いくつ羊を数えるよりも、あなたの言葉を確かめて
[回想]同・校庭
哲モノローグ「今日が来なきゃよかったのに」
高校の卒業式終了後。
哲、紡に笑顔で手を振って、歩き出す。
哲、紡にもらった黒いイヤホンを耳につける。
耳鳴りがして、立ち止まる。
黒いイヤホンを外し、耳を押さえる。
茜「哲?」
茜の声がして顔を上げる哲。
茜、心配そうに駆け寄って、
茜「どうした?頭痛いの?」
哲、耳鳴りを気にしないふりをして、
哲「大丈夫」
茜「うん…あ、ごめんね、駐車場ちょっと遠いとこになっちゃった」
「あっち」と示して、二人並んで歩きだす。
哲「帰っていいのに」
茜「助手席に乗せたいの」
哲「じゃあ乗る」
茜「いつか助手席に乗せてもらうときに、ほら、感慨深いでしょ」
哲「(照れ笑いで)免許頑張る」
茜「(嬉しそうに笑って)楽しみだなぁ」
[回想]藤沢家・哲の部屋(日替わり・夜)
哲、黒いイヤホンをつけたり外したりを繰り返していて、
茜「哲」
と、哲の視界に入る。
哲、茜に気付いて驚いて、
哲「勝手に入んないでよ…」
茜「ノックしたよ。あんまり大きい音で聞くのやめな。耳悪くなるよ」
哲「…」
茜「ご飯できたからね」
と、部屋を出ていく。
哲「…」
[回想]同・リビング(夜)
リビングに入る哲。
キッチンには茜。
食卓には父・孝(43)、姉・はつね(20)、さき(12)がすでに夕食を食べ始めている。
さき「お兄ちゃん」
哲「…」
さき「お兄ちゃん」
哲、無言で食卓につく。
はつね「え?なんでさき、無視されてんの?」
哲「(はつねを見て)…え?」
はつね「さき、呼んでんじゃん。お兄ちゃんお兄ちゃんって」
哲、さきを見る。哲を睨んでいるさき。
哲「なに?」
さき「もういいー。こっち来るついでにふりかけとってもらおうと思ったのー」
と、立ち上がりキッチンへ。
哲「ごめん…」
と、無意識に自分の耳に触れる。
はつね「…」
はつね、哲の様子が気にかかる。
はつね、キッチンで洗い物をしている。
哲、やってきて、何か言いたげにしていて、
はつね「(哲に気付いて)ん?」
哲、言えなくて、
哲「…なんか手伝う?」
はつね「ううん、大丈夫」
哲「うん」
と、離れようとする。
はつね、手を止めて、
はつね「哲」
哲「(振り返って)ん?」
はつね「どうしたの?」
哲「え?」
はつね「聞こえにくい?」
哲「…気のせいじゃない?」
はつね、様子がおかしいと察して、
はつね「いつから?」
哲「気のせい」
はつね「いつから?」
哲「…」
哲、はつねと目が合って、すぐそらす。
蛇口の水が流れ続けている。
哲、それを止めて、
哲「卒業式の後からかな~」
さき「イヤホンずっとつけてるからじゃん」
哲「うるさい」
?「うるさいですよねー」
哲「うるさい」
さき「すごいうるさい」
部屋へ帰るはつね。
青木クリニック・診察室(日替わり)
医師から説明を受けている紡。
紡「今まで、そういう検査を受けたことなくて」
青木医師「一度検査してみましょう」
紡「…え」
青木医師「病気の可能性もあるので、」
紡「(何度も首を振って)聞いたことありません」
と、受け入れられない様子の紡。
黙って、落ち着いた様子で聞いている紡。
哲モノローグ「小さい頃から、少しでも何かあると、大袈裟に心配してすぐ病院に連れていくくせに、この医者の言うことは信じようとしない」
数日後。外来の待合室。
一人で診察を待っている哲。
哲モノローグ「何度も病院に通って、検査を重ねて、病気が分かった。」
女性と小学生くらいの息子が話しているのが目に入り、目をそらす紡。
バッグからイヤホンを出して、絡まった黒いコードを急いでほどく。
耳につけ、音量を上げる。
哲モノローグ「不安だった。医者の言うことを信じなかったのは、そういう意味だった」
目に込み上げる涙が、不安を表していた。
[回想]藤沢家・リビング~キッチン
哲、二階からおりてくる。
ラジオが大音量で聞こえてくる。
向かい側の机に突っ伏して寝てるはつねを見る。
キッチンへ行くと、水道の水が出しっぱなしになっている。
茜、大声で歌っている。
哲、水道の水とラジオを止める。
[回想]駅・ロータリー
茜「頑張ってね!無理しないで。休む時ちゃんと休んで、食べて。友達も作って!」
と、笑顔で見送ろうとする。
哲「お母さん、ありがとう」
と、車のドアを閉め、駅へ歩いていく。
ハンドルを強く握って涙を堪える。
振り返らず、早足に駅へと向かう哲。
スマホにLINEの通知。
立ち止まり見ると、紡から【いってらっしゃい】と。
哲、悩んでから【いってきます】とだけ返信し、再び歩き出す。
哲モノローグ「よかった、一人暮らしができる~。よかった、大音量で音楽が聞ける」
?「黒いイヤホンは…?」
[回想]大学・講義室
哲、授業が終わり、荷物をまとめる。
スマホに紡から着信。躊躇い、電話に出れない。
哲モノローグ「俺から電話がかかってきたら、嬉しいだろうな」
電話が切れる。
紡に【電話出れなくてごめん。今日そっち帰るけど、少し会える?】
とLINEを送る。
[回想]紡の実家近くの公園(夕)
哲、ベンチに座って緊張した様子で紡を待つ。公園に入ってきた紡。
哲、すぐに気付いて声をかけようとしたとき、
紡、バッグから小さな鏡を出して、前髪を直す。
哲、「愛おしいな」と思ってみて見て、見てないふりでそっぽを向く。
紡、哲を見つけて、
紡「藤沢くん!」
哲、初めて気付いたように振り向いて手を振る。
紡、走ってきて、ベンチに座る哲の前に立つ。
紡「藤沢くん」
と、久々に会えて、嬉しそうに笑う。
哲、乱れた紡の前髪がおかしくて、軽く前髪に触れて直す。
哲「(笑って)前髪」
紡「短い?」
哲「(笑って)ううん」
紡「あ、どうする?どっか行く?お腹減ってる?」
と、ベンチの隣に座る。
哲「あんまり時間なくて。すぐ帰んなきゃで」
紡「ごめんなさい」
と、シュンとなり落ち込む。
哲「かわいいなぁ」と思って微笑んで、
哲「ごめん」
紡「今日、なんで?」
哲「黒田に聞いてほしいことあって」
紡「なに?」
哲「…」
哲、本当のことを言い出せず、沈黙。
紡「(哲を心配そうに見て)…」
紡、ベンチの隣の哲を見る。
哲「…(紡を見る)」
紡「大学、大変?いやなことあった?」
哲「…」
紡「藤沢くんに向けられる悪意、聞き流して大丈夫だよ。みんな藤沢くんのこと嫌いじゃない」
哲「…」
紡「藤沢くん、抱え込むのよくない。悪口は言いたい人には言っていいんだよ」
哲「好きだなぁ」と、改めて思って、泣きそうになって、堪える。
紡「泣いてる~」
哲、少し笑えてきて。
哲「ううん」
紡「(心配そうに)なんかあったら電話して」
哲「わかった」
紡「藤沢くんが電話したい時、かけてきていいからね。私、長電話好きだから」
哲「…黒田、電話好きだよね」
紡「好き。声聞けるからね」
哲「…声、聞きたいよね。つむの声聞くたびに思うんだよね」
紡「ん?」
哲「(照れ笑いで)好きな声」
紡「…」
哲、少しうつむいて、一瞬考えて、
哲「そろそろ行くね」
紡「ん?」
哲、ベンチから立ち上がって、
哲「…時間」
紡「あ、時間。大丈夫?」
と、紡も立ち上がり、歩き出す二人。
哲「うん」
紡「また電話する」
哲「あのさ」
紡「うん」
哲「名前言って」
紡「てつーてつーてつてつ」
哲「(少し笑う)」
二人、公園の入り口に着いて、向かい合って立つ。
哲、まっすぐ紡を見つめる。
紡、理解して、恥ずかしくなって、
紡「あっ、そういうことか」
?「どういうこと?」
哲「…」
紡「哲くん」
哲「何?」
紡「(照れ笑いで)緊張した」
哲、泣きそうになるのを堪えて、微笑んで、
哲「ごめん急に」
紡「ううん、緊張した」
哲モノローグ「好きになってよかった」
哲「…じゃあね」
紡「うんまたね、哲くん」
と、照れ笑いで手を振る。
哲、歩き出して、少しして振り返る。
紡、まだそこにいて、にっと笑って、
もう一度手を振る。
哲、小さく手を振り返して、また歩き出す。
紡モノローグ「名前、沢山呼んでもらえばよかった、照れくさかった。明日電話で呼んでもらおう。そんなことを考えていた。」
