あと、もう一つすごく印象に残ったエッセイがあり、
それも戦時中の話なのだが、邦子の妹が学童疎開する際に、
父親が沢山のハガキに、自分宛の宛名を書いて、
妹に「元気な日はまるを書いて、毎日一枚ずつポストに入れなさい」
と渡したという。妹はまだ字が書けなかったそうだ。
妹が疎開して一週間ぐらいたって、初めてのハガキが届き、
そこにはハガキいっぱいはみだすほどの大きなマルが書いてあったという。
ところが、次の日からマルが急激に小さくなっていき、
遂にバツに変わったという。間もなくバツのハガキも来なくなってしまう。
三ヶ月目に母親が迎えに行ったとき、妹は百日咳を患って、
シラミだらけの頭で三畳の布団部屋に寝かされていたという。
その妹をみた父親は声をあげて泣いたという。
そして邦子は大人の男の人が泣くのを初めてみたという。
私はこのエッセイを読んで、深い父親の愛情を感じた。
そしてつつましくも愛情豊かな家族だったのだと思った。
このベストエッセイには、このエッセイのような、
愛情豊かなエッセイや、ユーモラスなエッセイもあり、
実に面白い。
是非オススメです。
最後に向田邦子のプロフィールを加えておきます。
向田邦子(1929-1981)
映画雑誌の編集者やラジオ番組の放送作家
などを経て、俳優森繫久彌氏との出会いを
きっかけにテレビドラマの脚本家になる。
74年「寺内貫太郎一家」79年「阿修羅のごとく」
など、ありふれた日常を鋭い観察力と表現力で描き、
数々の名作ドラマを執筆。76年には「父の詫び状」
80年には短編「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」
で直木賞を受賞。81年台湾で取材旅行中に飛行機事故に遭い、
51歳でその生涯を閉じた。
読み終わって、初めて今の私と同い年で亡くなったことに気が付いた。
もし生きていたならば、どんなに面白い本が読めたのだろうと残念だ。
私は本を読むのが遅いので、ゆっくりまだ読んでいない本を読もうと思う。