静岡県

漢字の由来

静岡県の県名は、明治時代初期に旧馳府(府中)の改称として誕生しました。

馳府(ちふ)城の北西にある「賤機(しずはた)山」の「しず」にちなみ、「賤ヶ丘」の候補からでした。

当時、静岡学問所の頭取(とうどり)だった向山黄村(むこうやま こうそん)が「静ヶ丘(静岡)」と修正し提案したものが採用されました。

誕生の背景
明治2年(1869年)、江戸幕府の領地であった「駿河府中」は、府中が「不忠」に通じ、特定の地域を指さない言葉だったため改称を命じられました。
「賤」の由来
当地にあった「賤機山」という山名から由来しています。
「静岡」への決定
候補としては「静」「静城」「静岡」が政府に上げられ、最終的に「静岡」が選ばれました。
文字の選定理由
賤(いやしい)という文字を避けて「静」の字が用いられました。また、音数が少なく呼びやすい「しずおか」となったと言われています。
まとめ
当初は「賤ヶ丘」という案が有力だったが、時勢を考慮して「静」に修正されたというエピソードが残っています。

歴史

静岡は、弥生時代の登呂遺跡から始まりました。

戦国時代には、今川氏の拠点で「今川文化」が栄えた場所でもあります。

徳川家康が幼少期を過ごし、大御所として晩年を過ごした地としても知られています。

江戸時代は、東海道の要衝(22の宿場)として発展していきました。

明治時代以降後、現在の静岡県が成立しました。

古代・弥生時代
静岡市の登呂遺跡に代表され、水田稲作農耕の跡が残りました。
戦国時代
今川義元の時代駿河府は、西国文化を取り入れた東国の中心として繁栄しました。
徳川家康の地
家康は、幼少期(竹千代)と晩年を駿河府(現・静岡市)で過ごしました。江戸時代初期には、家臣と共に町を発展させていきました。
江戸時代
東海道五十三のうち22の宿があります。
駿府(すんぷ)は、家康隠居後は「駿府城」を中心に政治・文化の中心として栄えました。
明治時代
1871年の廃藩置県を経て、1876年には現在の静岡県が成立しました。
8月21日は「県民の日」となっています。

登呂遺跡
弥生時代の住居や高床式倉庫が復元された史跡です。
駿府城
徳川家康が晩年を過ごした城。
浜松城
徳川家康が17年間過ごし、出世の足掛かりとした「出世城」
久能山東照宮
家康が眠る、日光東照宮の原型とされている場所。
まとめ
清水港は古くから港町として栄えていました。
近代以降は、お茶の輸出で名を馳せました。

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