滋賀県

漢字の由来

滋賀県の「滋賀」は、古代の地名「志賀」に由来しています。

1872年の県庁設置時に滋賀郡大津町にあったことから名付けられました。

名の由来は「石(シ)の多い所(カ)」という説や砂州(スカ)を意味する説が有力です。

これに瑞祥的な漢字が当てられました。

由来となった「志賀」

古くは「志賀」と表記されていました。7世紀の天智天皇の「近江大津宮」に由来する地名です。

古代の言葉「シカ(石処・石の多い場所)」が語源とされている説が最も有力です。

「志賀」から「滋賀」

713年の「好字二字化令」以降、地名を縁起の良い漢字(好字)で表す習慣により、音の通じる「滋賀」の字が使われたと見られています。

「滋」には「増える・盛ん」という意味があり、地名の響きに合わせて選定されました。

県名の確定

明治維新期の合併で、大津県が滋賀郡大津町に役所を置いた際、群名をとって「滋賀県」と命名されました。

まとめ

「しが」は、石が多い場所を意味する「石処(し・か)」が転じた言葉だと考えられていました。

歴史

滋賀県(近江国)は、古来より東西交通の要衝であり、琵琶湖を囲む地形の舞台となっています。

古代は都(大津宮など)が置かれ、戦国時代には織田信長や豊臣秀吉ら天下人が拠点とし、江戸時代は彦根藩などを中心に発展していきました。

明治時代には近代砂防発祥の地ともなりました。

古代・飛鳥・奈良・平安時代
天智天皇が大津宮(近江大津宮)に遷都しました。
比叡山(ひえいざん)延暦寺(えんりゃくじ)が最澄(さいちょう)によって開かれ、仏教文化の中心として栄えました。
戦国時代(天下統一の舞台)
織田信長が安土城を築城し、天下統一の拠点としていました。
豊臣秀吉が長浜城を拠点に出世の礎を築きました。姉川の合戦、徳川家康ら武将ゆかりの地が点在しています。
江戸時代
彦根藩(井伊家)が統治し、彦根城が築かれました。
東海道・中山道が通り、湖上交通(丸子船)が活発で、近江商人が活躍していました。
明治時代以降
1872年(明治5年)に現在の滋賀県が成立しました。
田上山地などで近代砂防工事が始まり、デ・レーケの指導による緑化が進められていきました。

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