①私は、近所のスーパーで働いていました(すみません、何度もお伝えしていますね)自転車で通っていました。そして、家までの道のりを必死で漕いでいました。(坂道が多いので必死です)前から小さな男の子が自転車を走らせていました。よたよたしているので、危ないなと思っていると、近づいてきて、びっくりしました。息子でした。近所といっても、大人でも、自転車で10分はかかる距離でした。まだ3歳位の時でやっと自転車に乗れるようになったばっかりの時でした。しかも補助輪付きでした。あわてて息子の元に行き「どうしたの?」と聞くと「お母さんを迎えに来た」と、なんとも可愛らしい息子です。これぞ親ばかです。家に帰ってから、一緒に住んでいる祖母に、「何故一人で行かせたの?」と責めてしまいました。「駄目だと行ったけど、行くと行ってきかなかったそうです。その後一人で来たら駄目だよと言い聞かせました。その後なかったので理解はしてくれたようです。

②諸小学校5年生の時です。まだ一緒に寝ていた私と息子は寝坊しました。私はたまたま休みだったので、急いで支度をし、朝ごはんを食べさせて家を出ました。間に合わないので車で送っていきました。正門に着き、息子を降ろすと、誰かが2人、息子に近づくと、息子のカバンとバッグを持ちました。よくみると、息子と仲が良くてよく遊んでいた男の子達でした。帰ってきてから、「あの子達、何で来たの?」と聞きました。そしたら、「俺の事が心配で迎えに来てくれたとの事。なんとも優しいお友達でした。


③小学校の前に看板が立っていました。ある時一人のやんちゃな男の子がその看板を蹴飛ばして壊しました。たまたまそれを見ていた息子が注意しました。その様子を見ていた男の子が2人いました。地域の人でもそれを見ていた人がいて学校に通報しました。次の日、学校で誰がやったんだと聞かれ、その場にいた奴は全員職員室に来いと言われたそうです。もちろん息子も行きました。すると、壊した本人が、「夏樹(仮名)がやったと言って息子のせいにしたそうです。でも、他の子ども達が「違う!」と全力で庇ってくれたそうです。いいお友達がたくさんいて、いいねと思った母でした。
④小さい時、息子がよく言ってくれた事、「お母さん大好き!だってお母さん可愛いから」(けして可愛くない笑)


とても嬉しかったのを懐かしく思い出します。。
⑤小さい頃、よく小学校で家族への手紙を書かされる。「お母さん、いつも、色々な所に連れて行ってくれてありがとう。面白いお話をして笑わせてくれてありがとう。お友達にも優しくしてくれてありがとう。「おばあちゃん、いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう。」それを読んでおばちゃんが一言「いっそおばあちゃんはご飯のことしかないの?」確かにと思った母です。何度か書かされた家族への手紙。うちは、食事を作るのは、料理上手なおばちゃんでした。なので息子にとっては、母の味ではなくて、おばあちゃんの味だったようです。それはそれで淋しさを感じて、もっと色々作って上げれば良かったと後悔しています。それでも得意料理はあるし、夜ご飯はおばあちゃんに任せっきりにしてしまっていたのでお弁当は、病気になる前は、気合入れて作っていました。ある時、息子に言われました。「友達に「夏樹(仮名)のお弁当、冷食でなくていいなあ、いつも美味しそうと言われたと、とても嬉しかったです。<でも子供ってすごいなと思います。見ただけで、冷食かそうでないか、分かるようです。ちなみに、得意のお弁当は、ロコモコ丼とロールキャベツでした。ロールキャベツを持って行かせた時には先生にすごいねと言われたとというので、(でも実は、ロールキャベツは出来合いを買ってきてスープを作っただけでした。息子もそれを知っていたので、それを先生に言った?と聞きました。息子が一言「言ってないよ。全部お母さんが作ったって言った」逆に恥ずかしかったです。息子が高校生になり、私が病気になって入院してからは、お弁当もおばあちゃんが作ってくれました。仕方がなかったとはいえ、心残りです。そしてある時、前日の夕食に大好きなうなぎのかば焼きを食べ次の日それの余りを持って行ったそうです。そしたら、クラスメイトに凄いと言われ高校でもお弁当が有名になった息子でした。
その他にも、得意料理があります。例えば”たらこクリームパスタ”です。これは息子から、「お母さんの作ったたらこスパゲッティ、お店のより美味しいと言われて、すごい嬉しかったです。後、息子からお母さんの作ったのが一番美味しいと言ってもらったのは、卵焼きです。私の作る甘い卵焼きが好きだったようです。


今は大学生で、家を離れてしまったので、食生活が心配です。そして、うちの食卓に息子の大好物があがると、「夏樹に食べさせたいね」とおばあちゃんといつも言っています。
⑥息子は割とおとなしかったので、喧嘩したりした事はありませんでした。何か嫌な事を言われても、相手にしないというのが息子のモットーでした。5年生の時、息子には親友と呼べる仲のいい友達がいました。そんなある時、その友達が、クラスのいじめっこに、身体的な事でとても嫌な事を言われ、それを近くでみていた息子が、そのいじめっこにとびかかっていったと後日聞きました。ちょっとやりすぎた感はあったので、学校から呼び出しはありましたが、そのお友達から、「夏樹(仮名)が僕を助けてくれた」と言われたので、相手に怪我をさせた訳ではないので、母としては、叱るのではなくて褒めました。
又ある時、学校から友達に連れられて泣きながら帰ってきました。びっくりして「どうしたの?」と聞くと、友達が事情を教えてくれました。学校でクラスメートの女子にからかわれたと。からかわれた内容は、お母さんが大好きで、マザコンみたいにな事を言われたと言う事でした。聞いた時は複雑な気持ちでした。でも私は息子に「女の子には何を言われても何をされても手を出してはダメだよ、我慢しなさいよと教えていました。なので息子は必死で堪えたようです。手を強く握りしめ、食いしばっているうちに、ぽろっと涙がこぼれてきたそうです。それを聞いて私は、「よく耐えたね、頑張ったねと、もちろん褒めました。
⑦息子は小学校6年生まで私と一緒に寝ていました。自分の部屋はあったのだけど、私の部屋で一緒に寝ていました。中学校に上がった年、息子が突然枕を抱え、「お母さん俺、今日から自分の部屋で寝るね」と去って行きました。あの時は、大人になったなと思ったのが半分、寂しさ半分でした。でも寂しさの方が強かったです。

⑧息子が中学生の時、花火大会を観たいと言われ一緒に見に行きました。見ていると大きなハート型の花火が打ちあがり、真ん中に、○○さん結婚して下さいの文字が。息子に素敵だねと言ったら、一言「無理」でした。事前に申請すると、公開プロポーズをしてくれるそうです。興味のある方は是非どうぞ。

