歴史は絶対の正解があるわけではなく、国があればその分いろんな見え方があります。10の国があれば10通りの見え方が、100の国があれば100通りの見え方があるわけです。そして各国自国にとって都合のいい解釈を学校などで教えるわけです。もちろんその中に人工的に作られた歴史も含まれるわけですが、今回問題にしたいのはそこではありません。私が問題に思っていることは歴史認識を外交の場に持ち込むことです。
各国の外交を見ていると度々歴史認識の問題が出てきます。日本には中国とは南京事件があったとか無かったとかで韓国とは徴用工とか強制労働があったとか無かったとかがあります。アメリカとは原爆の問題があり、日本側は国際法無視の大虐殺だったとしている一方アメリカでは原爆は戦争を終わらせた救世主としていたわけです。それぞれのケースを見てみると根本的な部分が異なるためどれだけ話し合ったところで話は平行線になるだけです。そんなものを現代の外交に持ち込んで対立を煽るのは非常にナンセンスだと私は感じます。
中国は最近日本に対し新軍国主義だと批判しました。これは先の大戦の歴史認識によるものだと思いますがもうあれから80年以上経っているわけで、我々はいつまでそのことで責められなければいけないのでしょうか。彼らの主張する問題の当事者はもう既に亡くなっていて、今を生きる日本人はそんなこと知らないしやってもいないわけです。先祖の犯した罪が問題でその子孫まで裁かなくてはいけないとする考えを是とするなら、この世界に生きるほぼすべての人間がそれにあたります。ですが各国がそれらを主張する世界はカオスと言わざる負えません。
誰も知らない誰かの罪なんて背負いたくないしその責任だってとりたくないわけです。なので私が望むのはたった一つでありそれは今を生きる我々を咎めるならその理由は私たちであってほしいのです。
