ある日本のテレビの特番にスペシャルゲストとして登場した、かつて長嶋茂雄さんに「ヘイ、カール!」と呼びかけられた伝説でも知られる男=カール・ルイス。
という、偶然録画されていた、かなり昔のビデオを、けっこう前になんとなく見ていると、司会を務めていた楠田枝里子さんから、衝撃のひとことが。
「さあ、それではここで、カール・ルイスさんに、歌っていただきましょう!」
………ハァ??!
頭の中で『カール・ルイス』と『歌』が、どうしてもうまく結びつかない。
カール・ルイスといえば、映画『キャノンボール3』にも出ていた。
本人として登場し、しかも走っていたので、まぁ、不自然なところはなかった。
しかし、歌かぁ……。
う〜む……。
と言いつつ、実は《何だか知らないけど歌出しちゃった人たち》は、けっこうな数、存在している。
案外というかやはりというか、それはスポーツ、殊にプロ野球の世界に多い(プロレスの世界にも、もはや伝説と化している藤波辰爾さんの「マッチョ・ドラゴン」や、全体的に不協和音に支配されているダンプ松本さんのミニアルバム『極悪』などがあるが、それはまた別の機会に…)。
長嶋さんの盟友かつライバルでも知られる王貞治さんは現役時代、あの”世界のトミタ“こと冨田勲さんの作曲、そしてアイドル女優の本間千代子さんとのデュエットで「白いボール」という楽曲を残しており、このシングルは王さんがホームラン世界記録を達成した際、再発売されたほど(いわゆる「あやかり商法」ですね…)。
そしてまた長嶋さんも、現役引退後、平成に入ってからではあったが、ZARD、WANDS…といったビーイング系のアーティストたちが共演した「果てしない夢を」という楽曲に特別参加する形で、ひとふし、ノドを披露されている。この「果てしない夢を」は、ZARDのベスト盤などで聴くことができるので、既におなじみ、という方も少なくないことだろう。
他のプロ野球選手はというと、どちらかというと演歌系の歌を出すケースが比較的多かった。そんな中での珍しいケースとしては、さだまさしさんと親交があり、その縁もあってさださんの名曲「主人公」をカバーし、オリコンチャートで100位近くまで上昇した実績をもつ、後に楽天イーグルスの初代監督も務めた田尾安志さんなどの例が挙げられる。
で、他には……というと、冒頭挙げたカール・ルイスに近いといえば近いのだが、いわゆる「助っ人外国人選手」が歌を出してしまうケース、これが非常に多い。
巨人(当時。以下同じ)のクロマティは、確かドラムを叩きながら歌うという、ワイルド・ワンズというかC-C-B・スタイルで。
ロッテのリー兄弟は、当時映画などで世界的に人気のあった”ブルース・ブラザーズ“にあやかって”リー・ブラザーズ“と名乗り「ベースボール・ブギ」なる、あまり考えていないタイプの楽曲をリリース。
クロマティもリー兄弟も、一応、歌詞は英語であった。
一方、阪神のオマリー選手は、そのウロ覚えの歌詞といい、思わず絶句する歌唱力(というか、音感)のなさといい、はじめから乗って歌うという気が感じられないリズム感のなさといい、もはやレジェンドの域に達している「オマリーの六甲おろし」をリリースし、全阪神ファンをコケさせつつも、それ以上に愛された。
もしかすると、これまでに世に出たすべての「六甲おろし」の中で、最も広く愛されているバージョンが、これかもしれない。
「歌うアスリート」、というとカッコいいことこの上ないが、まぁ、やはり大抵は「よせばいいのに」という結果に終わっている。
そんな中で、数少ない例外。
それは、お相撲さんの世界にけっこういたのであった。
とりわけ、増位山太志郎さんは、甘い歌声と必要以上にコロコロまわるこぶしで多くの女心をとろけさせ、現役時代から「そんな夕子にほれました」「そんな女のひとりごと」「そんなナイト・パブ」などの、いわば『そんな』シリーズなどを連続ヒットさせ、《史上最強の歌うお相撲さん》として広く知られていた。
相撲の世界での活動にひと区切りをつけた少し前から、再び歌手としての活動を活発化させていた矢先の急逝が惜しまれるが、小堺一機さん・関根勤さんの”コサキン“により「小スケベ声(こすけべごえ)」と命名された、そのスウィート・ボイスは永遠である。
