- 【はじめに】エネルギーを巡る新時代の到来
- 【核融合エネルギーの基本原理】地上に太陽を作る挑戦
- 【実用化への道のり】技術的ハードルと研究開発の最前線
- 【中国の猛烈な追い上げ】国家戦略としての核融合開発
- 【世界のエネルギー構造の大転換】ペトロステートからエレクトロステートへ
【はじめに】エネルギーを巡る新時代の到来
人類は今、エネルギー革命の分岐点に立っている。地上に「太陽」を作り出す核融合発電と、宇宙空間に発電施設を配置する宇宙太陽光発電という二つの壮大な構想が、世界のエネルギー情勢を根本から変える可能性を秘めている。特に核融合発電は、中国とアメリカを中心とした激しい国際競争の舞台となり、その成否が21世紀の国際パワーバランスを決定づけるとさえ言われているのだ。
この記事では、核融合エネルギーの技術的側面から国際政治の動向、そして新興勢力であるイーロン・マスク氏が提唱する宇宙太陽光発電構想まで、次世代エネルギーを巡る全体像を詳細に解説していく。
【核融合エネルギーの基本原理】地上に太陽を作る挑戦
核分裂との根本的な違い
最初に断っておくと、核融合発電と従来の原子力発電(核分裂)は名称こそ似ているが、その仕組みは正反対である。
従来の原子力発電では、中性子がウランに衝突し、ウランが分裂することでエネルギーを生み出していた。一方、核融合発電では、重水素や三重水素(水素の同位体)を燃料として使用し、これらを1億度レベルの超高温まで加熱する。この極限的な温度環境下で、原子核同士が融合し、莫大なエネルギーが放出されるのだ。
この仕組みは、宇宙の遥か彼方から地球に熱や光を送る太陽の中心部で起きている反応と全く同じである。つまり、核融合発電とは、文字通り「地上に太陽を作り出す」技術的挑戦であると言える。
「夢のエネルギー」と呼ばれる理由
核融合エネルギーが実現した場合の利点は、他のあらゆるエネルギー源を凌駕する可能性を秘めていることだ。
第一に、燃料資源がほぼ無限である。燃料となる水素は海水から抽出できるため、化石燃料に頼る必要が完全になくなるのだ。資源の争奪戦や産出国への依存から解放され、エネルギー安全保障の根本問題が解決される。
第二に、エネルギー量が桁違いに大きい点が挙げられる。核融合によって発生するエネルギーは、石油のおよそ800万倍に相当する。この圧倒的なエネルギー密度により、小規模な施設でも膨大な電力を生み出すことが可能となる。
第三に、安全性が極めて高い。原発事故のような核暴走の危険性はない。核融合反応を維持している非常に高温のプラズマは強力な磁力で制御されているため、万一電力が途絶えれば反応がすぐに停止するのだ。連鎖反応が暴走する従来の原発とは根本的にメカニズムが異なるのである。
第四に、環境負荷が極めて低い。発電後に高レベルの放射性廃棄物が出ないことが大きなメリットである。核分裂反応が生み出す数万年単位で管理が必要な放射性廃棄物の問題から、人類を解放する可能性がある。
【実用化への道のり】技術的ハードルと研究開発の最前線
克服すべき巨大な技術的課題
しかし、これほどの利点を持つ核融合発電の実用化には、現代科学技術の限界に挑む極めて困難な課題が山積している。
最大の課題は、超高温プラズマの制御と維持である。核融合反応を起こすためにはプラズマを1億度まで加熱する必要があるが、このプラズマは非常にコントロールが難しく、長時間持続させることが最大の難関である。太陽の中心部と同等の温度を地上で作り出し、それを安定的に維持し続けるという、人類史上類を見ない技術的挑戦になるのだ。
材料技術の限界も深刻である。1億度の高温に耐えられるような材料はまだ存在しない。この熱が容器に直接当たれば、いかなる物質も瞬時に蒸発してしまう。したがって、プラズマを磁場によって容器壁から離して浮遊させる必要があるが、この制御が極めて困難である。
発電の実証という根本問題も残されている。国際協力で建設されている巨大な実験炉ITER(イーター)を含め、現在進められているプロジェクトはまだ発電を目的としておらず、本当に実用的な発電ができるかどうかは未だ実証されていない。
燃料の自己生成という技術的課題もある。燃料の一つである三重水素(トリチウム)は、自然界で採取するのではなく、炉の中で作らなければならない。この燃料の自己生成技術の確立も、実用化への必須条件である。
世界の研究開発状況と日本の貢献
専門家の予測によれば、核融合発電所が実現するのは、早ければ2030年代後半から2050年代の間と見られている。日本は、この分野で世界トップレベルの研究成果を上げている。核融合の元となるプラズマの生成で世界最大の規模を達成し、ギネス世界記録にも認定された。日本の大型実験装置「JT-60 SA」は世界的にも優れた装置であり、日本は現在、核融合研究のトップを走る一角にいると考えられているのだ。2023年には「JT-60 SA」が1億度で100秒のプラズマ維持を達成した。これは技術的に大きな前進である。
アメリカでは、独自の戦略が展開されている。国際的な大型炉とは異なり、小型の商業核融合炉を開発するベンチャー企業が多数立ち上がっている。巨大テック企業の創業者であるビル・ゲイツ氏やジェフ・ベゾス氏なども巨額の投資を行っている。
アメリカの研究所では、レーザーを用いて投入エネルギーよりも発生エネルギーが多い状態を初めて実現した。これは画期的な成果と報道されたが、レーザーを作り出すエネルギーを含めるとまだ成功とは言えない。また、アメリカは過去に、磁場で閉じ込める方式(トカマク方式)の研究から手を引いており、現在進めるレーザー方式の研究は、核兵器開発のためのデータ取得という目的も一つにあったと指摘されている。
【中国の猛烈な追い上げ】国家戦略としての核融合開発
習近平政権の「科学技術強国」戦略
核融合は、AIや半導体と同様に、米中がしのぎを削る先端技術分野の一つである。特に中国が国家戦略として強力に推進しており、その開発ペースは凄まじい。
習近平政権は、科学技術で欧米に追いつく「科学技術強国」を掲げ、核融合を国家の戦略的需要として位置づけ、集中的に資源を投入している。中国は核融合に年間およそ2,300億円を公的予算として投じており、これはアメリカの約2倍に上る。
中国の強みは、中央政府が迅速に意思決定を行い、人や資金を投入する体制が整っているため、開発スピードが非常に速いことである。2023年1月には、国内の実験装置でプラズマ状態を17分以上維持し、時間の長さで世界記録を更新している。
中国は「人類史上初の核融合発電を成功させる可能性」を主張しており、大型実験装置の建設も進め、2年後の完成を予定している。この発言は単なる誇張ではなく、実際に中国の技術開発ペースは西側諸国を驚愕させるものであることを覚えておこう。
「100年の屈辱」と中国のエネルギー安全保障
中国が科学技術に力を注ぐ背景には、ヨーロッパや日本から支配を受けた「100年の屈辱」という歴史的経緯があり、再び世界の中心(中華)に戻りたいという強い思いがあると指摘されている。
中国はかつてソ連との対立で技術者が引き上げた経験から、外部に依存しない「自力更生」や「自立自強」(自分で立って自分で強くなる)というスローガンを掲げており、これはエネルギー安全保障の根幹にも通じている。
AI、半導体、ロボットといった現在中国が力を入れているすべての分野において電力(電気)が不可欠であり、核融合は化石燃料に依存しない安定的な巨大エネルギー源となり得る。
もし中国が核融合発電を先に実現すれば、国際的なパワーバランスが一気に変わり、圧倒的な技術力と電力源を持って他国を依存させることが可能になるという戦略的な狙いがあると見られている。これは単なるエネルギー問題ではなく、21世紀の覇権を左右する地政学的な問題なのである。
従来の原子力発電も同時並行で推進
中国は、核融合開発と並行して、核分裂を利用する従来の原子力発電所の建設も猛烈なペースで進めている。
中国では現在59基の原子炉が稼働可能で、34基が建設中であり、2030年までには発電容量が世界トップになる見込みである。中国は世界中のほとんどすべてのタイプの原子炉を導入・習得し、国産化を進めており、2050年までには大型原発400基分を持つ原発大国になる可能性がある。
これは、変動しやすい風力や太陽光のバックアップとして、安定的な電源である原子力が非常に重要だと中国が考えているためである。核融合が実用化されるまでの「つなぎ」として、従来型原発も最大限活用する戦略である。
【世界のエネルギー構造の大転換】ペトロステートからエレクトロステートへ
二つの陣営への分裂
国際エネルギー機関の元事務局長によると、世界はエネルギーの観点から二つの陣営に分かれつつある。
第一の陣営は「ペトロステート(Petrostate)」である。これは石油などの化石燃料に頼る国(例:アメリカ、ロシア、サウジアラビア)で、資源の輸出を通じて国際的な支配力を維持しようとしている。化石燃料の生産と輸出が国家の経済と政治力の基盤となっている国々である。
第二の陣営は「エレクトロステート(Electrostate)」である。これは脱化石燃料を進め、電気やクリーンエネルギーの使用を目指す国(例:中国、ヨーロッパ)である。電気自動車、再生可能エネルギー、そして将来的には核融合といった電力ベースの技術で国家の自立を図る戦略である。
中国と日本のエレクトロステート戦略
中国は、電気自動車や風力、太陽光、原子力、そして核融合の開発を強力に進め、「エレクトロステート」として、誰にも依存しない国の安全保障を確立しようとしている。化石燃料を輸入に頼る中国にとって、エネルギーの自給は国家存亡に関わる戦略課題なのである。
資源に乏しい日本や韓国も、化石燃料への依存を減らすため、中国やヨーロッパと同じく「エレクトロステート」の方向性で、クリーンエネルギーや核融合の開発を推進し、エネルギー安全保障を確保していくことが重要であると提言されている。
島国である日本は、エネルギー資源のほぼ全てを輸入に依存している。この脆弱性を解消し、真の独立を達成するためには、核融合のような革新的技術の実用化が不可欠である。
【まとめ】核融合を巡る国際競争の行方
今回取り上げた核融合技術は、人類が長年夢見てきた、資源が無限、かつ安全性の高いエネルギー源としての「太陽」を地上にもたらす挑戦である。その成功は、経済、安全保障、そして国際関係に計り知れない影響を与える可能性があることは言うまでもない。
現在、この分野で日本は世界トップレベルの技術力を持っているが、中国の猛烈な追い上げは脅威である。アメリカも民間企業を中心に独自の戦略を展開している。この三つ巴の競争が、2030年代から2050年代にかけてどのような結果をもたらすのか、世界が注目している。
この記事の後編では、イーロン・マスク氏が提唱する宇宙太陽光発電とAIデータセンター構想、そして地上発電と宇宙発電のコスト・効率比較、さらには複数の発電方式を組み合わせた総合的なエネルギー戦略について紹介する予定だ。
進化の壁として立ちはだかる電力問題の解決が急務であることは周知の事実だ。AI・テクノロジー関連に興味のある人であれば無視できないテーマなので、興味深く読んでもらえると思う。次回の記事もお楽しみに。
