ウマ娘をやっていると当時の実馬のレースを見返すことがありますが、競馬には必ず騎手がいます。馬の力7:騎手が3なんて言われる事もあるけど、もっと騎手の割合が大きいんじゃないか?と自分は感じています。
今回は自分が好きな元騎手、的場均(まとばひとし)騎手について書いていきます。(騎乗した馬も出てきますよ~♪)
騎手 的場 均
・1975年に騎手デビュー。若手の頃より頭角を現し、関東所属の上位騎手として定着。
・馬に優しく、ステッキ(鞭)をあまり使わない騎手として有名だった。
・ステッキで叩く事ははあまりなかったが、馬の耳元の近くでステッキを振って音を聞かせていた。(馬からしたらどっちが嫌なんだろう?なおステッキはGO!の合図で痛くはないらしいです。)
・若い馬にはレースを教え込む騎手だった!時にはレースを教える騎乗依頼が来る事も。
・勝ちにこだわるレースには徹底していた!
・的場騎手の騎乗は目標とした相手を徹底的にマークするという騎乗!
・レースに勝ってもウィニングランはしない事でも有名な騎手だった!
・それは一生懸命レースを走った馬を早く休ませてあげたいという気持ちからくるものだった。
武豊騎手とよく競う事になる!(私のイメージ)
・ライスシャワーの主戦騎手となった的場騎手。ライスシャワーは牡馬(ぼば・オス)としては小柄な黒毛の馬だった。(440kg前後)
・同期に無敗でクラシック3冠が目前のミホノブルボンを菊花賞にてレコードで破る!
・明け4歳ではGⅠでは最長距離の(芝:3200m)天皇賞(春)を目標にする
・そこには天皇賞(春)の3連覇がかかっているメジロマックイーンと、自身5連覇がかかっている武豊騎手が!
・天皇賞(春)でメジロマックイーンに勝つ為には?と、厳しい調教がライスシャワーに課せられる!
・その調教は周りから見てもライスシャワーが先に壊れるのでは?と言われたほど過酷だった!
・レース前、その馬体は的場騎手いわく「下手に手を出したら噛み千切られるのでは?」という程だったとのこと!
・レースはマックイーンが珍しくかかって(抑えが利かない状態)前に行こうとする
・的場騎手は少し離れた間隔でマークし、ライスシャワーもそれに答える様に着いて行く!
・落ち着きを取り戻したマックイーンの1つ外を「マックイーンに見える様に走る黒い馬体」
・これは的場騎手の作戦で常に馬体を見せてマックイーンにプレッシャーをかけていくというもの。
・※馬の視界は広く、真後ろと正面手前以外はほぼ見える。
・最終直線、メジロマックイーンに着いて来れたのはメジロパーマーとライスシャワーの2頭だけだった。
・しかし一気に抜き去ったのは的場騎手の騎乗するライスシャワー!
・勝ちタイムは菊花賞に続いてまたしてもレコードだった。
・ライスシャワーは的場騎手と組んで、これでGⅠ2勝目!レコード勝ちも2度目となった!
的場騎手がグラスワンダーを選んだ理由!?
・1997年、的場騎手と武豊騎手に後にレースで競う事になる馬が来る!
・2歳時、2頭の馬がに噂になる!後に対決するグラスワンダーとスペシャルウィークである。
・的場騎手が主戦騎手となるグラスワンダーと武豊騎手が主戦騎手となるスペシャルウィークである!
・的場騎手は調教で跨った時点では特に何も感じなかったが、実際に走らせてみて「モノが違う!」と感じたと言う!
・※面白話!あまりに何事にも動じないグラスワンダーはゲートに入ってもおっとり!的場騎手は本当に走ってくれるのか?と思う程だったとか♪(´▽`)
・新馬戦から的場騎手と栗毛の馬体、グラスワンダーは勝ち続けていた!
・あまりの強さに「マルゼンスキーの再来!」とまで言われた。
・※マルゼンスキー:1976年にデビュー!8戦8勝、合計着差は61馬身もの差をつけた怪物だった。
・2歳馬のGⅠ、朝日杯フィーチャリティーステークス(芝・1600m)にて、新馬戦からステッキを使わずとも快勝して来た的場騎手だが、流石GⅠレース!無敗の馬も複数頭いるなか、初めてステッキを使用し2着馬に2馬身半の快勝!グラスワンダーは2歳馬最強に!(当時はまだホープフルステークスはGⅠではなかった。)
・競馬には※顕彰馬(けんしょうば)という制度があるが、2歳で初めて票が入ったのが後にも先にもグラスワンダーだけだった。
・※顕彰馬とは、中央競馬の発展に多大な貢献のあった競走馬の功績を讃え、後世まで顕彰していくために日本中央競馬会30周年記念事業(昭和59年)の一環として制度を発足し1984年に制定されたものである。顕彰競走馬は「殿堂入り」に相当する。(WiKiより)
・朝日杯後にグラスワンダーには骨折が見つかり放牧に出される。
・その間にもう一頭、的場騎手はエルコンドルパサーという外国産馬に騎乗し、グラスワンダー同様負けなしだった。
・グラスワンダーの復帰戦が「スーパーGⅡ」と言われる毎日王冠(芝・1800m)に決まる!
・しかしここで的場騎手に問題が?グラスワンダーとエルコンドルパサーが出走することになる!
・好調なエルコンドルパサーと大逃げで覚醒し連勝中のサイレンススズカ(騎手:武豊)がいた!
・調子の上がらないグラスワンダー陣営からはエルコンドルパサーの方へ騎乗してもと言われるが…。
・しかし的場騎手が選んだのはグラスワンダーだった!的場騎手いわく、エルコンドルパサーは、もう自分の手を離れてもも大丈夫!とのことだった。
・しかしこのスーパーGⅡ、毎日王冠を勝ったのはサイレンススズカだった!武豊騎手は後ろを確認する余裕も。
・復帰戦で調子の上がらないグラスワンダー(5着)・好調なエルコンドルパサー(2着)に影も踏ませない程の圧勝劇だった!
それでも武豊騎手との対決が熱かった!
・グラスワンダー5歳にて世代、そして年度最強馬が初対決する!
・宝塚記念に的場騎手率いるグラスワンダーと、そう武豊騎手騎乗のスペシャルウィークである!やっとこの2頭がレースで対決する日が来る!
・※3歳時はグラスワンダーが外国産馬という事で、相まみえる事がありませんでした。4歳時グラスワンダーには原因不明の症状があり、本調子のレースはない中、有馬記念を制す!
・話は宝塚記念に戻って、的場騎手とグラスワンダーを気にしていた武豊騎手は、宝塚記念のレース中にグラスワンダーを探すシーンも!! YouTube 1999年 宝塚記念 で見る事が出来ます。お薦めです♪
・的場騎手はグラスワンダーとスペシャルウィークの後ろに陣取り、しっかりマーク!
・4コーナーより少し前に仕掛けた武豊騎手とスペシャルウィークを4コーナーから1つ外を上がっていくグラスワンダー!
・最終直線で並ぶことなくスペシャルウィークを抜いて行く!
・的場騎手の騎乗が上手く噛み合い、3馬身差もの圧勝劇だった!しかし2着のスペシャルウィークの後ろ、3着馬には更に7馬身もの差があった!
スペシャルウィークの引退レース(有馬記念)にて二度目の対決!
・同年の有馬記念にてスペシャルウィークの引退が決まり、両馬と両騎手での最後の対決となる
・的場騎手いわく、宝塚記念で自分がとった作戦を武豊騎手がやってくると考えていた。
・有馬記念でのグラスワンダーの馬体重が二桁増という事態に場内がざわめく!(5歳馬で二桁増は相当キツイ)
・有馬記念のゲートが空くと的場騎手の想定通り武豊騎手はグラスワンダーの後ろ着く!
・普段なら最後尾辺りは走らない的場騎手だが、あえて最後尾近くを走らせる!
・武豊騎手も最後尾でずっと的場騎手とグラスワンダーをマーク!
・この年の皐月賞馬、「※テイエムオペラオー」がいるも、お互い相手のみを見ながらのレース!
・ゴールまでの感覚は異常な程に感じられる二人の騎手!
・先に仕掛けたのは的場騎手!これ以上後ろいては「1着」が取れない!と動く。
・ほぼ同時に武豊騎手も追う様に動き、グラスワンダーより1つ外に出す!
・後方から両馬がまとめて前の馬をかわして上がって行く。両馬の速さが圧巻だった!
・なだれ込む様にゴールを駆け抜ける!しかしこの二頭だけ少し抜けていた!
・YouTube 1999年 有馬記念 でレースが見れます。もちろんお薦めです♪
※ テイエムオペラオーは明けの4歳、2000年に出走したGⅠレースに全て勝利している!またの名を「世紀末覇王」と呼ばれている。
決着は僅か7cm差
・審議のランプが点く!3着から5着は直ぐに決定するが・・・1着と2着の順位を待つことに。
・的場騎手は相変わらず何事もなかった様に他の馬と同様、普通に戻ってくる。
・その頃勝ちを確信していた武豊騎手はスペシャルウィークとウィニングランをしていた!
・長い審議の結果、掲示板に点滅したのは・・・「1着7番、2着3番!!!」
・7番はグラスワンダーの馬番だった!審議の結果、ゴール板のところで両馬の首の上げ下げの僅か7cmの差だった!
・二桁増の馬体重が懸念されたグラスワンダーだったが、2年連続の有馬記念制覇となった。
・なお宝塚記念・有馬記念を制するとグランプリホースと呼ばれる。この記録は無敗のクラシック3冠馬、シンボリルドルフ以来の事だった。
順位が決してからの的場騎手
・勝利ジョッキーインタビューでの的場騎手。
・ゴールに入った時には交わされたのではないかな?と首をかしげながら答える。
・結果が出るまで厩舎の人と、スペシャルウィークに差されちゃったじゃないかなぁと?
・4コーナーでツルマルツヨシ(鞍上・藤田騎手)の動きが良く、早めに追う事になったと。(最後尾近くなのに分かるのね)
・そして無事にレースを終われたことと、レース前の人気投票で最終的に1番人気だった事にも感謝を述べた。
騎手 的場均としての記録!
・なんらかの記録が懸かった馬を破る例が多かったことから「ヒットマン」などとも称され、2001年2月に騎手を引退。騎手通算成績は12387戦1454勝(うちJRA12309戦1440勝)、GI競走13勝を含む重賞68勝。 (Wikiより)
