今を生きる我々は一人ひとり異なる考えや価値観を持っています。それは前提なのですが、ここで私が疑問に思ったことが「それらはいったいどのようにして生まれたのだろうか」ということです。
ここで一つ考えてみましょう。生まれたばかりの人を成人するまで何もない部屋に入れておいたとします。食事だけとらせてほかには何も与えない状態にし、そうした結果どういう人間に成長するでしょうか?言語もない、学もない、道徳もない人間になりますが複数人でやったときに違いは生まれるのでしょうか?私は多少の差異はあれど大きくは変わらないと考えます。つまり何を言いたいかといえば人間は周りの環境に多分に影響を受けており幼少期からの体験や経験により自分の価値観が形成されていくということです。
自分の価値観が周りの環境に影響を受けているというのなら、自分らしさとは一体何でしょう。一応意味としては「自分の価値観を大切にし、周りの目を気にしないこと」とありますがその価値観の中には他者の影響が多分に含まれているわけです。そう考えたときに自信をもって自分らしさと言えるだろうか。
この前提に立つと自分らしさというものがないということになってしまうので、ここで必要なのはどこまでを自分としてどこまでをそうでないものに分けるのかという指標です。具体的には自分の経験は自分のものとし人から教えられたものはそうでないものとするのような感じです。なぜ人から教えられたものをそうでないものに分類するかといえば人から教えられたことを自分としてしまうとその人のコピーのようなものになってしまい真に自分らしいとは言えないと感じるからです。
ここまでの文章をみてわかる通り、私が重要な何かを知っているということも答えを知っているということもありません。むしろ私が知りたいくらいです。ここから学んでほしいことは思考を止めてはいけないということです。世の中にありふれるささいなことでも一度立ち度まり考えてみることで今までと違った見方ができるようになるかもしれません。
