大阪万博から普及したプレーンヨーグルト
皆様は、ヨーグルトはお好みでしょうか。
好きな人も嫌いな人もおられると思いますし、
また、プレーンヨーグルトがお好みの人も、果物や砂糖が入ったヨーグルトがお好きな人もおられるでしょう。
日本では、今はいろいろなカテゴリーのヨーグルトが出回っていて、また人気がある食品の一つという事になっております。

ヨーグルトの画像
皆様は、日本にヨーグルトが普及する経緯となった出来事をご存じでしょうか。
ネット上には、「明治の社員が万博の時にブルガリアのパビリオンから種菌をもらってきて普及させた」と書いてあるものが多いようですが、実は、この話にはもっと前にさかのぼる「伏線」があります。
元国会議員によるプロモーション活動
この話の少し前に、園田という日本初の女性の国会議員だった方が、「ブルガリアにはヨーグルトという健康食品があり、それを食べると健康になる。」というお話をTVなどで話しておられたのです。この方ご自身も、当時のブルガリア大使館の厨房から直接種菌をもらって、非公式に自宅でヨーグルトを作っておられました。
そうして興味を持つ日本人がいる、という素地ができたところで、万博があり、明治の社員がブルガリアのパビリオンから種菌をもらってきて培養し、市販に踏み切った、ということです。
もっとも、当時の日本人にとって酸味の強いヨーグルトはかなりのエイリアンな味だったようで、最初の営業には苦戦したと聞いております。
この園田様が作った話題の下地がなかったら、このヨーグルトのプロモーションは完全に失敗に終わったのではないかと筆者は見ております。
この時期から、ヨーグルトの種菌がいろいろとある東欧の国々との商取引が盛んになり、園田という元議員様はブルガリアの最高勲章までいただいたそうです。
いろいろな物事には、チャンスや背景も欠かせない場合があるものと思います。
筆者も、機会があったら逃がさないようにしたいものだと思います。
プレーンヨーグルトの歴史について
