ラナグハットは、ウエストベンガル州の州都カルカッタの北90Kmにある村である。東に20㎞行けばバングラディッシュ国境である。この地にカルカッタYMCAの運営する*ボーイズホーム*(少年のみの孤児院)と職業訓練センター(村の女性の為の)の二つがある。ボーイズホームは27年前(当時)マザーテレサが路上生活者の子供達をこの地に連れて来て生活させたのが始まりだと言う。以来、R先生とG先生が施設内の生活を切り盛りしてきた。遥か北の街ダージリンとカルカッタを結ぶ国道は人の往来が絶えることはない。夕日に映える椰子の木、その元で走り回る子供達の姿がとても心に残る三泊四日であった。

カルカッタYMCA ボーズボーイズホームの一日
子供達は毎日、どんな生活を送っているのかな?私達が滞在した期間はクリスマス休暇中だったが、ちょっと、普段の生活を覗いてみよう。とても規律正しい生活で私達よりよく勉強してるかも!?
6:00/起床 ベッドメーキング(小さい子もちゃんと自分でやるぞ)
6:30~7:30/ガーデニング(or鶏や山羊の世話){ホームの花壇は、綺麗な花でいっぱい。大きい子が小さい子を指導してせっせとお手入れ。
8:00/お祈り、8:15/朝ごはん、8:30/お掃除、9:00/シャワーと洗濯
10:00~13:00/学校(小さい子)、11:00~16:00/学校(大きい子)、13:30/昼ごはん、
14:00~15:00/休憩と勉強の時間、15:00~16:00/ガーデニング、16:00~16:15/お掃除、16:15~17:15ゲームの時間、17:30~17:45/軽食、18:00/お祈り、18:30~20:00/勉強の時間、20:00夕食、21:00消灯(お休みなさい・・・)
{インドに滞在中、洗濯はたらいに井戸から水を汲み、手と足で洗う。洗濯機で洗うことに慣れている私達は大変でした。これを毎日やっている子供達はすごいなと思いました。なんでもあり、楽に生活が出来ている自分達の事を考えると、それに感謝しなければいけないねとみんなで話していました。}

ボーイズホームの18人の子供達 ~We love you all !!~
ホームや村で出会った人、見つけた物のほんの一部
*庭師のおじさん一家/{ホームの農園の一角に住んでいる。突然遊びに行った私達をお菓子でもてなしてくれた。}
(おばあちゃんは、目が見えず一日庭先にござ敷いて座ってたっけ。*3m位あるポインセチアの木、/(あの植物って木だったのね)*たくさんのマリーゴールド/(インドでは、お祝いやお供えに使う神聖でおめでたいお花。)
*警備係のお兄さん、/彼も学校の脇の家に住んでいる。英語はしゃべれないけど優しい目をして、R先生を夜尋ねた時は、夜道を照らして送ってくれた。*囲い壁の上に埋め込まれた尖ったガラス片、/(侵入者を防ぐためか}*お葬式、/リキシャに揺られる私達の横を通り過ぎた担架を担ぐ男達。その先にはきれいに飾りつけられた、一角があった。一お湯の出るシャワー、/カルカッタにはなかったこれがラナグハットの建物には一つだけあった。ソーラーシステムの為、天気が悪い時は、ここも水。{お陰で凍える水シャワーにも大分慣れた!?}*Tata Tea(チャイ)、私達が村の市場で買い占めた紅茶。とてもおいしい。
12月28日、三泊四日分の荷物を持ってラナグハットのボーイズホームへ向けて出発した。カルカッタの町が動き出す時間。まだ日中ほどの交通量ではない。空港近くを通り抜け、だんだんと景色が変わっていった。道は全くと言っていいほど良くない。でこぼこ道に揺られながら休憩場所に到着。そこでお菓子とチャイを頂いた。お菓子は、何も言うことがないくらい美味しかった。日本へ持って帰りたかったけど「ちょっと危ないね」と言われやめました。
ボーイズホームに到着、子供達から歓迎を受ける。花で作った首飾りをかけてもらい、Jの奥さんに、額に印をつけてもらう。いやー感動した。、昼食を用意してくれて、とても美味しかった。インドへ来て食事が美味しく食べられるとは思わなった。子供達はとても元気で目がとても綺麗だった。子供達が世話をしているガチョウや、鶏もいてガチョウを追いかけたりしていて、とても楽しく飼育しているようだった。自分達がやらなければいけないことはきちんとしていた。感心した。その後、部屋に戻り簡単なオリエンテーション。お互い自己紹介をして子供達が踊りを披露してくれた。お返しに私達は、「カエルの合唱」とキラキラ星を歌い「アルプス一万尺」を教えて楽しんだ。そして礼拝があり、それに参加させてもらった。
12月29日、 (N-=M)
<朝のガーデニング>、(ボーイズホームは、生活のほとんどの部分は自給自足である。子供達の一日は、農作業から始まる。畑仕事、鶏の世話、花壇の手入れ、雑草取りなど仕事を分担して行う。)
パルクとゴートンの鳥小屋での水の取り換えは慣れたものである。まず、六つあるカップを洗いに井戸に向かう。きれいに洗ってバケツに水をiいっぱい入れて運ぶ。そのバケツの水に少量の粉を(この粉はなんだ?)入れてかき混ぜる。カップですくって皿をかぶせてひっくり返す。すると、どうだろう。なんと、水がこぼれずに適量だけ、皿に新しい水が溜まる仕掛けである。まるで理科実験のようだった。果たすべき仕事が終われば後は、鶏とのじゃれあいである。自分たちが食べる卵や鶏、食材と直接関わっていることを改めて感じた。「生産の場」と「消費の場」は本来分離されていなかった筈なのだ。
<授業>(ボーイズホームは、生活の場であると同時に学びの場でもある。つまり、学校の機能を持っている。だから、授業という形で日本の文化や遊びを紹介した。{書道、絵画、ゲーム等の時間を設定。翌日に折り紙、ダンス、音楽、凧上げ等}、日本語講座の方から、M先生の声に合わせて、「こ・ん・に・ち・わ」を連呼する大きな声が聞こえてきた。元気ではりのある声だ。子供たちの元気な「こんにちわ」を聞いて、私達の挨拶「こんにちわ」に命を取り戻した思いになった。書道の授業はS、K両師範の指導の元、子供達も随分熱中して書いていた。自分の名前を日本語で書くとどうなるか、筆と言うふにゃふにゃのペンの不思議な感触など、感じてもらえたと思う。この子供達が大きくなった時、自分の作品を見て日本人と言う外国人に日本語や、書道を習った事を思い出してくれるなら、それは、言葉や文字と言った深くて広い世界に触れているのだと思う。又、インドのどこかで、「こんにちわ」の声が聞こえているかもしれない。後半に計画していた授業は消滅する事になってしまい時間の使い方と役割分担について夜のミーティングで話し合った。

<大きな樹>(屋上テラスから北側を眺めると大きな樹が見える。そこまで散歩に出かけた。) やはりこの樹は大きい。横に枝が伸びていき、広い木陰を作る。表に見える部分がこんなに大きいのだから土中の根の張り具合はいかばかりだろう、なんて想像したら、いかにもインドの樹だなと思えてきた。8人位で手をつないで囲むほどの幹の太さであった。
<村の教会(クリスマス期間は12/25~二週間、ヒンズー教徒の多いインドにあってこの辺りはキリスト教徒が多い地区。祭の賑わいを見に行く。) 教会の建物の中に入ると、お祭り期間だからだろうか?色とりどりの紙テープのような物で飾り付けがされていた。正面にはマリア像、横の方には聖書物語の場面 場面の絵が並ぶのだが、その像や絵の人物の表情が西洋的ではなく、どことなくインド的になっているように感じた。西洋的に荘厳なのだけが教会ではなく、インドにあって土着化した姿こそが好ましいものだと思った。
ベンガル語で歌の練習>(幸せなら手を叩こう)(ベンガル語版/「シュキジョディ ホテチャオタリダォ」とインド国家「Jana gana mana]を教えてもらう。(ベンガル語の文法や正確な発音はできなくても、ベンガル語で歌を共に歌えた事は嬉しかった。「幸せなら手を叩こう」には手拍子や、足踏みがあるので動きがあってよいと思う。スピーディーに歌うと、一層盛り上がった。(この歌は翌日のジャパンナイトでもみんなで歌う事になった。)インド国家は、予想していた以上に厳粛に歌うべきものらしく直立不動で歌ってみせてくれた。崇高なる思いを国家に寄せていることが伝わってきたので、不用意に軽い気持ちで歌えないなと思った。{ミーティング、この日一日を振り返って各人が感じた事をシェアし、翌日の確認をする。~やはりスタディツアーには、このミーティングが是非とも必要だと思う。自分が見たこと、関わった事にとどまらずシェアリングによって他者の見た事、を関わった事を共有することが
出来る。そして又、こういうシェアリングこそ、市民参加型の連帯のトレーニングになっていくように思った。~

12月30日/
<朝の仕事>(少年達と一緒に庭の草むしり、鶏に餌を与える。:普段家ではやらないような仕事を早起きして少年達と共に行う。早起きも草むしりも苦手な筈の私なのに少しも苦にならず、すがすがしくとても気持ちのいい一日の始まりだった。びっくりしたのは、少年達の鎌の使い方がとても上手だったことだ。10歳の少年に私は鎌の使い方を教えてもらった。下の子は上の子の言うことをよく聞き、作業が進んでいく。私は感心したそして、体を動かした後の食事はとても美味しかった。
<買い物>(リクシャーに乗って紅茶を買いに町まで行く。)ジョイさんに連れられてリクシャーで町まで行った。初めて乗ったリクシャーは、面白いのが半分、怖いのが半分。日本とは違ってどんなに狭い所でも入って来るトラックやバスには驚きだ。そしてその前をゆうゆうとリクシャーが走る。警笛を鳴らされてもなんのその、私は何度もぶつかるのではないかと思ってしまった。歩行者は、遮断機の降りている踏切を平気で渡り、死体を載せた担架が脇をすり抜けて行く。わずか15分たらずの間に見た光景を私は信じられない思いで見つめていた。紅茶を買うために私達7人は一軒の店に入ったが、あまりの数の多さに店の店員はびっくりして、「そんなにたくさんの紅茶はここにはないが30分待ってくれれば他の店から取り寄せる」と言われて、3人だけを残し、ほかの4人は先に帰ることにした。片道10ルピーのリクシャー代は、高いような気がしたが日本円にすると約35円。果たして、高いのか、安いのかよく分からなかった?(安いかな?)
<授業>(1時間目/A班、B班共に折り紙)蛙と鶴を幾つかのグループに分けて教えたが、子供達には少し難しいようだった。飽きっぽい子もいて途中で折るのをやめ、他のグループに行き、出来上がりを貰ってきて喜んでいる子もいてそれには微笑ましくて笑ってしまった。中には上手な子もいた。私達が「できましたかー?」と聞くと、「できましたかー?と叫ぶ。意味が分からずとも、日本語が気に入ったようだ。
<2時間目>(A班、ダンス<WAになって踊ろうと、ゲーム >みんな覚えるのが早く、とても上手に踊る。私達よりも上手だ。一生懸命踊っている少年達はとても愛らしくて、可愛くて思わず抱きしめたくなる程だ。ローズマリー先生も参加して楽しそうに踊っていた。ゲームは子供の頃よくやった、「震源地」と「ハンカチ落とし」をやった。子供達は大はしゃぎで、私達もまるで子供に返ったような気分で楽しんだ。「ハンカチ落としでは、子供達が狙うのはローズマリー先生ばかり、ローズマリー先生に対する子供達の強い信頼を感じた。

<B班(福笑い)初めてやる遊びに子供達は大喜びだった。目隠しをして、自分たちが作り上げたドラえもんの顔に大笑い。目と鼻を上手に合わせてる子がいておかしなと思ったら、微かに目隠しの下から見えていたらしく手で押さえたら途端に分からなくなりそれにはみんなで笑ってしまった。
<3時間目>(A班、B班共に音楽)笛の音が奏でる「エーデルワイス」にみんな聞きほれていた。真剣な顔をした子供達も,又、うっとりするほど可愛い。「「キラキラ星」をみんなで歌い、”Body song”をふりつけで日本語と、英語の両方で教えた。子供達は日本語の方が覚えやすかったようで、「頭・肩・膝・ポン」とずっと歌っていた。楽しくて時間が経つのがとても早く感じた。
<自由時間>(女性はサリーを着せてもらう。昼食後、ジャパニーズ ナイトの準備)ジョイの奥さんにサリーを着せてもらった。もと簡単に着られると思っていたが難しかった。一人では着られないかもしれない。サリーを着たら、なんかインドの人になった気分。みんなすごく似合っていてとても奇麗だった{私も?(笑い)私達は代わりに浴衣を着せてあげた。初めて着る浴衣に照れたように笑う奥さん。そして、そんな奥さんに見とれるジョイ、そんな二人を写真に撮ったら大喜びだった。昼食が済み、その後みんなでジャパニーズ ナイトの準備を始めた。私達は、まるで小学生のように色々な折り紙で飾り付けを作るのに夢中になり喜ぶ子供達の顔が早く見たくてうずうずしていた。キッチンを覗くといい匂いが鼻につき、テーブルにはたくさんの日本食が並べられ、はしたなくも「早く食べたい」と思ってしまった。

<ジャパニーズ ナイト>(ラナグハット最後の夜、お別れパーティーをする。)~子供達の笑い声が部屋中に響く。子供達がとても楽しんでくれている事に私はホッとした。
・お茶(M=T)~日本の名曲「春の海)をバックにお茶をたてる。R先生、RJ、Seの3人をお茶の席にご案内。お茶を一口飲んだ瞬間、三人共苦そうな顔をした。お茶を初めて飲んだ三人は飲みづらかったようだ。
・二人羽織り(T=S{まりあ)~ぶっつけ本番だったので、少し不安だったが結果は大成功。食べ物がうまく口に入らないと、その度に子供達の笑い声が聞こえる。たまに上手に出来ると拍手喝采。みんなとても喜んでくれたので嬉しかった。
・<パネルシアター(Y=T)英語で作った笠子地蔵をラジブにベンガル語に直してもらい、パネルに合わせて読み上げてもらった。初めて聞く筈の笠子地蔵の話を一日で暗記してパネルを並べながらすらすらと読み上げるラジブには感心してしまった。その頭の良さにびっくり!。彼は将来医者になりたいと言って一生懸命勉強していた。ラジブなら、きっとなれるに違いない。
・<パントマイム(S,H,T,S)ペロペロキャンディ、首振り人形、フラフープ、脚踏みミシン、それぞれの動きに部屋中が笑いに包まれた。かなりハードなパントマイムに子供達は大喜び。私達も子供達と一緒に笑い転げた。
・<人形劇K,N)~手袋が作り上げるクイズ形式の人形劇はとても可愛くて、大人も子供達と一緒になって「スネーク」とか「ラビット」等と叫んでいた。一生懸命考えて、答える子供達も可愛い。
・<日本食の試食会。{ちらし寿司、さらだ、フルーツポンチ、あんこもち、かっぱえびせん等>~子供達はサラダ、フルーツポンチ(日本食か?)かっぱえびせんが口に合ったようで、おかわりして食べていた。あんこもちは首を傾げていた。どうも合わなかったようだ。)先生達や大きい子供達には箸を使ってもらったが、難しかったようで食べるのに苦労していた。私達も一緒に食べたが、久しぶりに食べた日本食は美味しかった。
・<子供達による歌と踊り(ローズマリー先生と一緒に>~子供達の歌声がとても綺麗で踊りも可愛くて、思わず一緒に踊ってしまった。小さな子供がまだ覚えきっていないらしくて大きい子の踊りを見て一生懸命真似している姿が愛らしい。ベンガル語で歌う歌は、意味は分からなかったがとても暖かく私の心に残った。
・<ダンサーによるインド舞踊、~私達の為に呼ばれたダンサーはラナグハットに古くから伝わるというダンスを踊ってくれた。綺麗なサリーに身を包んだダンサーはとても素敵で、初めて見る踊りは不思議な感覚がした。
・<歌「幸せなら手を叩こう」久しぶりにこの歌を歌った。子供の頃よく歌った記憶がある。ベンガル語は意味は少し違うが改めていい歌だと思った。子供達もすぐに覚えて大声で歌い、手を叩いて、足をふみならして、その姿が今でも目に焼き付いて離れない。
・<ソーラン節>~初めて踊ったソーラン節ははじめなかなか体が思うように動かなくて不安だったが、一生懸命練習した甲斐があって本番は大成功。踊りが盛り上がっていくにつれて先生や子供達も「ヤーレン、ソーラン」と大きな声で歌いながら参加してくれたのには大感激だった。<
・<WAになっておどろう>~全員が一体となって踊った。子供達は練習以上に上手に踊り、練習に参加していない大人の人達も一生懸命踊ってくれて、盛り上がりは最高潮に達した。私は、そんなみんなの姿に感動し、溢れそうになる涙を必死に堪えながら踊った。
・<キャンプファイヤー>キャンプファイヤーの火が目に染みた。建物から流した火の輪に歓声を上げ、もうすぐ来る別れを忘れるように私達は大きな声で歌いながら火の周りを回った。私は堪えていた筈の涙が溢れだしてきた。
・<別れの夕食>~ボーイズホームでの最後の夕食は子供達と一緒に手で食べた。この時食べたカレーは何となく涙の味がした。
<別れ>~もう寝る時間なのに、誰も部屋に戻ろうとはしない。私も少しでも子供達と一緒にいたくて、いつまでも遊んでいた つづく

