suddenly⑨

いくつ羊を数えるよりも、あなたの言葉を確かめて

[回想]同・校庭

哲モノローグ「今日が来なきゃよかったのに」

高校の卒業式終了後。

哲、紡に笑顔で手を振って、歩き出す。

哲、紡にもらった黒いイヤホンを耳につける。

耳鳴りがして、立ち止まる。

黒いイヤホンを外し、耳を押さえる。

茜「哲?」

茜の声がして顔を上げる哲。

茜、心配そうに駆け寄って、

茜「どうした?頭痛いの?」

哲、耳鳴りを気にしないふりをして、

哲「大丈夫」

茜「うん…あ、ごめんね、駐車場ちょっと遠いとこになっちゃった」

「あっち」と示して、二人並んで歩きだす。

哲「帰っていいのに」

茜「助手席に乗せたいの」

哲「じゃあ乗る」

茜「いつか助手席に乗せてもらうときに、ほら、感慨深いでしょ」

哲「(照れ笑いで)免許頑張る」

茜「(嬉しそうに笑って)楽しみだなぁ」

[回想]藤沢家・哲の部屋(日替わり・夜)

哲、黒いイヤホンをつけたり外したりを繰り返していて、

茜「哲」

と、哲の視界に入る。

哲、茜に気付いて驚いて、

哲「勝手に入んないでよ…」

茜「ノックしたよ。あんまり大きい音で聞くのやめな。耳悪くなるよ」

哲「…」

茜「ご飯できたからね」

と、部屋を出ていく。

哲「…」

[回想]同・リビング(夜)

リビングに入る哲。

キッチンには茜。

食卓には父・孝(43)、姉・はつね(20)、さき(12)がすでに夕食を食べ始めている。

さき「お兄ちゃん」

哲「…」

さき「お兄ちゃん」

哲、無言で食卓につく。

はつね「え?なんでさき、無視されてんの?」

哲「(はつねを見て)…え?」

はつね「さき、呼んでんじゃん。お兄ちゃんお兄ちゃんって」

哲、さきを見る。哲を睨んでいるさき。

哲「なに?」

さき「もういいー。こっち来るついでにふりかけとってもらおうと思ったのー」

と、立ち上がりキッチンへ。

哲「ごめん…」

と、無意識に自分の耳に触れる。

はつね「…」

はつね、哲の様子が気にかかる。

はつね、キッチンで洗い物をしている。

哲、やってきて、何か言いたげにしていて、

はつね「(哲に気付いて)ん?」

哲、言えなくて、

哲「…なんか手伝う?」

はつね「ううん、大丈夫」

哲「うん」

と、離れようとする。

はつね、手を止めて、

はつね「哲」

哲「(振り返って)ん?」

はつね「どうしたの?」

哲「え?」

はつね「聞こえにくい?」

哲「…気のせいじゃない?」

はつね、様子がおかしいと察して、

はつね「いつから?」

哲「気のせい」

はつね「いつから?」

哲「…」

哲、はつねと目が合って、すぐそらす。

蛇口の水が流れ続けている。

哲、それを止めて、

哲「卒業式の後からかな~」

さき「イヤホンずっとつけてるからじゃん」

哲「うるさい」

?「うるさいですよねー」

哲「うるさい」

さき「すごいうるさい」

部屋へ帰るはつね。

青木クリニック・診察室(日替わり)

医師から説明を受けている紡。

紡「今まで、そういう検査を受けたことなくて」

青木医師「一度検査してみましょう」

紡「…え」

青木医師「病気の可能性もあるので、」

紡「(何度も首を振って)聞いたことありません」

と、受け入れられない様子の紡。

黙って、落ち着いた様子で聞いている紡。

哲モノローグ「小さい頃から、少しでも何かあると、大袈裟に心配してすぐ病院に連れていくくせに、この医者の言うことは信じようとしない」

数日後。外来の待合室。

一人で診察を待っている哲。

哲モノローグ「何度も病院に通って、検査を重ねて、病気が分かった。」

女性と小学生くらいの息子が話しているのが目に入り、目をそらす紡。

バッグからイヤホンを出して、絡まった黒いコードを急いでほどく。

耳につけ、音量を上げる。

哲モノローグ「不安だった。医者の言うことを信じなかったのは、そういう意味だった」

目に込み上げる涙が、不安を表していた。

[回想]藤沢家・リビング~キッチン

哲、二階からおりてくる。

ラジオが大音量で聞こえてくる。

向かい側の机に突っ伏して寝てるはつねを見る。

キッチンへ行くと、水道の水が出しっぱなしになっている。

茜、大声で歌っている。

哲、水道の水とラジオを止める。

[回想]駅・ロータリー

茜「頑張ってね!無理しないで。休む時ちゃんと休んで、食べて。友達も作って!」

と、笑顔で見送ろうとする。

哲「お母さん、ありがとう」

と、車のドアを閉め、駅へ歩いていく。

ハンドルを強く握って涙を堪える。

振り返らず、早足に駅へと向かう哲。

スマホにLINEの通知。

立ち止まり見ると、紡から【いってらっしゃい】と。

哲、悩んでから【いってきます】とだけ返信し、再び歩き出す。

哲モノローグ「よかった、一人暮らしができる~。よかった、大音量で音楽が聞ける」

?「黒いイヤホンは…?」

[回想]大学・講義室

哲、授業が終わり、荷物をまとめる。

スマホに紡から着信。躊躇い、電話に出れない。

哲モノローグ「俺から電話がかかってきたら、嬉しいだろうな」

電話が切れる。

紡に【電話出れなくてごめん。今日そっち帰るけど、少し会える?】

とLINEを送る。

[回想]紡の実家近くの公園(夕)

哲、ベンチに座って緊張した様子で紡を待つ。公園に入ってきた紡。

哲、すぐに気付いて声をかけようとしたとき、

紡、バッグから小さな鏡を出して、前髪を直す。

哲、「愛おしいな」と思ってみて見て、見てないふりでそっぽを向く。

紡、哲を見つけて、

紡「藤沢くん!」

哲、初めて気付いたように振り向いて手を振る。

紡、走ってきて、ベンチに座る哲の前に立つ。

紡「藤沢くん」

と、久々に会えて、嬉しそうに笑う。

哲、乱れた紡の前髪がおかしくて、軽く前髪に触れて直す。

哲「(笑って)前髪」

紡「短い?」

哲「(笑って)ううん」

紡「あ、どうする?どっか行く?お腹減ってる?」

と、ベンチの隣に座る。

哲「あんまり時間なくて。すぐ帰んなきゃで」

紡「ごめんなさい」

と、シュンとなり落ち込む。

哲「かわいいなぁ」と思って微笑んで、

哲「ごめん」

紡「今日、なんで?」

哲「黒田に聞いてほしいことあって」

紡「なに?」

哲「…」

哲、本当のことを言い出せず、沈黙。

紡「(哲を心配そうに見て)…」

紡、ベンチの隣の哲を見る。

哲「…(紡を見る)」

紡「大学、大変?いやなことあった?」

哲「…」

紡「藤沢くんに向けられる悪意、聞き流して大丈夫だよ。みんな藤沢くんのこと嫌いじゃない」

哲「…」

紡「藤沢くん、抱え込むのよくない。悪口は言いたい人には言っていいんだよ」

哲「好きだなぁ」と、改めて思って、泣きそうになって、堪える。

紡「泣いてる~」

哲、少し笑えてきて。

哲「ううん」

紡「(心配そうに)なんかあったら電話して」

哲「わかった」

紡「藤沢くんが電話したい時、かけてきていいからね。私、長電話好きだから」

哲「…黒田、電話好きだよね」

紡「好き。声聞けるからね」

哲「…声、聞きたいよね。つむの声聞くたびに思うんだよね」

紡「ん?」

哲「(照れ笑いで)好きな声」

紡「…」

哲、少しうつむいて、一瞬考えて、

哲「そろそろ行くね」

紡「ん?」

哲、ベンチから立ち上がって、

哲「…時間」

紡「あ、時間。大丈夫?」

と、紡も立ち上がり、歩き出す二人。

哲「うん」

紡「また電話する」

哲「あのさ」

紡「うん」

哲「名前言って」

紡「てつーてつーてつてつ」

哲「(少し笑う)」

二人、公園の入り口に着いて、向かい合って立つ。

哲、まっすぐ紡を見つめる。

紡、理解して、恥ずかしくなって、

紡「あっ、そういうことか」

?「どういうこと?」

哲「…」

紡「哲くん」

哲「何?」

紡「(照れ笑いで)緊張した」

哲、泣きそうになるのを堪えて、微笑んで、

哲「ごめん急に」

紡「ううん、緊張した」

哲モノローグ「好きになってよかった」

哲「…じゃあね」

紡「うんまたね、哲くん」

と、照れ笑いで手を振る。

哲、歩き出して、少しして振り返る。

紡、まだそこにいて、にっと笑って、

もう一度手を振る。

哲、小さく手を振り返して、また歩き出す。

紡モノローグ「名前、沢山呼んでもらえばよかった、照れくさかった。明日電話で呼んでもらおう。そんなことを考えていた。」

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ゆり子

SnowManのファンです。よろしくお願いします。

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