令和のこの時代にシール集めが流行っているらしい。流行りに疎い私でもボンボンドロップシールという、ちょっとぷっくりとした厚みがあるシールが特に人気だという事も耳にしている。ボンボンドロップシールはもう遅い、今はおしりシールが熱い!との声も聞くがなんだかんだどちらも並行して流行っているなと、流行に乗っていないのにそう思っている。今はシール集めブームに乗っていないものの、平成キッズだった私は子供のころにはシール集めに走り回っていた。シールを集めるのが好きだったというのではなく、シールを集めや交換の空気に乗らないと交流の土台にも入らせてもらえない気がしていたからだ。あの頃は自分が好きで行っている物事じゃなくても、会話や交流の流れ的にやっておいた方が仲間に入れてもらえるのではないかと考えていた。それでもシール集めと並行して行うシール帳選びは自分の好みを選んでいた気がする。あの頃の私はデニム生地風の絵柄が好きでシール帳もデニム生地風だった。あと、何かにつけてラメ加工を入れるのが流行っていたようななかったような。キュービィロップのようなタイルの形のシールも流行っていたな。ギャルっぽい趣味の子はなにかとハイビスカスを添えていた。ギャルが活躍する漫画もあの時あったしね。ボンボンドロップシールという名前ではないものの、ぷっくりしたシール自体はあの頃にあったな。厚みのあるシールのおかげでシール帳は元の質量よりもゴツゴツに膨らんでいたなと覚えている。
シール帳だけでなくシールも私が好むものを並べているのは、自分が楽しむだけでよければそれでよかった。しかしコミュニケーションを取るためにシール交換という文化がある。交換するとなると私の好みではなく相手の好みを考慮しなければならない。…ならないのだが私はまだお小遣いを貰えていなかった頃の話になるので、1つ1つ親に申告して買わなければならなかった。そのため買ってもらおうとしても親がNGを出してしまうと購入することができない。お小遣いをもらっている子よりは選べる猶予も手に入るかどうかも運次第であったのだった。そのためどうしても自分の好みのシールを購入してしまう。そのシールが交換に応じてくれる友人の好みに合えばいいのだが、正直言って誰のお眼鏡にも叶うことはなかった。あの頃からダイソーも地方に出店してきて安価で購入できるシールも増えていたが、皆100円のシールと分かるからだろうか交換してほしいという人はいなかった。
そんな皆のセンスと合致しない私であったが、皆が殺到するシールを手に入れることになる。ある日私がシール集めをしていると聞いた叔母と一緒に近所の書店に行くことがあり、その場で購入してくれたシールがあった。それは私にとってそのシールはそんなに好みではなかったのだが、折角買ってくれたのもあって何となく貼りだしてみた。そうしたらそのシールを欲しいという声が何人も殺到したのだった。私は驚いたが、同時に叔母のセンスの良さにかっこいいと思ってしまった。今後は叔母のセンスに習って購入すればいいはずなのに、結局は自分の好みでその後もシールを選び続けていた。ここで機転が利かないのも自分らしさだなと思ったりする。そのためあの時の私は周りの子の好みがわからず仕舞いであった。だけど今シールを集めて交換している子もあの頃の私のように悩んでいるのかもしれないなと、思い出に馳せるのであった。
