2022年の紅白歌合戦に、「うっせぇわ」で一躍有名になったAdoさんが初出場され、誠にご同慶の至りなのですが、ここで気になるのは、顔を出さずに活動されているAdoさん、そのあたりをどうクリアするのかと思っていたら、やはり2022年、大ヒットとなった『ワンピース』の映画で、ご自身歌唱を担当されたキャラクター・“ウタ”が出場する、という形をとる、ということで、セリフ等は別の声優さんの担当ですが、これには初音ミクもビックリというか、おっさん世代には、もう何が何だか、という感じなのです。
なるほど、この方法だったら顔を出さずに歌に専念できますし、司会の方々とのやりとりは、声優さんに、台本ありきでおまかせすればいい。
もしかすると、この出方からみて、Adoさんの紅白出場は今回限り、という可能性もあるとは思うのですが、NHKもとんでもないこと考えるもんだなぁ……と、ちょっと思いました。
この「顔を出さずにアーティスト活動」、といえば、2020年の朝ドラ『エール』の主題歌を担当された、GreeeeNのみなさんがよく知られていると思います。
福島県で医大生として出会い、現在はそれぞれ日本各地で歯科医としてお仕事をされているという彼らは、早い段階から「歯科医師としての仕事に支障が出ないように…」と、公の場では姿を現すことのないまま、ご存じの通り「キセキ」などをヒットさせ、近年では“ライブツアー”も敢行し……おや。姿を見せないままで“ライブツアー”、ですか……??!
さすがにこれは、熱烈なファンのみなさん以外にはいささかムリがあった、かもしれません。
それはともかく、こういった「顔や姿を見せないまま、メジャーな存在となって活動して行く」アーティストは、過去にもいらっしゃいました。
海外では、近年ふたたび人気となっているAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)サウンド、その旗手として80年代前半に活躍した、クリストファー・クロス。
アルバム・ジャケットにフラミンゴのイラストを用い、そのよく通るハイトーンの美声で「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」などで、ヒットチャートを席巻したものでした。
もっとも、デビューから少し経ったところで姿を表し、その……なんというか……おっさんくさいルックスに、飲んでいたドクターペッパーを思わず吹いた人も少なくなかったとかなんとか、聞いたような聞かなかったような、まぁ、そんなこともあったようです。
そして日本では、近年では「愛燦燦」や「夢芝居」の作者、という方が早い、こちらはこちらでユーミンらと並び、フォークでも歌謡曲でもない、いわゆる“ニューミュージック”の先駆者として70年代の若者に絶大なる支持を受けていた、小椋佳さん。
小椋さんの場合、事情としてはGreeeeNのみなさんに近く、実は本業として、長年宝くじを取り扱っている銀行(当時は行名等が違い、「ハートの銀行」というキャッチコピーもありました…)に勤務されていたこともあり、ごく限られたコンサート等への出演を除いて公の場に姿を現すことはなく、レコードのジャケットも、役者さんやモデルさんを起用したイメージフォト的なものが多く、そこへ持ってきてよく伸びる魅力的な美声ですから、若い世代、とりわけ女性には、大変な人気だったわけです。そんな静かなブームの発生から、おおよそ5年。
小椋さんは、なんとNHKホールでコンサートを行なうことになったのです。
そのコンサートの音声は、ほぼノーカットでNHK-FMでオンエアされ(後にトークの部分をかなりカットして、ライブ盤『遠ざかる風景』も発売)、それだけでなくコンサートの舞台裏も含めたあれやこれやをまとめたものが『NHK特集・小椋佳の世界』として、テレビでも放送されたわけです。
これらの番組は、さまざまな意味で大きな反響を呼びました。
とりわけ、小椋さんのルックスに関しては、これまでの「歌声だけ」で、それぞれのリスナーの頭の中に形づくられてきたイメージの世界の“歌うま青年・小椋佳”ではなく、なんというか「実直そうな銀行員の神田さん(本名の苗字です…)」が、そこにいたわけですから、さまざま、複雑な感情を覚えた方も少なくなかったのでした。
しかし一方で、こうして姿を現すことにより、小椋さんは、アーティストとして、より自由に活動されるようになり、早期に銀行も退職され、時代を超えて歌いつがれる名曲の数々を生み出して行かれたわけなのです。
そんなわけで、おそらくこれからも、いろいろあるとは思うのですが、「顔を出さない」「姿を表さない」、そんなアーティスト活動にも、さまざまな形がある、ということが、おわかりいただけたでしょうか。(了)