作曲者の生誕80年を記念して編まれた3枚組作品集『三木たかしソングブック』には収録されなかった、ペギー・マーチの「忘れないわ」(作詞は山上路夫さん。何故か『ソングブック』には、尾崎紀世彦さんによるカバー版が収録され、各所から惜しむ声が聞かれた)。
風雲急を告げ、いきなり聴き手の心をつかむイントロ部分から、終始ドラマチックに展開するペギー版「忘れないわ」は、1969(昭和44)年に日本&日本語でリリースされ、地味ながらヒットとなり(『レコード・マンスリー』誌の月間洋邦ポピュラーランキング・69年1月に28位を記録。このランキングは「歌謡曲」とはセパレートされていた。ただし、GSから路線変更したブルー・コメッツのムード歌謡「雨の赤坂」もランクインするなど、その境界線の引き方はあいまいだ)、発売当時からレコードのみならず、テレビの歌番組で伊東ゆかりさんほかが歌唱するなど、数多くのカバーを生み、今もなお多くの人々に愛され続けている。
このペギー・マーチの「忘れないわ」、海外でより高く評価されているようで、海外でリリースされた、彼女のいわゆるベスト盤に収録されることも多い。特に驚かされたのは、CDとしては2枚組の分量をもつアルバム『The Essential Peggy March』の1曲めが映画『天使にラブソングを…』でのカバーでも有名になった、彼女初にして唯一の全米No.1シングル「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」なのは当然として、それに続く2曲めに「Wasurenaiwa」=「忘れないわ」が収められていたことだ。
このアルバムはサブスクでも配信されているので、もちろん気軽に「忘れないわ」を聴き、そして感動していただくことができると思う。
「忘れないわ」の海を越えた影響として忘れるわけにいかないのが、「タイム・アフター・タイム」「トゥルー・カラーズ」そして「グーニーズはグッド・イナフ」などのヒット曲で知られるシンディ・ローパーだ。
その下積み時代、ニューヨークの日本食レストランで働く合間に歌っていたという彼女は「忘れないわ」を十八番にしていたというのだが、お話はそこでは終わらず、2011年の東日本大震災発生当日、大部分の海外アーティストが来日公演を中止する中、シンディは予定通り来日し、日程を順延することなくライブを行なった。それ以降も被災地を訪れるなどして、日本に心を寄せてくれている。既にライブ活動からの引退を発表しているシンディだが、日本でのライブでは、「忘れないわ」を歌うことを忘れなかったという。
それにしても、以前から疑問に思っていたのだが、この「忘れないわ」、作曲者の作品集にオリジナルが収められないなど、あまりにも過小評価なのではないか、ということだ(ただ、作詞を担当した、「翼をください」などでも知られる山上路夫さんの作品集CDには、オリジナルのペギー・マーチ版「忘れないわ」が収録されている。ちなみに両氏の作品集CDは、どちらも同じ方が選曲を担当しているので、そのあたりで何らかの配慮が働いたのかもしれない)。
とりわけ、先にも記したように、海外に比べて日本での評価が低すぎる。
この「忘れないわ」は、チャート等での実績はさほどではないが、大げさに言わせてもらうなら「上を向いて歩こう」にも比肩し得る、日本が生んだ世界に通用する日本語のスタンダード・ナンバーなのではないだろうか。(了)
