誰もが恐怖する未知の「におい」への抗いがたい興味
みなさんは常日頃「カメムシのにおい」について、どんな思いを抱いているだろうか。私の答えはひとまず置いておくとして、たいていの人は「イヤだ」と思っているはず。むしろ「悪臭」の代表格といっても過言ではないのではないか。
たぶん少し、人並み以上には虫が大好きな私は、恥ずかしながら31歳になるまで、カメムシのにおいを嗅いだことがなかった。私を含め誰だって、カメムシと遭遇したならば、なるべく相手を刺激しないように振る舞い、室内であればそれはそれはご丁重に、細心の注意を払いご退去いただくものだろう。なので、「不慮の事故」的ににおいを嗅いでしまう、ということもなかった。ましてそれほどカメムシの多い環境に育ったわけでもない私だし、十分有り得る話だ。
けれどもそうした世間のみなさまの「におわせない」ための努力こそ、カメムシがいかにくさいかを表しているではありませんか。私だって、みなさんがくさいくさいと言うから、それはもう大変くさいものに違いないと、嗅いだこともないくせに忌避してきたのだ。そう、31歳になるまでは―
31歳のある頃、いつとはなしに思うようになった。
本当に、カメムシのにおいは悪臭なのだろうかと。
本当にくさいなら、どうくさいのか。どのくらいくさいのか。
「あえて言うならパクチーみたいなにおい」みたいな話も聞くけれど、パクチーが好きだと言う人は一定数いるというのに、カメムシのにおいが好きだと言う人を聞かないのはなぜなのだ。
カメムシのにおいとはいかなるものかと、いろいろな人に聞いてみた。聞くたびに、カメムシのにおいとは、どんなにおいなのか、ますます想像がつかなくなる。パクチーっぽいとかそうでもないとか、ブワッ!!とくるとか強烈だとかさまざまな意見があるが、誰もが「何といっていいのかわからない」「表現できない」においだと言う。
カメムシのにおいって、どんなにおい?
そんな疑問を浮かべながら、なんとなく、アパートの壁に張り付いてるカメムシの前をそそくさと通る日々を重ねていくうちに、私の好奇心は高まっていく。その一方で、くさすぎてぶっ倒れたらどうしよう。1度ぶっ倒れるとしばらく引き摺るのもめずらしくない、超ひよわで万年体調不良の私はそこそこ真剣にビビっていた。
私は葛藤した。
「カメムシのにおい、嗅いでみたいなあ」と何度つぶやいただろう。私のツレは、そのたびに「クセが強いのとか、みんながキライなのとか好きだから、意外といけるかもね」とちょっと背中を押してくれた。
そう、私はちっちゃなころからあまのじゃく。みんなが「やりたくない」って言うことをやっちゃうのが大好き。「私はやったよ」って言って、「エーッ」って言わせてみたいから。みんな私が「カメムシのにおい嗅いでみた」って言ったらどんな顔するだろう。わくわくが不安を超えたとき、肚は決まった。ある日、私はツレに申し出ることにした。
「へっぴりに屁こかせてよ。私、嗅ぎたい!」
※「へっぴり」とはツレの故郷において「カメムシ」を意味する方言である。
ついに「実食」ならぬ「実嗅」!!その驚愕の感想とは!?
我々はアパートの玄関を出た。晩夏のころであったので、だいたいいつもカメムシがいる。ツレはこともなげにカメムシを拾い上げ、手のひらに乗せた。まもなくツレが「来た!!くさい!!」と言いながら渋い顔をした。えっ、もうですか?いまいちよくわからないので、ツレの手のひらを嗅いでみた。
!!!!!
これは!!!!!
ただの『草のにおい』じゃねえか!!!!!
私の感想を聞いたツレは、「あー確かに。確かにそうだわ。」としみじみしていた。「いいにおい」と言うには、においの勢いが強烈すぎるかもしれないが、においそのものは「くさい」と思えるものではなかったのである。むしろ、クセになる…何回も何回も、ツレの手のひらに残されたにおいを、嗅ぎたくなる…。これは、好き…私、カメムシのにおい、好きだったんだ!
私は「におい」にはそれなりにこだわりがある人間である。キライなにおいもたくさんあるが、スキなにおいも、それはもうたくさんある。食べ物でもアロマでも、種類やブレンドにこまかく執着する。そんな数ある好きなにおいのカテゴリの中で、特に好きなもののひとつが「草系」なのである。さらに厳選するならば、春菊、せり、みつば、セロリ、パクチー、ウド、バジルにレモングラス…
おわかりいただけただろうか?カメムシのにおいが、この厳選された草系のにおいたちに名を連ね得る素質を持ったにおいであるということを。青々しく鼻を突き抜けるようなさわやかなにおい。それでいて、一癖ある…余韻を残すにおい。確かに、無理やり例えるならばパクチーになってしまうが、間違いなく別物である。
むしろ、私が思うに、いや、誰も思わないかもしれないけれども、パクチーよりもずっと、Kundalの「ライムバジル&マンダリン」に似ている。私はこのフレーバーのシャンプーを使ったことがあるが、こんなに草のにおいに包まれるシャンプーが、この世に他に存在するだろうか?と思うほど草を感じるにおいであった。それがたまらなく好きだった。カメムシのにおいを嗅いだときに、私はすぐに「ライムバジル&マンダリン」を思い出したのである。
カメムシのにおい…それは、彼らが危機をを感じたときの、乾坤一擲の必死の抵抗である。それゆえ非常に強烈であり、密閉容器内では放出している自らでさえ死に至らしめる。多くの人類にとって脅威であるのも当然である。だが、どうしたことか私にとっては、愛すべきグリーン系フレグランスの一種にラインナップされることになってしまったのだ。
怪奇!「こんなところにカメムシのにおい!?」の謎
私が初めてカメムシのにおいを嗅いでから、奇妙な現象が起きるようになった。時々、どう考えてもカメムシがいないのに、カメムシのにおいがするのである。外を歩いていて感じることはしばしばだが、それだけではない。たとえば、コップから。あるいは、レストランのメニューから。「え!?この人、カメムシのにおいの香水つけてる!?」と思うこともある。そんな香水があるなら教えてほしいのだけれども。
もちろん、カメムシの置き土産をにおっているだけという可能性は非常に高い。しかし、私の嗅覚はときどきかなり鋭敏である。そのことを考慮すると、カメムシのにおいを構成する成分をおぼえてしまい、それ以外のにおいに含まれる同一の成分を感じ取ってしまっているのではないかとも考えられる。
カメムシのにおいには「ヘキサナール」という物質が含まれており、これがあの青臭いにおいの原因物質のひとつであるそうだ。ヘキサナールは果物や野菜、大豆などにも含まれ、食品や香水の香料だけでなく、プラスチックやゴム、接着剤といった製品の原料としても用いられているらしい。もしかすると、工業用途としてヘキサナールが使われた製品のにおいに、カメムシを感じているのかもしれない…さすがに、考えすぎかもしれないが…そうとも言い切れないと、経験的に思うのである。ただ、思いもよらぬ場面でにおってくると、いくらカメムシのにおいが好きでも、少し驚くというか、「えー」と思う。いつでもウエルカムというわけでもないようだ。そういうものなのだなあ…
食わず嫌いは損なので―その先に続く、新たな挑戦とは
ここ数年の私の生活のテーマのひとつは「食わず嫌いを食ってみる」である。何も食べ物の話にかぎらず、勝手に「私の趣味じゃない」と思い込んで避けていたことをやってみようじゃないかということである。そうやっていろんなことをやってみると、楽しいことや好きなことが増えることもある。もちろん、やっぱり趣味じゃないなと思うことはあるけれども、新しい「好き」を見逃すのは、個人的には損である。この世界は、そうやって楽しんだほうがいいみたいだと、年齢を重ねるうちに思うようになったのだ。
そもそも、私は、リターンが保証されていなかったとしても、リスクを冒してでも挑戦したいタイプなのである。むしろ、リスクを冒すことそのものを楽しんでさえいる。「ロマンティックあげるよ」の歌詞の世界観である。苦痛の果てに何も得られなかったとしても、それが私の武勇伝になればいいのです。冒頭のあまのじゃくマインドである。
さて、「食わず嫌いならぬ嗅がず嫌い」に焦点を当ててみる。今度は何を嗅いでみようか。いま企てているのは、カメムシの種類の違いによるにおいの違いを嗅いでみようという試みである。というのも、私はカメムシの種類に詳しくないのだが、少し前に出会った「茶色くてちょっと細いカメムシ」のにおいが、明らかに初めて嗅いだ「緑のカメムシ」のにおいと違ったのである!
カメムシという虫は、そこらにいるものだけでも意外に種類が多い。だいたい、私はそこらじゅうにいる「茶色いけど細長くないカメムシ」のほうのにおいさえちゃんと嗅いだことがない有様だ。記事を書いているのはまだ1月、真冬である。今年、また、暖かくなったら…できるだけたくさんのカメムシのにおいを嗅いでみたいと思う。何なら、カメムシの種類が見てすぐにわかるようになりたい。その調査結果に関しても、改めて記事を書くことができれば幸いである。
ところで、だんだんあなたも、カメムシを嗅ぎたくなってきましたね?今こそ、くさいと思い込んでいたにおいを再評価してみようではありませんか。「言われてみれば、なるほどこれは草だなあ」そう思ってくださる方も、きっと、きっとどこかにいるはず。「何気に嗅いだことなかったからカメムシのところで、だんだんあなたも、カメムシを嗅ぎたくなってきましたね?今こそ、くさいと思い込んでいたにおいを再評価してみようではありませんか。「言われてみれば、なるほどこれは草だなあ」そう思ってくださる方も、きっと、きっとどこかにいるはず。「何気に嗅いだことなかったからカメムシのにおい嗅いでみたら〇〇だった」なんて、どう転んでも、良い話のタネになるじゃありませんか。
