山梨県

漢字の由来

山梨県の県名は、かつてこの地に「山梨郡」が存在していたことや、果物の「ヤマナシ」が多く自生していたことに由来すると言われていました。

明治4年の廃藩置県で甲斐国(かいのくに)が山梨県となった際、この地域名が採用されました。

山をならして平地にした「山ならし」説も挙げられています。

果物のヤマナシ自生説
ヤマナシ(梨の一種)が多く実る土地だったためです。
「山ならし」説
山を平らにならした地(山ならし)から転じた説
「山梨郡」由来説
古くからあった「山梨郡」に由来するという説があります。
また、古代の「山梨郷」の地形が「山を成(な)す」であったことや山梨岡神社(笛吹市)の地名に関連する説も存在しています。

歴史

山梨県(旧甲斐国)は、約3万年前から人が住んでいました。

12世紀には、甲斐源氏が台頭して以来、武田信玄の統治で最強の戦国大名領国へ発展していきました。

甲府地を中心に、江戸時代は幕府の重要拠点となりました。

明治維新後の1871年に山梨県が誕生しました。

ワインや製糸業など独自の産業も栄えていました。

戦国時代・武田の地
武田信玄が甲府を拠点とし、信玄堤(治水)や金山開発などで富国強兵を推進しました。
県内には武田氏関連の史跡が多数存在しています。
甲斐源氏の起源
平安時代末期、甲斐源氏(武田氏の祖)が平氏政権に対して挙兵し、治承・寿永の乱で活躍していました。
古代・甲斐国
4世紀には東日本最大級の「甲斐銚子塚古墳」が築かれるなど、早期から豪族が支配していました。
産業の発展
江戸時代から養蚕(ようさん)が盛んでした。
明治期には製糸業に加えて、日本のワイン醸造発祥の地として独自の産業文化を育みました。

古代・中世
甲斐源氏が台頭、鎌倉・室町期を通して武田氏が守護として安定支配を確立しました。
戦国時代
1519年、武田信虎が甲府に館を移し、1541年には武田信玄が国主となりました。
江戸時代
徳川氏の領地や柳沢吉保による城下町経営が行われていました。

甲州街道が江戸と甲府を結ぶ動脈となりました。
近代(明治)
1871年の廃藩置県で「山梨県」が成立しました。
製糸業や葡萄(ブドウ)産業が発展していきました。

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