アーホイヤ~~~~~~~♪………と、いきなり歌い出してしまいましたが、これは2020年の朝ドラ『エール』の主人公のモデルとなった、古関裕而(こせき・ゆうじ)さんが世に送り出したヒット曲のひとつ「イヨマンテの夜」の歌い出しの部分であり、なおかつ「キモ」。
オリジナル歌手の伊藤久男さんのための、少なくともこの部分は、まさにオーダーメイド。
この曲を超難曲たらしめている、最大の要素とも言えるでしょう。
数あるカバーの中には、新沼謙治さんのバージョンのように、この部分をあえて(?)歌わないものも存在するのですが、どこか「小ずるい」ような感じがして、(新沼さんは好きな歌い手のひとりなのですが、)あまり感心はしません。この「アーホイヤ~」は、歌の導入部であると同時に、超ド級の「頭サビ」でもあるのですから……。
そもそもこの「イヨマンテの夜」、多分に何か、今日で言うところのタイアップがあったように感じられなくもない楽曲で、その予想は半分当たりで、半分はずれです。
古関裕而さんと長年、名コンビを組まれていた劇作家・作詞家の菊田一夫さん。
このお二人で手がけ、終戦直後、全国的な人気となったラジオドラマ『鐘の鳴る丘』のあるシーンで、ひとりの登場人物が口ずさんだメロディー。
実はお二人とも、このメロディーが気になっていて、いつかちゃんとした楽曲としてカタチにしよう! と思っていたその数年後、そのメロディーは「イヨマンテの夜」というひとつの楽曲として、新たな生命を得たのでした。
「こんな難しい歌、売れるわけがない!」と、レコード会社からは宣伝面でなんのバックアップも得られず、それでも歌い手の伊藤久男さんは地道に粘り強く歌い続け、やがて大ヒットへと結びついたのです。
「イヨマンテの夜」は、今日も続く番組『NHKのど自慢』でも大人気となりました。
日本中の歌自慢の男の人たちが、こぞりにこぞってこの「アーホイヤ~~~♪」を披露したがり、のど自慢定番曲のひとつになったのです。
伊藤久男さんご自身の歌唱スタイルですが、時代を追うごとに変化して行きました。
戦前にデビューし、端正なルックスで抒情性の高い楽曲から勇壮な戦時歌謡までこなした幅の広さはそのままに、戦後カムバックしてしばらくすると、そのルックスの変化ともども、きわめて男性的な歌唱法となり、そのスタイルは特に「イヨマンテの夜」を歌う際に活かされました。
近年、伊藤久男さんの歌を聴こうとすると、モノラルのオリジナル録音の音源ばかりが主流となっており、後年ステレオで再レコーディングした音源を耳にする機会はなかなかないのですが、ステレオ録音の「イヨマンテの夜」は、一聴の価値があります。
さて、ここでオリジナル以外の「イヨマンテの夜」について、いくつか見て行くことにしましょう。
まず最初に、序盤のあたりで批判的なことを書かせていただいた、新沼謙治さんの「イヨマンテ」ですが、「アーホイヤ~~~♪」の部分を歌わなかったことを除けば、申し分のない仕上がりではあります(ちなみに新沼さんバージョンの、肝心な部分のメロディーは、日本有数のトランぺッターであった数原晋さんが奏でておられるようです。山下達郎さんをはじめとする著名なアーティストとの共演のほか、『天空の城ラピュタ』の「ハトと少年」や『はぐれ刑事純情派』のテーマ、そして“必殺シリーズ”の「パラパー♪」などは、数原さんのお仕事でした…)。
新沼さんは、演歌系の男性歌手の中でも、アイドルっぽい感じで登場してきた人の「はしり」とも言える人で、アイドル雑誌の表紙やグラビアにも登場し、ステージで歌えば黄色い声援が飛ぶ、といった感じでした。そういったラインの“演歌系アイドル”も、現在ではもはや百花繚乱、なんだかんだで一定の成功を収めた純烈というバリエーションも活躍しているわけですが、新沼さんの後、長い空白期間ののちに鮮烈なデビューを果たしたのが、氷川きよしさん(2023年現在、活動休止中)。
氷川さんは、“KIYOSHI”名義で初期にリリースしたポップス系のわずかな楽曲を除くと、ほぼ近年、それこそおなじみの「限界突破×サバイバー」をリリースするまで、演歌一本で歌ってきました。アルバムでは、前半にオリジナル、後半は昭和歌謡を中心としたカバー……という構成のものが多く、それらカバー曲の中で、時には尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」などのようなポップス歌謡を取り上げることもありましたが、基本的には演歌寄りのナンバーや、往年の流行歌が中心でした。
そんな中に「イヨマンテの夜」もあったのですが、氷川さんは気持ちいいほどの真っ向勝負で挑んでおり、聴いていて実にすがすがしい印象を受けます。
一方では近年、カバーアルバム・シリーズが人気を集め、音楽特番でJ-POPなどのカバーを披露するたび、その名前がTwitterのトレンド入りを果たす島津亜矢さんも「イヨマンテの夜」を歌っていらっしゃいますが、コレがなんと、アップテンポのサンバ・アレンジ(余談になりますが、松平健さんの「マツケンサンバ II」は、厳密にはサンバではありません)。
聴きごたえはあるのですが、なんというかこう、「トイレをガマンしている人の不自然な動き」を連想してしまう、そんな「イヨマンテの夜」なのでした。
「イヨマンテの夜」は、ジャンルやカテゴリーを超えた形でのカバーもされており、1980年代初頭には、ニュー・ウェイヴ・バンド、ヒカシューの巻上公一さんがソロ・アルバム『民族の祭典』の中で取り上げています。その、きわめてストレンジな歌唱スタイルから、少なからず期待をしてしまうカバーなのですが、いまの耳で聴いてみると「いささか中途半端かなぁ……」という印象で、もっと振り切った、大胆なものを期待したこちらとしては、少々残念な思いをしたのでしたが、電子楽器中心のそのアレンジは、オリジナルに敬意を払ったものとなっており、その点については好感が持てました。
さて、朝ドラ『エール』は、この「イヨマンテの夜」を作曲した、昭和を生きた大作曲家・古関裕而さんをモデルとした物語で、とりわけ「戦争」にまつわる描写の悲惨さ、その哀しさ、生々しさが私たちの心を打ったわけですが、この『エール』をめぐって生まれた「イヨマンテの夜」のカバーについても、触れておきましょう。
この『エール』の最終回はきわめて異例なもので、古関裕而作品で構成されたコンサートの形をとっていました。この時、寡黙な馬具職人・岩城新平を演じた吉原光夫さんが、文字通り“熱唱”された「イヨマンテの夜」(劇中、歌を披露する機会はなく、「岩城さん」が歌うのは、これが初めてでした……)、これは実に素晴らしかった。ぜひ正式にレコーディングしていただきたいと思ったものでした。
もうひとつ、こちらは『エール』のサントラに収録されている、伊藤久男さんがモデルとなった歌手・佐藤久志を演じた山崎育三郎さんによる「イヨマンテの夜」……。こちらはそのルックス同様、歌の仕上がりもイケメンで端正なものでした。逆にその、ワンハーフという短さのせいもあり、ちょっと物足りなさを感じさせるほどでした(ちなみに山崎さんは『エール』で共演した森山直太朗さんからの楽曲提供を受けたシングル「君に伝えたいこと」をリリースしており、カップリング曲は古関裕而作品である「栄冠は君に輝く」でした)。
最後にもうひとつ、いわば別枠で細川たかしさんの「2020 イヨマンテの夜」について。このバージョンは、まさに別格。さすがに細川さん、民謡もこなすだけあって、あの独特すぎるヘアスタイル同様に(?)、その伸びやかな声、豊かな声量は圧倒的なものでした。
まぁ、いずれにしても最終的に「イヨマンテの夜」は伊藤久男さんのためのものだろうと、個人的には思うのですが……。(了)