漢字の由来
和歌山県の県名は、1585年に豊臣秀吉が紀州を平定した際、現在の和歌山市にある景勝地「和歌の浦」と「岡山」という地名を組み合わせて「和歌山」と付けたことに由来しています。
当初は「若山」と表記されることもあったのですが、後に「和歌山」が定着しました。
「和歌」の由来
聖武天皇が行幸した際、元々は「弱(わか)の浜」と呼ばれていた地を、その美しさから「明光浦(あかのうら)」と名付けたことが始まりとされています。
その後、万葉歌人の山部赤人がこの地を歌に詠み、平安時代に「和歌の聖地」として有名になりました。
「山」の由来
和歌山城が築かれた「岡山」と呼ばれる場所が由来となっています。
江戸時代の定着
1586年頃、秀吉の弟・秀長がこの地を「若山」と称し、後に「和歌山」となりました。
なお、この地域は古くは木の国(紀伊国)と呼ばれていたそうです。
歴史
和歌山(紀伊国)は、古くから「木の国」と呼ばれ、熊野信仰や高野山などの聖地として栄えていました。
戦国時代は自治勢力が乱立していましたが、豊臣秀吉が和歌山城を築城し、江戸時代には徳川御三家・紀州藩の拠点として栄え、徳川吉宗などの歴史的偉人を輩出した地でもあります。
1、古代・中世:神話の郷と聖地
「木の国」の起源
古代は紀伊国と呼ばれ、豊かな材料を朝廷に供給する「木の国」として『日本書紀』にも記されています。
熊野と高野山
熊野三山への信仰(熊野参詣道)や、弘法大師空海が開いた高野山など、信仰のメッカとして全国から参拝者が集まりました。
2、戦国時代:独立した自治の地
戦国時代は守護・畠山氏の支配力が及ばず、根来寺(ねごろじ)や雑賀衆(さいかしゅう)などの寺社・武士自治勢力が強い軍事力を誇っていました。
3、近世:豊臣の築城と紀州徳川家
和歌山城築城
1585年、豊臣秀吉が紀州を平定し、弟の秀長に命じて和歌山城を築城しました。
この時、和歌浦の地名にちなみ「和歌山」と命名されました。
紀州徳川家
関ヶ原の戦い後、浅野幸長が城主となったが、1619年に徳川家康の十男・頼宣(よりのぶ)が入城しました。
紀州徳川家55万5千石の城下町として繁栄していきました。
4、近代・現代:偉人と変革
偉人の輩出
世界で初めて全身麻酔手術に成功した華岡青洲、幕末の外交官・陸奥宗光、博物学者・南方熊楠(みなみかたくまぐす)など、文化・科学の発展に貢献した人材を輩出しました。
世界遺産登録
2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録され、古代からの信仰の歴史が世界的に認められました。
