こんにちは 幸い風邪もひくことなく蜜柑を食べたりストレッチして
健康的に過ごせています。
寒い冬にインドアな文化にゲームがあります。今回は変わりつつある
「娯楽のかたちの変化」をエッセイにします。
『ゲーム文化の転換点➝「遊ぶ前に待つ時代」へ』
かつてゲームは、とても単純な娯楽だった。
箱から本体を取り出し、カセットやディスクを差し込めば、すぐに始まる。
そこに必要だったのは、時間と少しの好奇心だけだ。
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ところが今、その前提が静かに崩れつつある。
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新型ゲーム機は発売されても店頭には並ばず、手に入れること自体が
一つの壁になる。
さらに、ようやく入手したソフトも、すぐには遊べない。
起動すると「大容量の空き容量が必要です」
「ダウンロードが始まります」と表示され、画面の前でただ待つ時間が発生する。
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これは単なる技術の進歩ではない。
『ゲームの楽しみ方そのものが変質している」と感じています。
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いまやゲームは、
「遊ぶもの」から
「高速な通信環境と十分な保存容量を前提とした体験」へと変わりつつある。
早い回線が無ければ待たされ、容量が足りなければ整理を強いられる。
つまり、遊ぶ前にいくつもの条件をクリアしなければなりません。
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この変化は、ゲームをしない人とっても他人事ではありません。
映画や音楽、書籍ですら、ダウンロードやストリーミングが当たり前となり、
「待っているのに、すぐに使えない」体験が増えているからだ。
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便利になったはずの社会で、
私たちは知らないうちに「待つことに」慣らされている。
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かつてのゲームは、
放課後の短い時間や、休日のひとときを埋める「気軽な遊び」だった。
今のゲームは、
時間・環境・準備が整った人のための「計画的な娯楽に」なりつつあります。
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それが悪いわけではない。
映像が美しくなり、物語が深くなり、表現の幅も広がった。
ただ、その代わりに失われつつあるものがあるのも確かにある。
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「思い立ったら、すぐ遊べる」
「特別な準備がなくても楽しめる」
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この感覚は、もしかするとこれから貴重な価値になっていくかもしれない。
ゲーム文化は今、ひとつの転換点に立っている。
それは、遊びが贅沢になった瞬間とも言えるでしょうし、
同時に、気軽さが置き去りにされつつある瞬間とも言えます。
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画面の向こうで進化を続ける技術と、
その前に立ち止まる私たち。
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ゲームは、ただの娯楽ではなく、
「現代社会の「便利」と「不自由さ」を映す鏡」
になり始めているのかもしれない。
おしまい 最後までお読みいただきありがとうございました。
ゲームをしない人にも読んで欲しい気持ちを込めて記事にしました。
