祈り

 祈りの言葉をもって、記事投稿をはじめさせていただきたいと思います。祈りは、私にとって呼吸のような、なくならないものの一つです。 これは、私が朝起きて、聖書を読み、何を祈ったらいいかわからない、祈りの言葉が出てこないときに、思いを込めて祈っていた祈りです。今は、久しぶりに「お祈りもしない(出来ない・無理をしない)」期間が到来し、1週間に1回くらい祈っています、多分。

主の祈り

天にまします我らの父よ

願わくは御名をあがめさせたまえ

御国を来たらせたまえ

御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ

我らの日用の糧を、今日も与えたまえ

我らに罪を犯す者を、我らが赦すごとく、我らの罪をも許したまえ

我らを試みにあわせず 悪より救い出したまえ

国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり

アーメン

平安を求める祈り(後半は自己流です)

神様、どうぞわたしにお与えください。

変えられないものを受け入れる 心の平安を

変えられるものを変える 勇気を

そして、それを見極める 識別力を

与えられた一日一日を

喜び楽しんで 精一杯生きていくことが出来ますように

苦しみは 平安への通り道であることを

知ることが出来ますように

イエス様が左記に歩んでくださった、

この罪深い地上を

ありのまま受け入れ

あなたと共に 歩むことが出来るようにしてください

ヤベツの祈り

私を大いに豊かに祝福してください

御手が私と共にあり、私の地境が広げられますように。

悪の力から私が守られ、罪が私から去るようにしてください。

 (主の祈りは、キリスト教界で2000年に渡り祈られている祈りです。文語訳、口語訳、聖書そのものに書かれているものだけを祈るバージョンなど、様々あります。私は一番最初に出会って覚えた(覚えさせられた??)のが文語訳のため、文語訳が一番心を込めて祈れる、しっくりくると思っています。賛美歌にもなっていて、礼拝で歌われている教会もあります。

 「平安を求める祈り」もしくは「平安の祈り」は、ラインホールドニーバーという、ドイツの神学者が書きました。ニーバーの祈りとも言われています。この祈りの冒頭三行は、様々な依存症からの回復プログラムの中でも祈られ、唱えられています。20年くらい前、宇多田ヒカルの曲の中にも歌詞がそのまま使われ、少し話題になりました。
 

「ヤベツの祈り」は、旧約聖書の歴代誌という歴史書の中に記録されている、ヤベツという人の祈りです。25年くらい前この祈りが有名になった際、キリスト教プロテスタントの界隈で、かなり賛否両論を巻き起こしました。有名になったきっかけの本の主張している内容が、聖書が本来語っていることと異なるのではないか、神様の祝福とは、必ずしもこの世での繁栄だけを指さない、苦しみの中に本物の祝福がある、というような事が言われていたように思います。

 祈りとは、呼吸であり、対話であり、自分の気持ちを神様に訴えることであり、そして、神様はなんと言っているか、聴くことだと私は思っています。聴けるようになるまで、心空っぽになるまで、祈ればいいのではないかと思いながら、祈っていました。今は、少しでも神様と繋がり続けることが大切、と、思いながら一言でも祈っています。

参考 「主の祈り」について 新生宣教団 

「平安を求める祈り」について 女子パウロ会

https://www.pauline.or.jp/prayingtime/vari_rein_long.php

「ヤベツの祈り」について いのちのことば社

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水と光

 日本人、30代、女性。やりたい事は300位。8月の願いは、あと15分か20分、生活のリズムをずらして固定すること。最近はまっていることは、犬の動画と聖書に関する動画を見たりかけたり聞いたりする事。とても大きな目標は、ピアノとハープとオカリナを再開させ継続させること。本棚に本を収めること。

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