、分かった。」

メルンダは、九十九のギブアップ宣言に軽く頷いた。

「最初に断っておくが、今から言う事はあくまで、数ある「人間」に対する解釈の中で一番ポピュラーな意見に過ぎないからな。」

「・・・つまり、有力なだけで、正解とは限らないってことですか?」

「その通り。さっきも似たようなことを言ったが、解釈ってもんは人それぞれだからな。有力な説じゃないからって、それが完全な間違いって訳じゃない。テメェがさっき言ったことも、人間以外の3種族がこの世に誕生する前なら、正解だったかも知れねぇ。」

「え?つまりエルフと獣人と魔族が誕生したのって、人間より後なんですか?」

「そういうことだな。詳しいことを説明すると話がまた脇道に逸れるから、今は先に「人間」の意味について話すぞ。」

九十九は、この世界の人類史に少し興味を惹かれたが、今はひとまずメルンダの説明を聞くことにした。

「「間」という字には色々な意味があるんだが、そのことは知ってるか?」

「はい、まぁ・・・「人間」という言葉の由来を調べたときに、ついでに知りました。流石に、意味を全部覚えてはいないですが・・・」

「別に、それでも全然構わない。重要なのは、その内の一つだけだからな。」

「一つだけ、ですか?」

「あぁ、そうだ。「間」という文字には、隔たりという意味もある。隔たりというのは、物理的、または心理的な距離のことだ。これに則ると「人間」というのは、隔たりがあることが特徴的な「人」ということになる。」

「つまり他の3種族と比べると人間は、他者と争う回数が多かったり、争いの規模が大きくなったりする訳ですか?」

「そういうことになるな。実際、確認されている今までの人類史で最も多く戦争を起こしているのは人間だ。その次に獣人が多く戦争を起こしている。といっても、獣人が主体的に戦争を起こすことは少ないが・・・」

「・・・どういうことですか?」

「主体的」というのは、自分の意思で行動を起こす、というような意味である。これに則ると、獣人は自分の意思ではなく、誰かの意思で戦争をすることが多い、ということになるが、九十九にはイマイチ具体的なイメージが湧かないようである。

「まぁ、なんていうか・・・獣人ってのは、いい意味でも悪い意味でも、本能に忠実な奴が多いというか・・・分かりやすい奴が多いというか・・・騙されやすい奴が多いというか・・・」

「つまり、悪い言い方をすると獣人は馬鹿な奴が多いから、戦争に利用されてしまう、ということですか?」

「テメェ、それ獣人に聞かれたら殴られるぞ・・・」

「ギルシーバさんだって、遠回しに獣人のことを馬鹿と言ったじゃないですか。ていうか、獣人が馬鹿だってことを否定してないじゃないですか。」

「本当に口の減らねぇガキだな、テメェ・・・」

九十九は、物事を遠回しに言う事や誤魔化すことがあまり得意ではない。そのせいで、保育園にいた頃や小学校に入りたての時分は、色々な園児やクラスメイトに話しかけたにもかかわらず、友達が1人しか出来なかった上、その後も様々なトラブルを生んでしまった。

九十九も、その性格をなんとかしようと思った事は何度もあるが、やり方が分からない上、いわゆるアイデンティティが失われるのを恐れていたのもあって、異世界に飛ばされた今に至ってもどうにもならないでいる。

「つーか、また話が逸れてるから本筋に戻すぞ!!」

「そう言いつつギルシーバさん、話逸らしてるような・・・」

「だからいちいちうるせぇんだよ、クソガキが!!」

余計な一言を発してしまう癖がある九十九と、痛い所を突かれると大声で誤魔化す癖があるメルンダが、不思議な相性の良さを発揮している。

「えーっと・・・・・・何の話か忘れちまったじゃねぇかよ!!」

「ちょっと、しっかりしてくださいよギルシーバさん。4種族の中で戦争を起こしている数が多いのはどの種族だランキング、みたいな感じの話をしてるんでしょ?」

「あぁ、そうだった・・・ぐぬぬ、テメェなんかに諭されちまうなんて・・・」

ちなみに「人間」という言葉の意味を語る上で、戦争を起こした数を種族ごとに説明する必要はあまりないのだが、そのことにメルンダと九十九は気付けていない。

「ゴホン!!えーっと、獣人の次に戦争を起こした数が多いのは魔族だ。と言っても、人間や獣人に比べれば起こした数は圧倒的に少ない上、資源や領土なんかを目的とすることも少ないが・・・」

「・・・じゃあ、魔族は何を目的として戦争を?」

「一言で表すと、力を見せつけるためだな。」

「力を、見せつけるため?」

「そうだ。なんていうか、魔族ってのは誇り高い奴が多い種族性なんだ。つまり、自分たちの威信のために戦うことが多いってことだな。かと言って、問答無用で戦争を仕掛ける訳じゃねぇぞ?実際、宣戦布告された相手が戦争を断ったら、魔族は素直に引くらしい。」

「・・・それ、戦争って言えるんですか?むしろ決闘に近いような・・・」

「まぁ、戦争の定義は人それぞれだからな。」

「なんかギルシーバさん、投げやりになってません?」

「んなことねぇよ。さっきのは、魔族の色んなお偉いさんに記者がインタビューを行って判明した事実だ。」

「えぇ・・・」

小学校生活最後の1年間で受けた歴史の授業や、ネットで調べた戦争についての知識の影響で、九十九は戦争についてこう認識している。戦争というものは、ほぼ一方的にどこかの国が仕掛けるものであり、互いの了承を得て戦争が行われることなどないに等しい、と。

だが、この世界に存在する「人」の一種である魔族は、相手国の了承を得て戦争を行うことも珍しくないらしい。九十九は、その事実にあまり納得がいかないようである。

「まぁ、最近は・・・具体的に言えば、ここ300年間ぐらいは資源や領土目的の戦争を魔族が実際に起こす、または起こそうとして未然に防がれた、なんてケースも多いが・・・」

「へぇ、そうなんですか・・・確か、国同士の戦争ってここ1000年ぐらいほとんど起きてないんですよね?つまり、数は少ないけど戦争自体は起こっているってことですよね?」

「そうだ。そんで、その数少ない戦争の割合の内、起こした側はほとんど魔族って訳だ。また、戦争を仕掛けられた側のほとんども魔族だ。」

「・・・なんでまた、魔族ばっかり?」

「それは恐らく・・・さっきも説明した、魔族差別が原因だ。例えば、どっかの国が魔族撲滅をスローガンにして戦争を起こしたり、魔族差別に対する不満が爆発して戦争が起きたり・・・」

「あぁ、なるほど・・・差別が争いの元になることって多いですしね・・・本当に世知辛いな、世の中って・・・」

九十九は、何故このファンタジー世界で起きている問題は、こうもリアルというか現実的というか、何故こうも地球で起きている問題とよく似ているのか。もっとこう、魔王が世界を征服しようと企んでいる、みたいなファンタジーの世界らしい問題は起こっていないのか、というようなことを心の中でブツブツと呟いた。

「まぁ、差別問題の話はこれぐらいにして、話を戻そう。人間、獣人、魔族の順で戦争を起こした数が少なくなっていく訳だが、そうなると当然、最後に残ったアタシたちエルフが、4種族の中で一番戦争を起こしていないってことになる。」

「へぇ・・・何か理由とかあるんですか?」

「あぁ、それはな・・・ほとんどのエルフが誰かと争うことや勝負すること自体好きじゃない性格をしているからだ。つまり、一人で黙々と技術を磨くことが好きな種族性なんだよ。」

「なるほど、ちなみにギルシーバさんは・・・」

「悪かったな。どうせアタシは誰かと勝負することが大好きな変わり者だよ。」

ジト目で見つめながらメルンダは、九十九の言いたい事を先読みした。

「それにしても、不思議ですね・・・」

「不思議ってアタシの性格が、か!?」

「いやいやいや!!そうではなく・・・」

予想外の皮肉を言われたと思い込んだメルンダは、身を乗り出してきた。それに驚いた九十九は、左手を全力で左右に振る。

「さっき僕、ギルシーバさんに世界人口の割合を教えて貰いましたよね?確か、人間と獣人が最低でも100億以上で、エルフが3億ぐらいで、魔族が7億ぐらいだとか。」

「そうだな、確かに教えた。で、それがどうした?」

「なんと言いますか・・・争いをあまり起こしていないエルフや魔族よりも、争いを多く起こしている人間と獣人の方が、人口が多いのはなんでだろうと思って・・・」

「・・・そう言えば、そうだな。なんでだろうな・・・?普通、戦争なんてすれば人口は減るよな?」

「そうですよね・・・あ、もしかして種族間で寿命が違うせい、だったりするのかな?」

「・・・どういうことだ?」

メルンダは、九十九の言っていることがよく分からず、首を傾げている。

「例えばエルフって、人間より寿命が遥かに長いじゃないですか。さっき、ギルシーバさんは1500歳ぐらいで、人間換算だと50歳ぐらいだって言ってましたよね?」

「・・・確かに言ったが、それがどうした?」

「寿命が長いってことは、その分妊娠期間とかも長くなる・・・かも知れないと思ったので、必然的に人口が増えるペースも人間と比べて遅いのかな、と思ったんですよ。だから、戦争を多くしていても人間の方が人口多いのかなと・・・」

「まぁ、確かにエルフの平均妊娠期間は人間よりも長いが・・・どの位かと言うと、純血のエルフの赤ん坊で10年ぐらいだな。」

「妊娠期間が10年って、人間換算だと・・・」

「大体4ヶ月位で赤ん坊が生まれる計算になるな。」

「た、たった4ヶ月・・・あの、ちなみに人間の妊娠期間は・・・?」

「確か、マナの量と質が平均位の一般人で・・・30週未満とかじゃなかったっけ?」

「・・・エルフの赤ん坊って、早産とかの問題は起きないんですか?」

「そりゃ、たまには起きるだろ。」

「平均妊娠期間が4ヶ月でたまにしか起こらないんかい・・・」

人間と、九十九が夢に見るほど好きなエルフとでは、体の仕組みからして全然違うことが判明し、九十九の口があんぐりと開いている。

「・・・ん?」

「どうした?」

「さっき、人間の平均妊娠期間が30週未満って言いました?」

「あぁ、言ったな。それがどうした?」

「ということは、人間の妊娠期間は大体210日間未満ってことですか?」

「・・・何言ってるんだ。30週は300日間に決まってるだろ。」

「・・・え?」

「え?」

今更言うまでもないが、九十九が今いるこの世界は地球ではなく、異世界である。故に、この世界の1週間が7日であるとは限らないし、そもそも週という概念が存在するとも限らない。

九十九が、何故そのことに気付かなかったかと言うと、まずこの世界にはタブレットに似た地図機や、パソコンに似たマネコンが存在しているため、いわゆる親近感のようなものが生まれてしまい、自分が地球ではない世界、つまり異世界に来てしまったという実感がどうしても湧いてこなかったから、というのが理由として挙げられる。

他にも、地球とは言葉が違っていても当たり前の異世界で、何故か日本語が通じていたり、異世界の「人」が、地球の「人」と同じ姿をしているとは限らないのに、目の前にいるメルンダは耳と寿命が長いこと以外、地球の人間とあまり変わりなかったりしたため、余計に九十九の心には、自分が異世界に来てしまったという実感が湧いてこなかったのである。

「おいテメェ、まさか・・・1週間が10日なことを知りませんでした、なんて言うんじゃねぇだろうな・・・?」

「・・・人生って不思議ですよねー、まさかと思った事って結構簡単に起こるんですからー。」

「滅茶苦茶棒読みで滅茶苦茶下手糞な誤魔化し方をしてんじゃねぇよ・・・」

悪気はなかったとはいえ、九十九がまたしても悪い意味で常識外れなことを言い出したため、メルンダに頭痛の症状が出ている。

「あぁ、畜生・・・テメェに常識を一から十まで説明してたらキリがなくなっちまう・・・こっからは、ちょっと説明したら次の話に進むからな。」

「えぇ・・・?良いじゃないですか、なんだったら太陽が沈むまで話し合いましょうよ・・・」

それは九十九が発した、今まで何度も口にしていた妄言にも等しい、何気ない一言だった。

「・・・アイツが沈むまでって、どういうことだよ?」

「・・・は?」

だがその一言が、脇道に逸れてばかりだった常識力検定の真似事を終わらせるキッカケになるとは、このときはまだ、九十九もメルンダも気付かなかった。

「・・・アイツって、誰のことですか?」

「何言ってるんだ。ヒメ・シノンジャのことだよ。」

「・・・ヒメ・シノンジャ??」

「なんだよ、テメェから言い出したのに、なんでそんな顔をするんだよ?」

九十九とメルンダは、またしてもお互いに困惑し合っている。九十九は、メルンダの言っていることが分からないために。メルンダは、九十九がなぜ困惑の表情を浮かべているのかが分からないために。

「僕が・・・ヒメ・シノンジャって・・・言った?」

「いや、名前を直接言ったんじゃなく、アイツの異名を言ったんだろ?」

「異名・・・?あの、僕さっきなんて言いました?」

「だから、太陽って言っただろ?」

「たい、よう・・・?」

九十九は、先ほどよりも更に困惑している。何故、先ほどから話が噛み合わないのか。何故、ただ太陽と言っただけなのにメルンダは困惑しているのか。そして何故、太陽という言葉を聞いて真っ先に出てくるのが、空にある太陽ではなくヒメ・シノンジャという名の誰かなのか。この時点の九十九には、それらが全く分からなかった。

「あの、ヒメ・シノンジャさんっていうのはいったい・・・?」

「・・・何言ってるんだよ。ヒメ・シノンジャっていったら、元魔王軍幹部の一人で、今はドルギンシャの秘書をやっている・・・一応説明すると、ドルギンシャというのはギルド長・・・つまり、全世界の冒険者ギルドで一番偉い奴の名前なんだが・・・とにかく、そいつの秘書をやっている魔族のアイツ以外いないじゃねぇかよ。」

「元魔王軍幹部・・・?ドルギンシャの秘書・・・?冒険者ギルド・・・?」

「おい、まさかアイツのことを知らねぇのか!?なんで太陽って異名は知ってるのに、アイツ本人のことは知らねぇんだよ?」

魔王軍幹部という言葉も、冒険者ギルドという言葉も、異世界ファンタジーではよく登場する。先ほどまでの九十九であれば、それらの言葉を聞くだけで大喜びであっただろう。だが今の九十九には、とてもそんな余裕はなかった。

「ギルシーバ、さん・・・」

「な、なんだよ?」

メルンダは、明らかに様子がおかしくなった九十九を見て、戸惑っている。

「その、ヒメ・シノンジャさんとやらの異名が太陽なのって、空にある太陽みたいに明るいから、そう呼ばれてるんですか・・・?」

何かがおかしい。何かが変だ。何か自分は、誤解している。何かを自分は見落としている。何かを自分は、勘違いしている。何かについて・・・いや、そうじゃない。「何か」ではなく、「太陽」について、自分は分かっていない。この世界の「太陽」とは、いったいなんなのかを、自分は分かっていない。

そんな思いが頭の中を駆け巡り、九十九はそれに耐えられずメルンダに、とうとう核心をつく質問を行った。

「空にある、太陽・・・?確かアイツは・・・ヒメ・シノンジャは影人族で、翼なんかなかったような・・・?」

「いえ、ヒメ・シノンジャさんの方ではなく、空にある太陽・・・つまり、明るい時間には必ず空にある、滅茶苦茶光っている星のことです。」

違う、これはきっと何かの勘違いだ。きっとメルンダは、太陽のことを知らないだけだ。きっとメルンダは、空を見上げたことなんてないのだ。違う、そうじゃない。空を見上げたことがない「人」なんて、いる筈がない。空を見上げずに1500年近くも生きてきたなんて、考えづらい。そうだ、きっとこの世界の空にもある筈のあの光り輝く星は、この異世界では太陽と言う名前ではないのだ。きっとあの星は、別の名前で呼ばれているに違いない。だから自分が太陽と言ってもピンとこなかったのだ。確かに先ほどメルンダに首根っこを掴まれてこの詰所に連れられる途中、自分は空を見上げていなかったため、太陽は見ていない。だが、少なくとも今は夜ではない。だったら、ある筈だ。太陽は、必ずある筈だ。直接見た訳ではないが、ある筈だ。自分が地球にいた頃よく読んでいた異世界ファンタジーの小説にも太陽はあったじゃないか。だったら、この世界にもある筈だ。ある筈だ。ある筈だ。ある筈だ。ある筈だある筈だある筈だある筈だある筈だ。

九十九は、そんな訳の分からない考えに頭を支配されていた。

「明るい時間に空にある、光っている星・・・?そんなもん、どこにあるんだよ・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・は!?」

メルンダのその言葉を聞いた瞬間、九十九の頭は一瞬、真っ白になった。

嘘だ。そんな訳がない。太陽がないなんて、ある筈がない。だって太陽がなかったら、光と熱を届けるあの星がなかったら、この世界は暗くて暗くて、寒くて寒くて、たまらない筈だ。ありえない。ありえない。ありえないありえないありえないありえないありえない。

先ほどよりも更に訳の分からない考えに支配された九十九は、椅子から飛び上がり、詰所の外に出ようとした。

「うわっ!!」

「ひゃぁ!!」

その瞬間、たまたま九十九の近くに誰かがいたため、九十九とその誰かが衝突してしまった。

「ツクモ!!カナタ!!大丈夫か!?」

「拙者は問題ないでござる、メルンダ殿。それより君、申し訳ないでござる。拙者の不注意で・・・って君!!どこへ行くのでござるか!?」

「おいツクモ、どこへ行く気だ!!」

見た目は20歳ほどで、九十九と同じような黒髪をしていて、メルンダと同じ鎧兜をしている、メルンダにカナタと呼ばれた女性には目もくれず、九十九は詰所の外に飛び出した。

そして九十九は、この世界に太陽があるかどうかを確かめるため、空を見上げる。

「うそ、だろ・・・・・・?」

そこには、青空が広がっていた。文字通り、雲一つない青空であった。雨も雪も降っていなかった。雷も鳴っていなかった。風も吹いていなかった。本当にいい天気であった。

「ない、ない、ない、ない、ない・・・どこにも、ない・・・ない訳ないのに、あるに決まってるのに・・・」

どこを見渡しても、今日はいい天気であった。今日の空は、どうしようもないほどに、青かった。九十九が見上げた先には、青い空以外に何もなかった。本当に、何もなかった。

「それなのに、どこにも、ない・・・」

九十九が元いた地球のように、異世界の空は青かった。そして、九十九が元いた地球やそれ以外の星々が浮かんでいる、広い広い宇宙のどこにも神が見当たらないように・・・。

「太陽が、ない・・・」

異世界の空には、太陽らしきものが、どこにも見当たらなかった。

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作家A(多分本物)

暇つぶしで小説を書いている者です。 あくまでも、まず自分自身が面白いと思えるような小説を書くことをモットーにしているため、読んでくださっている皆様の嗜好には合わないかもしれません。 また、執筆作業に飽きてしまったら、投げやりのまま途中で終わりにすることも全然あり得ます。 そんな適当な作家が書いた適当な小説でよろしければ、ご覧ください。

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