鳥取県

漢字の由来

鳥取県の漢字の由来は、飛鳥時代に(現在の鳥取周辺)住んでいた鳥を捕まえて朝廷に献上する役目(部・べ)を担った人々「鳥取部(とりとりべ/ととりべ)」に由来しています。

この土地が「鳥取」と呼ばれるようになり、それが県名になりました。

「鳥取部」の由来
『日本書紀』によると、垂仁天皇の皇子が鵠(くげ)という鳥を見て言葉を発したことに喜んだ天皇が、鳥を捕る役目の「鳥取部」を設置したとされました。
地名から県名へ
古くからこの地域(因幡国)の地名として「鳥取」が使われました。
明治時代に鳥取藩が鳥取県となった際にこの名称が引き継がれました。

歴史

鳥取は、弥生時代からの稲作文化や大陸交流で栄えていました。戦国時代は、豊臣秀吉の鳥取城兵糧攻めの舞台となりました。

江戸時代は、池田氏の鳥取藩が治め、明治には島根県との合併・分県を経て現在の鳥取県が成立しました。

「因幡(いなば)の白兎」や三徳山投入堂など神話と信仰の歴史が深く残っている土地です。

古代・神話の地
「因幡の白兎」伝説の舞台でもあり、白兎神社などに関連スポットが多く存在しています。
地下の弥生博物館
青谷上寺地遺跡からは大量の弥生人の骨や遺物が出土し、大陸との交流が示唆されています。
戦国と「鳥取城」
豊臣秀吉の兵糧攻め(1581年)の舞台となった鳥取城跡が歴史的に重要となりました。
鳥取藩の成立
江戸時代、池田氏が初代藩主となり、鳥取城を拠点に町を発展させていきました。
県名の由来
奈良時代、この地で水鳥を捕えていた「鳥取部」の住む地であったことに由来しています。

近代の変遷
明治9年(1876年)に島根県へ編入されたのですが、その後の分離運動を経て、明治14年(1881年)に現在の鳥取県が再設置されたのです。
鳥取城跡・仁風閣
秀吉の鳥取城攻めや、池田家が治めた歴史を物語る場所です。
三徳山三仏寺投入堂
8世紀初頭(伝説)に造られた、断崖絶壁に建つ国宝の修験道場。
米子城跡
吉川広家が築城した、海と山を一望できる戦国・近世の城郭。
大山寺
古くから山岳信仰の聖地として栄えた歴史ある寺院となります。

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