母と息子のエピソード

*息子の自慢話、親ばか日記第一章

私には、大学3年生の息子がいます。私は母子家庭で父親からは、養育費も慰謝料も貰わずに私の母の助けを借りながら一人で息子を育てました。そんな自慢の息子とのエピソードを、投稿します。

1.息子が3才の時です。私は自転車の後ろに息子を乗せて保育園まで送り迎えをしていました。そしてその後、職場に向かいます。私の地区はとても坂が多く、毎日へとへとでした。そんなある時です。いつものように、保育園の帰り道、必死で自転車をこいでいました。疲れてきたので私は後ろの息子に言いました。端に自転車を止めて、「ごめんね、お母さんちょっと疲れたから休ませてね」そしてその時息子から返ってきた一言です。「お母さん、疲れた時は休んでいいんだよ。無理しないでね」涙が出そうな一言でした。

2.ある役員会の集まりの時でした。近所のラーメン屋で子供達も一緒に集まりました。みんなで話していたら私の息子だけいない。何処に行ったんだろうと店の中を見回していたら、カウンターの方から笑い声がしたのでそっちを見ると、カウンターで知らないおじさんと、おばさんにはさまれて焼き芋を食べていました。その後戻ってきたので、息子に聞きました。「楽しそうだったけど、何を話していたの?」息子「お母さん、何才?って聞かれた」(この時、高齢出産の私は43歳)私、(何って答えたの?」息子「18歳」みんなで大笑いでした。

3.私は息子が保育園の時から中学校を卒業するまで11年間PTA役員をしていました。小学校の時は2年間。副会長をしていました。そんなある時です。先生との面談の時に先生に「お母さん、これ見てください」と息子が書いた作文を見せられました。学校からの指定の題名は、(学校で一番落ち着く場所は?)でした。息子は(PTA会議室と書いていました。(「私は夜行われる役員会によく息子同伴で行ってました。資料作りの時とかにはホッチキス止めを手伝わさせたりもしました。)先生に、「他の子はみんな、図書室とか図工室とか書いているけどPTA会議室と書いたのは○○君が初めてです。素晴らしいですと褒めてもらいました。、してきた事が無駄ではなかったと、とても嬉しく感じたのを今でも思い出します。

4.小学校5年生の時、息子がお友達と映画に行っていい?と言うので、いいけどどうやっていくの?と聞きました。一人の友達のお母さんが車に乗せて行ってくれるというので、「ちゃんとお礼いいなさいよ」と言って送り出しました。お友達5人で出かけていきました。息子が帰ってくると、お友達のお母さんから連絡が来ました。お礼を言うと、そのママ友から「私、○○君にときめいちゃったわ」と言われたので、「あんた、何したの?」と聞くと、当然だけど「何もしてないよ」と言います。それでお友達のお母さんに「うちの子何したの?」と聞きました。そしたら映画館に入る時、みんな我先に入る中、うちの子だけドアを開けて、そのお母さんが入るまで、ドアを抑えてあげていたそうで、映画を見終わった後に、子供達をお茶しに連れて行ってくれて、その時も店に入る時、ドアを開けて入った後も席に行くと、奥のソファ席にそのお母さんを座らせてから自分は手前に座ったらしい。そのお母さん曰く、「旦那にも、そんなことされたことないよ。教えてるの?」(特に教えたことはなかったけど、私が息子が小さな時から教えたのは、(女性はいくつになってもお姫様。お姫様扱いしなさい。気持ち悪くない程度に、自然にね。)でした。それを地でいった息子を褒めました。

そして息子に言いました。「大人になってもその優しさを忘れないで、彼女や奥さんを大事にするんだよ、」と、そんな息子ももう大人です。まだ奥さんはいませんが、(彼女は?)優しい大人になっていると信じます                (2章につづく)

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まりあ 如月

私は数年前に倒れ、高次脳機能障害となりました。独身ですが、大学生の息子が一人います。趣味は、旅行、温泉、カラオケ、ダンス、映画、韓ドラ鑑賞、読書、写真、ビリヤード、川柳、子供関係のボランティアと多趣味です。特技は、文章を書くこと、人前で話すこと(司会、挨拶等) 趣味や、経験した楽しいお話、また皆様に聞いて頂きたいお話を、物語風に作成しました。是非覗いて下さいね。

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