橋幸夫さんが、亡くなった。
橋さんといえば、その晩年だけをとってもまさに波瀾万丈な数年間だったけれども、昭和を代表する大スターのひとりであったことは間違いない。
個人的な記憶をたどってみると、昭和40(1965)年生まれの自分が、生まれて初めて好きになった歌謡曲は、橋さんの「江梨子」だった(その発売年は自分の生まれた年から数年さかのぼるが、家にあったソノシートに「江梨子」が入っていたのだった)。
この「江梨子」は、ヒロインがいきなりこの世を去ってしまう、いわゆる《悲恋歌謡》なのだが、何故か幼い心にしっくり来たのだと思う。
そして、橋さんのレパートリーはそういった楽曲にとどまらず、股旅ものからリズム歌謡まで、実に幅広い世界を展開していたのだった。
そして時は流れ、時代は平成に。
1995年、三谷幸喜さんが脚本を手がけた傑作TVドラマ『王様のレストラン』が、誕生した。
そのメインキャラクターのひとり・山口智子さん演じるレストランの料理長・磯野しずかが、若い頃の橋さんの大ファンで、仕事中はいつもヘッドホンステレオで橋さんの歌を聴いているか、あるいは自ら口ずさんでいた。
またある時、レストラン全体の士気を高めるため、みんなで合唱に取り組むことになったのだが、その「課題曲」が橋さんの「恋のアウトボート」という、ノリノリだが地味、かつなかなかに難しい曲だった。
あげく最終回では、レストランを訪れた客として、橋さんご本人が特別出演。
どういう扱いを受けるかは、ごらんになってのお楽しみとしておこう。
橋さんが亡くなられて数日後、あるお医者さんの待合室のテレビに、晩年橋さんが所属されていた夢グループの通販CMが流れてきた。
あの、社長と女性の絶妙な名コンビ。
そういえばまだ橋さんがご存命中、同じ商品のCMに、橋さんもちょこっと顔を出しておられたのを思い出して、何ともせつない気持ちになったけれど。
やっぱり、橋さんに今、しんみりは似合わない気がする。
ここは「江梨子」ではなく「恋のメキシカン・ロック」あたりで、偉大な歌手・橋幸夫さんをお送りしたいと思う。
心からご冥福をお祈り申し上げます。(了)