1.はじめに
私の母は統合失調症を患っています。小学校低学年の頃から母は陽性症状に苦しみ、何もないところに向かって暴言を吐いたり家の物を壊したりしていました。それが統合失調症だと知ったのは小学校の高学年ぐらいでしたが、以来その光景はトラウマとなり、自分も精神障害を抱えたことによってより統合失調症について学問的な興味が湧き始めました。その興味が確かなものとなったのは大学四年生の時に受けた臨床心理学の授業の時で、毎週出るレポートのために図書館へ通い文系ながら医学書を読み漁っていました。
そこで、自分が専門としていた歴史と統合失調症の繋がりについて興味を持ったのです。別のサイトで軽く歴史上の統合失調症観について論じたため、今回は美術史から、「ひまわり」などで有名なゴッホを取り上げつつ統合失調症について見ていきたいと思います。
2.ゴッホと精神疾患
フィンセント・ファン・ゴッホは、精神疾患を抱えていた画家の一人です。彼はポスト印象派として知られ、死後評価を大きく受けた画家として有名です。
そんな彼の有名な事件として挙げられるのが、自身で耳を切り落としてしまったというものです。弟のテオと共にパリに住んでいたものの、アルルという街に移り住みます。そこでは同じく画家であるゴーギャンと共に共同生活を送るのですが、価値観が合わずゴーギャンとは別れてしまいます。そのすぐ後、ゴッホは自分の左の耳たぶを切り落としてしまいます。
何故彼は自分の耳を切り落とすなどという奇行に走ったのかはまだ謎のままです。しかし、ゴッホは当時てんかんを患っていたとされています。そのてんかんは、今では現代における何らかの精神障害であるとされています。有力な説は、双極性障害か統合失調症の二つです。

彼は生前画家として評価されませんでした。そのため、弟のテオからの仕送りなどでの苦しい生活を送っていました。結局その事件の後、病院に収容され、拳銃自殺で短い生涯に幕を閉じます。
ゴッホはよく発作を起こしていたといいます。ドイツの精神医カール・ヤスパースは、この発作を起こしながらも絵を描いている姿を見て、彼の病は統合失調症ではないかと語っています。また、彼の哲学において、人間は限界状況に置かれた時に初めて自己の存在に目覚めるとされており、ゴッホはこの限界状況に置かれていたからこそ自己を表すものとして絵画を描いたといいます。確かに、ゴッホは精神的にも肉体的にも苦しい状況に置かれていたでしょう。その結果である絵画は、より複雑なものとしてゴッホなりの進化を遂げていったのでしょう。「狂気の画家」とされているゴッホですが、その「狂気」は統合失調症からゴッホはよく発作を起こしていたといいます。ドイツの精神医カール・ヤスパースは、この発作を起こしながらも絵を描いている姿を見て、彼の病は統合失調症ではないかと語っています。また、彼の哲学において、人間は限界状況に置かれた時に初めて自己の存在に目覚めるとされており、ゴッホはこの限界状況に置かれていたからこそ自己を表すものとして絵画を描いたといいます。確かに、ゴッホは精神的にも肉体的にも苦しい状況に置かれていたでしょう。その結果である絵画は、より複雑なものとしてゴッホなりの進化を遂げていったのでしょう。「狂気の画家」とされているゴッホですが、その「狂気」は統合失調症から来るもので皮肉にも彼を苦しめていたその病こそが彼の芸術を更なる高みへと押し上げたのです。
3.狂気と統合失調症の概念について
現代医学では、統合失調症の陽性症状である妄想や幻覚、幻聴を狂気だと言う人は少ないでしょう。ですが、それは現代の話で昔となるとまた違ってきます。
そもそも、統合失調症の原型となる「早発痴呆」は1899年にドイツのクレベリンによって提案されました。その後、19世紀後半から20世紀前半にかけて精神医学が発達していきます。そこで「精神の分裂」という翻訳から分裂病となり、現代の統合失調症へと繋がっていきます。
それ以前の精神医学が今ほど発達していなかった時代では、前述したゴッホの例のように精神障碍者は狂気などという言葉で片付けられてきました。しかし、その狂気は決して悪いものを生むだけではありませんでした。ゴッホのように、その「狂気」によって彼の芸術は高みへと昇華しました。ミシェル・フーコーはこの狂気を社会的規範から逸れたもので、極めて異常な何かとしました。ただ、その狂気は歴史上において、時がたち精神医学が発達するにつれて排除すべきものだとして捉えられてきました。実際、狂気という概念については古代ギリシャではinsomniaという言葉で記述がありました。そして、フーコーは社会的逸脱はネガティブなものではなく、宗教や絵画での表現など、狂気をポジティブなものとして扱います。実際、統合失調症だとされる著名人でも、画家や学者はかなり多いです。また、宗教における預言や神託といったものも、現代における幻聴や幻覚などとしてあてはめられます。フーコーはこの狂気について、現代ではこのポジティブな面の狂気を精神医学が悪いものとして捉えて無くすべきものだと考えていることに対して批判をしています。
そのフーコーの批判が正しいものかはさておき、現代では”治療すべきもの”だとされています。我々も、何か困ったことがあって心療内科や精神科に行って、何かしらの診断がされ、薬が出されます。それを治すことを目標として病院に通い、苦しんでいる人も多いでしょう。しかし、歴史上ではそのような「精神医学」が発達していなかったからこそ、狂気というものは様々な作品や結果を生んでいたのです。
4.終わりに
さて、ゴッホの例を取り上げて統合失調症、そして狂気について見てきました。私も、幼い頃の影響で統合失調症についてはあまり良いイメージを持っていませんでした。しかし、歴史上においては必ず悪いものとして捉えられていたとは限りません。そもそも、現代の精神医学を歴史における狂気にあてはめてはいけないという意見もあります。例えば、私は大学でジャンヌ・ダルクについて卒論を書いたのですが、その際に読んだ論文では、ジャンヌが聞いた「フランスを救え」という神託は今で言えば幻聴や幻覚ではありますが、ジャンヌが統合失調症であったかどうかはわからないし、中世という時代の概念にあてはめるにはナンセンスだというのです。その意見に対して私は賛同です。確かに現代の感覚からしてみれば、統合失調症なのではないかと思うような記述も残っています。しかし、宗教というものが現代日本より生活に根付いていた時代、その宗教を科学的に否定しようとは思いません。
ゴッホがあれだけ素晴らしい芸術を生み出せたのは、この狂気が原因でした。そのせいで彼は死んでしまったのかもしれませんが、今となっては誰もが知っている芸術家です。精神障害を背負うことによってつらく、苦しい道のりを歩むことは確かです。ですが、その中でも何か良い面を切り取ろうとすることは大事なのではないかと思います。治していくためにも、病気と向き合うことは大事です。先ほど挙げたように必ず良い面があるとは限りませんが、ポジティブに捉えるというのは今までの私には考えられなかったことで、これから必要になってくるのかもしれません。
5.参考サイト
- 「ゴッホの精神疾患と創作活動の関連性――「狂気の画家」像の再考」, M&C編集部, https://mc-jpn.com/archives/29606
- 「テーマ3: 精神分裂病から統合失調症へ―疾病モデルと用語の変遷」, 日本精神神経学会, https://www.jspn.or.jp/modules/advocacy/index.php?content_id=6
